組織のサイロ化を打破する「CXS推進室」の設立とノウハウの型化
理念を掲げ活動を開始したものの、現場では具体的な課題が山積していた。山本氏は当時直面していた「3つの経営課題」を挙げる。

第一に「体制の課題」だ。CSを推進する機能や人材が各組織に分散しており、活動に一貫性がなかった。とくにCSM(カスタマーサクセスマネージャー)が開発組織の中に所属しているケースでは、開発部門の上長がCS活動を正しく評価することが難しく、CSMとしてのキャリアパスが見えにくい状況にあった。
第二に「ノウハウの課題」である。組織の分散は活動の属人化を招く。各チームで独自のCS活動が行われ、成功事例や知見が共有されず、組織としての学習スピードが上がらないというジレンマがあった。「やるべき活動はできているが、成果につながらない」「解約率改善やアップセルにつながる有効打が打てない」といった声も上がっていたという。
第三に「リソース不足の課題」だ。CSの重要性が社内で認知され始め、活動を拡大しようにも、専門的なスキルを持つ人材が絶対的に不足していた。外部採用も進めていたが、それだけでは追いつかず、社内人材の育成が急務となっていた。
これらの課題を打破するために同社が打った次の一手が、2024年の「CXS推進室」の設立である。「CXS」とは「Customer Experience & Success」を組み合わせた同社の造語だ。この新組織のミッションは、点在していたCS人材と機能を一箇所に集約し、組織横断的な戦略を推進することだった。
組織を集約した効果はすぐに現れた。まず取り組んだのは、バラバラだったCS活動の品質基準の統一、すなわち「ノウハウの型化(標準化)」である。
「まず行ったのは、お客様の『成功イメージ』の共通認識を持つことです。製品・サービスを通じて顧客がどのような状態になれば成功と言えるのか。そのゴールに向かって、我々はどのようなステップで顧客の背中を押すべきなのか。これを『カスタマーサクセスシナリオ』として定義しました」と山本氏は語る。

具体的には、オンボーディングからアダプション、エクスパンションに至る一連のプロセスを標準化し、さらに活動の成果を測るためのKGI・KPI(チャーンレート〈解約率〉、NRR〈Net Revenue Retention / 売上維持率〉、利用率など)を共通指標として導入した。これにより、商材が異なっても“同じ物差し”でCS活動を管理・改善できる土壌が整ったのである。
しかし、組織という「箱」をつくり、業務プロセスという「型」を整備するだけでは、変革は完結しない。その仕組みの中で働く「人」のモチベーションを高め、継続的に成長を促す仕組みが必要だ。山本氏が「もっとも苦労し、かつもっとも重要だった」と語るのが、次章で詳述する「CS人材に特化した評価制度の設計」である。
