営業には「教科書」がない
営業の教育はOJTが一般的で、「教科書」がありません。
営業部に配属されたあと、上司や先輩に同行して営業のやり方をなんとなく学び、見よう見まねでやってみる。たまたまコツをつかんだ人は、成果があがって営業が楽しくなる「正のサイクル」を回っていく一方、コツをつかめないままの人は、成果をあげられず営業が嫌いになる「負のサイクル」を回っていく──。
さらには「上司の指導力」や「相性のいい顧客に出会えるか」といった“運”の要素もあり、環境に大きく左右されてしまうのが実情です。
このような問題意識から執筆されたのが、今回紹介する書籍『売れる組織 売れる営業』です。

著者である田中大貴氏は、キーエンスで連続目標達成後、プルデンシャルにスカウトされ、11期連続社長杯入賞。当時全国最年少でエグゼクティブ・ライフプランナー(部長)に就任したという営業キャリアを持ちます。現在は「営業の道しるべを創る」というビジョンを掲げるSales Naviの代表取締役として、セールスイネーブルメント事業を展開しています。
業態こそ異なる両社──キーエンスはBtoBの有形商材、プルデンシャルはBtoCの無形商材──で、なぜ田中氏は成果を出し続けられたのか。その理由は、「営業の型」が明確に存在していたからだと言います。
成果を支える「営業の型」とは?
では、「営業の型」とはいったい何なのでしょうか。
たとえば、プルデンシャルには「ブルーブック(保険営業の教科書)」と呼ばれる営業マニュアルがあり、これが「型」として機能しています。営業担当者はブルーブックに書かれた内容を暗記し、テストやロープレを経て初めて実践の場に立てるという、厳格な教育プロセスを踏みます。
一方のキーエンスには、プルデンシャルのように商品知識を叩き込む型があるほか、「1日〇件の電話」「1日〇件の訪問」といった、行動を徹底的に管理する型などが存在します。
著者は、こうした営業の土台となる「型」の存在が、営業生産性の底上げにつながると述べています。たとえば、一般的な営業組織では「売れる営業:普通の営業:売れない営業」の比率が「2:6:2」になると言われます(パレートの法則)。しかし、営業の型を取り入れることでスキルを標準化でき、「売れる7:普通2:売れない1」といった分布に引き上げることが可能になるのです(p45)。
著者は、型を実践するためには「4つのステップ」と「4つの要素」を押さえておくべきだと言います。
成果をあげるための理想的な4ステップ
知る→わかる→やってみる→できる
営業で学ぶ4つの要素
(1)知識(2)スキル(3)習慣・管理(4)心構え
これらの「ステップ」と「要素」を掛け合わせることで、型の全体像が明確になります。具体的には、横軸に4つのステップ、縦軸に4つの要素をとることで、各要素において「知る→わかる→やってみる→できる」という成長プロセスが示されたフレームワークが完成します(p49)。これは型を体系的に捉えるための視覚的なガイドとなり、企業独自の型を設計する際の土台にもなります。
一見、これらのステップや要素は、基本的で目新しさがないように思えるかもしれません。しかし著者は、ほとんどの企業が1~3のステップを飛ばし、いきなり「できる」を求めがちだと指摘します。キーエンスやプルデンシャルは、そのプロセスを丁寧に踏んでいるからこそ、強い営業組織を築いているのです。
本書は、キーエンスとプルデンシャルのエッセンスを抽出し、型のステップと要素を包括的にわかりやすくまとめています。とくに「第3章 知識編」「第4章 スキル編」「第6章 心構え編」は、営業個人がすぐに意識でき、商談に活かせるノウハウが豊富に紹介されています。また「第5章 習慣・管理編」は、営業組織を率いるマネージャーや営業企画にとっても参考になる、KPI管理やデータ管理のポイントが解説されています。
キーエンスとプルデンシャルに学ぶカルチャーづくり
とはいえ、人間は弱い生き物。型の実践を個人に任せると、どうしても緩みが生じてきてしまいます。
そこで組織がやるべきことは、型を身につけるための“環境”を整えること──すなわち、「教育体制の整備とカルチャーづくり」です。型とカルチャーをセットで充実させてこそ、強い営業組織を実現できます。
たとえば、キーエンスには「合理性の追求」、プルデンシャルには「理念を掲げ、自然にやる気を引き出す」といった、それぞれ独自のカルチャーが根づいていると田中氏は言います。そして両社に共通するのが「惜しみなく教え合うカルチャー」。本書では、両社がこうしたカルチャーを浸透させるために凝らしている工夫も具体的に紹介されています。
あなたの企業には、どのようなカルチャーがあるでしょうか。「まだ明確なカルチャーがない」「トップが明示している理念はあるものの、現場に浸透していない」と感じているマネージャーや経営層には、必読のパートです。
壁にぶち当たったときに立ち返る“原点”に
本書の最終章では、営業に必要な「心構え」が、40ページ以上にわたって丁寧に解説されています。営業スキルやテクニックに加え、心構えについてもここまで重点的に解説した1冊は珍しく、この本の大きな特長と言えるでしょう。
営業という仕事には、顧客から「いらない」と断られたり、競合に負けたり、数字に追われたりといった厳しい局面がつきもの。そうしたときに、どのような思考で前を向き続ければいいのか、次の4つの視点から解説されています。
- 成長マインド
- 達成マインド
- 顧客マインド
- ポジティブマインド
また著者は、自身がプルデンシャル時代に陥った「負のサイクル」や失敗談も率直に綴っており、「失敗は当たり前」と読者の背中を押してくれます。
冒頭の「はじめに」で田中氏は、「型は壁にぶち当たったときに立ち返る原点になる」と語ります。本書もまた、営業で行き詰まったときに何度でも読み返したくなる1冊です。思うように成果が出せずに悩んでいる営業パーソン、組織の仲間を支えたいマネージャーは、ぜひ手にとってみてはいかがでしょうか。