「守」から「破」へ 「型破り」を生む小さな工夫
本連載の第1回記事で、営業の「型」は、日本の芸道や武道に伝わる「守・破・離」という考え方と似ていると説明しました。そして、型の習得こそが「守」にあたるとお話ししました。
型を完全に身につけ、自己の原動力が明確になった段階で、いよいよ「破」のステップに入ります。「破」とは、「型を破る」ことではなく、「型を徹底的に守り、その上で自分なりの工夫を加えていくこと」です。
たとえば、第3回記事でも紹介しましたが、キーエンスには「ベストデモ」(製品の最大の利点がお客様にもっとも明確に伝わるデモンストレーションのこと)というものがあり、商品ごとにトークスクリプトがガチガチに定められていました。
このような自由度がない「型」が存在していたにもかかわらず、トップセールスは、人には分からないレベルの小さな工夫を積み重ねて成果を出していました。具体的には、話す順番をA→BからB→Aに入れ替える、「間」を調整する、いつものフレーズに「枕ことば」を加えてみるといった微細な調整です。
同じトークスクリプトを話しても、売れる人と売れない人が出てきます。それを分けるのは、顧客層の良し悪しといった要因を除けば、まさにこの「話す間」や「枕ことば」といった細かな工夫の積み重ねにあります。
「型」という土台があるからこそ、これらの小さな工夫が結果にどう影響したかを敏感に振り返り、考えることができます。もし「型」がなかったら、売れるか売れないかを分ける「変数」はたくさんあるので、結局何が良かったのか、悪かったのかが分からず、混乱してしまいます。 つまり、型は「自分なりの工夫を積み重ねるためのベンチマーク(基準)」として機能するのです。
「立ち返る場所」としての型
「型」を単なるマニュアルではなく、「立ち返るべき場所」として扱う文化が、組織全体の成長を支えます。この連載でも繰り返し登場していますが、私が在籍したプルデンシャル生命には、「ブルーブック」と呼ばれる保険営業の教科書がありました。これは、営業パーソン向けの型だけでなく、営業マネージャー向けの型も記された冊子です。
すべての営業パーソンが、自身の活動における疑問や、新しい領域に挑戦する際に、このブルーブックに立ち返るという文化が根づいていました。
興味深いのは、近年、このブルーブックがデジタル管理されるようになっても、現場では結局プリントアウトして読んでいる人が多いという事実です。
これはあくまで私の感覚ですが、現代においても聖書や経典が書物として存在しているように、プルデンシャルのブルーブックも「物理的な重み」や「ありがたみ」を持つ紙の冊子として存在することで、その教えがより深く組織に浸透する効果があるのではないかと考えています。
成果が出せないときに「帰るべき場所」として機能する。そして、新たな挑戦をするときに、知識を得るための情報源として活用する──。「型」をこの次元にまで浸透できると、組織全体の営業力を限りなく高めていくことができるのです。