医療の個別化が「MRの存在意義」を問い直した
──昨今、製薬業界ではMRの削減や営業のデジタル化が大きな議論となっています。アステラス製薬様が大規模な営業改革に踏み切った背景には、どのような危機感があったのでしょうか。
これは製薬業界全般に言えることですが、今、医療そのものが「個別化」へと劇的にシフトしています。この変化に伴い、MRのこれまでの営業スタイルが通用しづらくなってきたという実感がありました。
かつての医療は、「高血圧ならこの治療法」というように、ある種の一律的なアプローチが主流でした。しかし現在は、患者さん個々の病態はもちろん、その人が「どう生きたいか」といった価値観やニーズまでを含めて治療を選択する時代です。
そうなると、MRも従来の延長線上では通用しません。「このようなエビデンスがあるので、この薬を使ってください」という通り一遍の情報提供だけでは、もはや医療現場の期待に応えられなくなっています。ネットで得られる情報を届けるだけのMRは、多忙な医師にとって「会う必要のない存在」になりかねません。
今求められているのは、医薬品の情報提供に加えて、個別のニーズを汲み取った提案です。MRも従来の「情報提供型」から脱却し、先生方や患者さんの課題を共に解決する「課題解決型」へと進化しなければならない。それこそが、今の時代にMRが会っていただける「理由」になると考え、今回の改革に踏み切りました。
「会ってもらえるMR」と「会ってもらえないMR」 その差はどこにあるのか?
──変化は必然だったのですね。では、そのときアステラス製薬社内の「現場」では何が起きていたのか。当時直面していたリアリティを教えてください。
大きくふたつの課題に直面していました。ひとつは、現場における「医師との関係性の変化」です。
コロナ禍や医師の働き方改革に伴い、MRの訪問規制が強化され、代わりにデジタルツール(オンライン講演会、MRサイト)での情報提供が増加しています。しかし、そんな厳しい状況下でも、しっかりと医師に信頼され、会っていただけているMRは確かに存在したのです。この差はどこにあるのか。一部のハイパフォーマーが無意識に行っている「暗黙知」を紐解く必要がありました。
そして、もうひとつの課題が「マネジメントの属人性」です。
アステラスには元々、仲間同士で教え合う文化が根づいています。困っている後輩がいれば手取り足取り教える「お節介なほどの温かさ」は、私たちの誇りです。しかし、「育成」という観点で見ると、当時は各マネージャーが持つ成功体験は人それぞれで、指導の方向性がバラバラだったという実情がありました。
つまり、現場担当者の活動だけでなく、彼らを育てる「マネジメントのあり方」までもが、個々の経験則という属人的なスキルに委ねられていたのです。この温かな文化を土台にしつつ、顧客と関わる全員が迷わずに同じ方向性に向かうための「共通の地図」を作りたい。その思いが、スキルの言語化と、育成基準の標準化を目指した「ACE(Astellas Customer Engagement Model)」構築の出発点でした。

