営業の「やり方」ではなく「あり方」を変えた
──「営業の原理原則」とは何でしょうか。
著書では、営業の原理原則は「知識」「スキル」「習慣・管理」「心構え」の4要素から構成される、と定義しています。これら4つのどれかひとつでも欠けていれば、営業成果を大きく上げることは難しくなります。しかし、それぞれを高いレベルで身につけることができれば、誰でも再現性をもって成果を上げることができると考えています。
──スキルやテクニックだけでなく、「習慣・管理」「心構え」についても体系的にまとめられた営業本はあまりない印象です。これらの要素を取り入れた理由を教えていただけますか。

多くの営業パーソンは、成果を上げるためにスキルやテクニックを学ぼうとします。それ自体は間違っていませんが、スキルやテクニックを身につけるだけでは、「売れ続ける営業」にはなれないと思っています。つまり、売れ続ける営業になるためには、「やり方」より「あり方」が大切なのです。
そのことに気づいたのは、プルデンシャルに入社して1年めでした。ご存知のとおりプルデンシャルはフルコミッション制であり、安定的に成果を上げられなければ生活がままならなくなるリスクがあります。リードは会社提供ではなく、初めは自分の知り合いに対して、電話帳を見て営業します。契約をいただけても、リード自体は減っていく一方なので、お客様からご紹介をいただかないと生き残っていけない世界なのです。
私も「毎週3件契約」という高い目標を自ら掲げ、日々商談や紹介依頼をしていたのですが、1年めの後半ごろからリズムがくずれていきました。クロージングをするタイミングではないお客様に契約を急ぎ、クーリングオフや早期解約につながってしまった時期があったんです。
そんなとき、「使命感を持って入社したはずなのに、お客様に喜ばれないことをして何をしているんだろう」と自問自答しました。冷静に自分を見つめ直して気づいたのは、「数字とは、お客様に喜んでいただいたうえでの結果であり、信頼関係の証である」ということです。それに気づいてからは、目線を自分ではなく、常にお客様に置くと心に決めました。
──その後、営業活動はどのように変化しましたか?
お客様と向き合う姿勢を根本から変えました。たとえば、「お客様のことを徹底的に好きになる」。好きな人には自然と興味が湧き、どうしたらこの好きな人が喜んでくれるか必死に考えますよね。とはいえ、初めは難しかったので、お客様に会う前にその人を想像し、自己暗示をかけていました。
この意識で、商談の景色が一変したんです。お客様の人生、悩みごとに向き合い、どうすれば力になれるかを「人として」真剣に考えるようになりました。
当時、お客様には営業職の方も多く、「普段どのような営業をされているんですか?」と聞くと、悩みを抱えている方がたくさんいることがわかりました。そこで、自分なりにその人が持っていないような観点で、僭越ながらアドバイスもさせていただいたりしました。
すると、紹介をいただくときも、単なる「保険営業の田中さん」としてではなく、「営業の相談にも親身になってくれて、保険の話も参考になるよ」という紹介に変わっていったのです。営業の相談だけでなく、家の購入や子どもの教育など、保険以外のことを相談されるようになり、以前は私から依頼していたのが、お客様が自ら紹介をしてくださるようになりました。
その変化があまりにも衝撃的で、当時26歳の私は、同年代の若手営業を集め「やり方ではなくあり方セミナー」のようなものを開催し、この考え方を1人でも多くの人に広めようと活動していました。
──営業の「あり方」を変えたことで、顧客との関係性がみるみる変わっていったのですね。しかし、営業は日々数字を追っている中で、「顧客を中心に考えることの大切さ」を見失うこともあります。ここをどのように両立していけば良いでしょうか。

数字に追われ、上司からのプレッシャーもある中で、「顧客と向き合う」「顧客と信頼関係を築く」ということが疎かになってしまうのは、営業にとって本当に難しい問題ですよね。しかし、私は両立は可能であり、むしろ「両立できて初めて信頼される営業になれる」と考えています。
私は「顧客の役に立ちたい」という姿勢を「カスタマーシップ」、「目標を達成する営業の責任感」を「セールスシップ」と呼んでいます。カスタマーシップだけでは“良い人”で終わり、成果が出ないこともあります。一方で、セールスシップに偏りすぎると、仮に売上は上がっても、信頼を損なう可能性があります。大切なのは、このふたつを対立軸ではなく両輪として捉え、自分なりのバランスを持つことです。
そのためには、先ほど申し上げたように、お客様を中心に考え、「単なる営業担当」としてではなく「信頼できる相談相手」として認識されることが何よりも大切です。そうすれば、売上は信頼の副産物として自然とついてくると思っています。
こうした姿勢や考え方は、AIなどのテクノロジーが発達して営業の存在価値が問われているこの時代にこそ、求められているのではないでしょうか。