「属人化」の甘い罠と、「組織化」への遠い道のり
「属人化」という言葉は、現代の営業組織において「悪」と断じられがちだ。しかし、明石氏はまず、「属人化営業」と「組織営業」、それぞれの功罪を冷静に分析することから議論を始める。
株式会社Grand Central Sales Innovation本部 Sales Enablement事業部 General Manager 明石一穂氏
青山学院大学を卒業後、株式会社キーエンスにて法人向けコンサルティングセールスに従事。その後、日立製作所にてマネジメント経験を経て、Grand Centralに参画。Sales Enablement事業部(以下、SE事業部)にて、大手クライアントを中心に、営業プロセスの構築や育成支援に従事。現在は、SE事業部の責任者として、全体統括を担い、提供価値の高度化やクライアント満足度、および品質の向上に寄与。クライアントに、「再現性のある勝ち方」を提供するプロフェッショナル集団として、営業改革のベストパートナーを目指す。
属人化営業、すなわち「個人の力量に依存した営業スタイル」には、抗いがたい魅力がある。圧倒的な才能を持つスタープレイヤーがいれば、教育コストをかけずに短期的な爆発力を得られるからだ。「カリスマ営業パーソンがひとりで部門売上の8割を稼ぐ」──。一見、効率的に見えるこの構造は、しかし極めて脆弱な基盤のうえに成り立っている。
「そのスタープレイヤーが退職したらどうなるか? あるいは、市場環境が変化し、スタープレイヤーの手法が通じなくなったら? 属人化営業の最大のリスクは『再現性』と『持続可能性』の欠如にあります。企業が永続的に成長するためには、誰が売っても一定の成果が出る『組織営業』への転換が不可欠です」(明石氏)

さらに明石氏は、外部環境の変化が「脱・属人化」の必要性を加速させていると指摘する。かつてのように「良いモノをつくれば売れる」時代は終わった。商材は複雑化(SaaS化、ソリューション化)し、顧客の購買プロセスも長期化・複雑化している。ひとりの天才が、気合と根性と人間関係だけで売り切れるほど、現代のBtoBビジネスは単純ではない。組織として知見を蓄積し、チームで顧客を攻略しなければ、勝てない時代に突入しているのだ。
この危機感から、多くの企業が「組織営業への転換」を掲げる。しかし、その実態は「組織化ごっこ」に終わっているケースが後を絶たない。マニュアルをつくって終わり、SFAを入れて終わり、研修をして終わり。「形」だけ整えても、現場の「行動」が変わらなければ、売上という「結果」は変わらない。ここにあるのは、「仕組みをつくれば人は動く」という経営層の奢りと、現場の実態との乖離だ。
「ツールの罠」──なぜSFAはただの「箱」になるのか
組織化の手段として、もっとも安易に選ばれ、そしてもっとも頻繁に失敗するのが「SFA」の導入だ。明石氏は、SFA導入プロジェクトが失敗する典型的なパターンを次のように描写する。
「とりあえずSFAを導入すれば、データが溜まり、科学的な営業ができるようになる──これは大きな幻想です。SFAはあくまで『箱』に過ぎません。業務の導線に乗る『正しい設計』『正しい運用』『正しい改善』を行わなければ、ただの高級なメモ帳になってしまいます」(明石氏)
現場の営業担当者にとって、メリットの感じられない入力作業は「苦役」でしかない。 「忙しいのに、なぜ上司への報告のためだけにデータを打ち込まなければならないのか」この反発が生まれる根本原因は、SFAの設計思想が「現場の支援」ではなく「現場の管理」に偏っていることにある。
さらに深刻なのが、プロセスの定義なきツール導入だ。多くの組織では、「アポイント」「商談」「見積提示」「受注」といった大雑把なフェーズ管理しか行われていない。しかし、これでは不十分だと明石氏は指摘する。
「『商談中』というステータスひとつとっても、担当者によって定義がバラバラです。『挨拶に行っただけ』で商談中とする新人と、『決裁者と予算の合意が取れた』状態で商談中とするベテラン。このふたつのデータを同じ『商談中』として管理し、パイプライン分析を行っても、出てくる予測値は何の意味も持ちません」(明石氏)
定義が曖昧なままツールを導入すると、不明瞭なデータが蓄積され、誤った意思決定を導く。結果、現場は「入力しても意味がない」と悟り、SFAは形骸化する。これが、多くの企業で起きている「DXの敗北」の正体だ。


