顧客から「価値」で選ばれる営業へ
情報収集と部門連携を徹底することで、組織全体で顧客を深く理解する土台は整った。次に求められるのは「顧客理解をもとに、いかに価値ある提案ができるか」だ。似たような商品・サービスがあふれる今、顧客からはどれも同じに見えてしまい、最終的には中身ではなく価格の安さで選ばれてしまうことも多い。

そこで重要となるのが、顧客に“気づき”という付加価値を提供することだ。
「なるほど、そういう視点はなかった」「言われてみれば、確かにそれが本質かもしれない」というような“気づき”を与える提案は、安さではなく“価値”で選ばれる関係を築くうえで、大きな意味をもつ。たとえば、『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』(マシュー・ディクソン/ブレント・アダムソン/パット・スペナー/ニック・トーマン著、神田 昌典/リブ・コンサルティング 監修、三木 俊哉翻訳、実業之日本社)では、コピー機メーカーの印象的なエピソードが紹介されている。
学校にカラーコピー機を導入してもらうため、価格やスペックで提案を競う企業が多いなか、あるメーカーはまず教育機関のニーズを丁寧に調査した。すると、学校がとりわけ重視していたのは、教材の学習効果であることが見えてきた。
そこでこの企業は「モノクロよりカラーのプリントのほうが学習効果を高められると示せすことができれば、導入を真剣に検討してもらえるのではないか」という仮説を立てた。そしてさらに調べたところ、実際にその効果を裏付けるデータを発見。この結果をもとに、次のように提案した。
教材の学習効果に関心はありますか? 実は、カラーのプリントを使うと学習効果が高まるというデータがあるんです。学習効果が上がらないと補習が増えたり、退学者が出たりといった課題が起こりやすくなりますよね。学習効果が改善されれば、先生方の負担も減り、生徒の満足度も上がる。結果として、学校全体の運営にも良い影響が出てくると思うんです。
この提案に対して、学校の経営陣は深く納得し、ほかの企業とは異なる「価値ある提案」として受け止めたという。
このように、顧客理解を深めたうえで“気づき”を与える提案ができれば、他社と一線を画す存在として、価格ではなく価値で選ばれる関係を築くことができるだろう。

本連載では、全5回にわたってThe Model型の分業組織が抱える構造的な課題と、「顧客起点」への転換としての新たな考え方、「カスタマーモデル」について解説してきた。 分業組織が定着しつつある今、営業組織に求められているのは、プロセスの効率化ではなく、顧客の意思決定にどう寄り添うかという視点だ。
その出発点になるのが、「顧客をどこまで深く理解できているか」。そして、その理解を組織で共有し、価値ある提案につなげていけるかどうかだ。
カスタマーモデルを本質的に実現するには、それなりの時間も手間もかかることを覚悟しなければならない。とはいえ、すべてを一気に変えようとする必要はない。たとえば日々の気づきを部門を越えて共有してみる、最近の受注・失注の背景を洗い出してみる、そんな小さな行動からでも、組織は確実に変わりはじめるだろう。
顧客にとことん向き合うことこそが、信頼を積み上げ、成果を生み、組織の未来をつくる。そうした企業が増えれば、日本のビジネスはもっと強くなるはずだ。本連載が、その一歩を踏み出すきっかけになれば、筆者としてこれ以上の喜びはない。
