「既存顧客」にフォーカスした全社戦略
Appleやブルームバーグといった輝かしい企業の「強さの秘密」とは何か。今、世界では多くの企業が“重要顧客”をターゲットにした戦略を取り入れ、成果をあげている。35年間で600社のBtoB企業のマーケティングコンサルティングを行ってきた著者・庭山一郎氏が「エンタープライズBtoBの本流」と位置づける戦略、それが「ABM」である。

本書において、ABMは「特定の重要顧客と最良の関係を築くことで、強い顧客基盤を構築し、収益を最大化することを目的にした全社的なマーケティング戦略」と定義されている。「特定の重要顧客」は新規・既存を限定しないが、基本的には「既存顧客」を指す。
著者は、ABMが既存顧客にフォーカスする理由を「BtoB企業の売上構成比」から説明する。
SMB(Small and Medium Business)と呼ばれる中小企業は比較的小口の顧客を多く持つ傾向がありますが、企業規模が大きくなると逆に売り上げに占める大口顧客のシェアが高くなります。その平均を取れば、売り上げの80%は上位15~20%の顧客からもたらされています。これは、この上位20%の顧客を競合に奪われてしまえば企業は存続が難しくなることを意味します。つまり企業がその存続を賭けて大切にすべき顧客はこの20%ということになるのです(p23)
「企業が絶対に失ってはいけない、本当に大切な顧客にこそアプローチすべき」──この思考がABMの本質だ。しかし、「既存顧客に売上の伸びは期待できない」と思い込んでいる企業は少なくない。本書は、そんな日本企業がABMを正しく理解して導入するための「道しるべ」(p4)として書かれた本である。
ABMは「営業とマーケの溝」を埋める
ABMが注目される理由として、次のようなものが挙げられている。
- ABMは重要顧客から競合を排除する(第1章-5)
- ABMの思考は営業とマーケの溝を埋める(第1章-6)
- ABMで海外の新市場への参入を支援する(第1章-7)
- ABMは営業生産性を劇的に引き上げる(第2章-3)
など
たとえば、ふたつめの「営業とマーケの溝」。マーケティングが既存顧客にメールを送ったり電話をかけたりすることに対し、営業が拒否反応を起こす場面は往々にしてある。著者はこれを「俺の客問題」と呼び、「ABMを成功させるための最大の難関」だと述べている。そして、この問題が起こる原因を、営業とマーケティングそれぞれの視座から紐解き、溝を埋める思考と実践方法を解説している。
一方、定義にもあるようにABMは「全社戦略」であることを著者は重ねて強調している。すなわち、営業とマーケティングだけでなく、ものづくり部門なども含めたすべての部門が連携しなければならない戦略なのである。大規模かつ長期戦となるABMを成功させるために必要なのは、正しい知識に基づいた入念なる準備だ。「ABMの正しい理解」を追求して書かれた本書は、その準備を整える際のガイドになるだろう。
足りないのは営業リソースではなく「戦略」だ
著者の「ABM専門書」として、9年ぶり2冊めとなる本書。時代に沿った内容となっているため、ABMをこれから導入する企業だけでなく、すでに導入している企業にとっても新たな発見があるはずだ。
また本書の特色として、「欧米で誕生したABMをいかに日本企業独自の形態で進化させるか」が示されている点が挙げられる(第3章)。たとえば、日本固有の商慣習である「名刺交換」、日本の営業の「謙虚で控えめ」な性質、「社歴の長さ」といった特徴が、ABMにおいては大きなアドバンテージになることが示唆されている。
ABMを実施するうえで、こうした日本型の営業ほどの人的経営資源はないのです(p123)
本書は、日本企業にまだ大きな伸びしろがあることを実感できる1冊だ。ぜひ手にとって、自社の戦略を考える際のヒントにしてほしい。