従来の営業手法では限界に ダイキン工業の課題とデジタル化による変革
ダイキン工業の小林亮太氏は、まず、製造業における従来の営業手法が抱えていた課題について明確に述べた。
「私たちは長年、空調機のメンテナンスを通じて顧客との関係を築き、リピートを促進するという対面営業を基本にしてきました。しかし、顧客数が増える中で、この『人海戦術』による営業手法は限界に達しつつありました」(小林氏)
ダイキン工業が抱えていたひとつめの課題は、人員の増加に対するコストであった。すべての顧客に対して適切なフォローアップを行うためには、顧客数の増加にあわせて営業スタッフを増やさなければならない。それによってコストが増大し、さらに非効率な営業プロセスが利益を圧迫していた。
ふたつめの課題は、顧客対応の一貫性が欠けているという点。営業担当者ごとに対応が異なることで、顧客体験がばらつき、顧客満足度の低下リスクが高まっていた。このような状況では、顧客の満足度を維持しながら成長を続けることが困難であった。
さらに、BtoBの顧客は製品の導入後も長期的なサポートを求めるが、従来の営業手法ではそのニーズに迅速かつ的確に応えることが難しかった。とくに、メンテナンスや修理の要望が複数の部門にまたがることが多く、顧客への対応が遅れたり、情報が断片化したりしている状態に不満が生じていた。極端なケースでは、営業担当者が気付かないうちに他社の製品に乗りかえられている事例もあった。
「これまでは『ダイキンを使い続けてくださっているお客様とは、人と人のつながりがあるから大丈夫』と思っているところがありましたが、今や時代はそうではありません。それを強く意識して営業改革に乗り出す必要がありました」(小林氏)
製品を売って終わりではなく、顧客の課題に寄り添い続けるソリューション提案が求められる時代を迎えたが、数千社規模の既存顧客に対して営業担当者が個別に対応するには人的リソースが足りないことは明らかであった。休眠顧客の離反や他社製品への切り替えを防ぐためには、人海戦術に頼らない新たな顧客接点の仕組みづくりが急務となっていた。
デジタル原人の集団!? MA活用とウェブサイトの改革から開始
こうした課題を解決するため、ダイキン工業が決断したのが、デジタルマーケティングの導入だ。まず、マーケティングオートメーション(MA)ツールの導入により、顧客情報の一元管理と自動化を進めた。これにより、営業スタッフが手動で行っていたリード育成のプロセスを効率化し、顧客との接点を維持し続けることが可能となった。
小林氏は、「顧客との関係を深めるためには、適切なタイミングでのアプローチが重要です。MAツールを活用することで、顧客の行動をトラッキングし、興味のあるタイミングで最適な情報を提供することができるようになりました」と効果を指摘する。見込み顧客へのアプローチの最適化が一貫して行えるようになり、商談への転換率が大幅に向上したという。
デジタル化に取り組む前の環境について、小林氏はユーモアを交え「当時はまるで『デジタル原人』の集団のようでした」と語る。
この営業・マーケティング活動のデジタル化を進めるというミッションをスピーディーに達成するうえで、ダイキン工業社内にノウハウ、人手が不足していた。未知の領域であるデジタルマーケティングに時間をかけ過ぎることで、既存の施策や全体の戦略設計に遅れが生じてはならないと考えた同社は、デジタルマーケティングのパートナーとして、戦略・目標の設計から施策の実行、振り返りまで伴走型で支援することを特徴とするイノーバを選定した。
リード数は10倍に! インサイドセールスの立ち上げに挑む
イノーバとの協業によって、MAツールの効果的な活用や、コンテンツ戦略の強化が進められた。イノーバはダイキンのマーケティング戦略を支援する中で、ウェブサイトの改善にも深く関与し、顧客が検索するキーワードに基づいて最適化することで、より顧客のニーズに応えるコンテンツの提供を目指した。
顧客が必要とする情報の迅速な提供にも注力した。検索ニーズに合わせたコンテンツを展開し、コンテンツ内でホワイトペーパーのダウンロードを促す。ホワイトペーパーをダウンロードしたユーザーの個人情報を獲得することで、見込み度合いの高いユーザーに効率的にアプローチできるようになった。小林氏は「ウェブサイトの導線の整理と情報の拡充を通じて、適切なタイミングで適切なフォローができるようになった」と振り返る。
そして、情報提供を通じてつながった顧客との関係を深める施策として、メルマガの活用も推し進めた。
「対面営業の場合は、有益な情報を提供できる企業の絶対数が限られていました。メルマガを活用することで、多数の顧客に対して1社1社にパーソナライズされた情報を提供でき、『役立つ情報を提供してくれるダイキン工業』というイメージを持ってもらえるようになったのです」(小林氏)
とくにウェブサイトの改善とMAツールの活用がシナジーを生み、リード獲得数は10倍に増加している。
さらに、ダイキン工業の営業活動を大きく変革した要素が「インサイドセールスの導入」だ。従来の対面営業では、すべての見込み顧客に対して個別のアプローチを行うことは非効率だったが、インサイドセールス部隊が非対面でのフォローアップを行うことで、より多くの顧客に効率的にアプローチすることが可能になった。
「対面営業は信頼関係の構築において非常に有効ですが、インサイドセールスの導入によって、接点を持つことが出来た見込み顧客に対して迅速かつ的確なフォローアップができるようになりました」(小林氏)
また既存の顧客に対する効果についても、「これまでは営業担当者1人ひとりが多くの顧客を抱えており、フォローアップが不十分な場合もありました。しかし、インサイドセールスを活用することで、顧客の状態に応じたタイムリーなアプローチが可能となり、顧客との関係をより深めることができたのです」(小林氏)と具体的に語った。
加えて、インサイドセールス経由で生の顧客情報を直接獲得できるようになり、製品サービスの改善プロセスが早くなるという副産物も得られた。フィードバックを迅速に収集し、それを基にプロダクトの改善を図ることで、顧客からの信頼も高まっている。
「どの企業でも担当者同士では、お客様に一貫した対応を届けることが必要だという認識があるはずです。しかし、いざ複数の部門間でそれを実現しようとすると、難易度は高い。インサイドセールスが両者のハブとなることで、1社1社のお客様の状況をより正確に把握できるようになり、一貫した体験の提供が実際に顧客満足度につながっています」(小林氏)
さらに顧客の声をより素早く収集できるようになり、製品サービスの改善に反映することも可能となった。フィードバックを迅速に収集し、それを基にプロダクトの改善を図ることで、顧客からの信頼も高まっているという。
営業部門は会社のエンジン イノーバが語る協業による成果
セッション後半では、イノーバの宗像淳氏が、ダイキン工業との協業に至った経緯と、そのパートナーシップによる成果について語った。
イノーバはまずダイキンのウェブサイトを改善し、顧客が検索するキーワードに基づいたコンテンツを制作することで、アクセス数を3倍、リード数を10倍に伸ばしている。これは顧客の購買行動の変化に対応した施策を行ったことによる。宗像氏は、海外の統計データを引用し、現代の購買者の状況を解説した。
「現代の顧客はまずインターネットで情報を集め、事前にかなりの情報を持った状態で営業担当者に接触します。そのため、ウェブ上での情報提供が非常に重要になります。ウェブファーストで情報を集める時代、顧客が検索しているときに自社の情報が見つからないということは、存在しないも同然です」(宗像氏)
顧客が自ら情報を探し、興味を持った段階で、必要とする情報をタイムリーに提供し、ニーズに応えることができる、インバウンド型の体制を構築すること。また、営業とマーケティングが連携して、効果的にリードを育成することが不可欠だ。実際にダイキン工業は、あらゆるコンテンツの提供を通じてリードを育成。顧客の興味を引きつけ、潜在顧客から商談への移行をスムーズに行うことができた。
宗像氏は「営業部門は会社のエンジンであり、そのエンジンをより効率的に動かすためには、デジタルツールの活用が不可欠」と述べ、営業現場におけるデジタル化の重要性をあらためて強調した。
さらにイノーバでは、ニッチ企業向けに特化したオウンドメディア戦略を展開し、特定のターゲット市場に対して有効な情報を提供することで、顧客との信頼関係を深める取り組みを行っている。
ニッチな市場に向けて届ける製品となると、どうしてもアピールポイントが製品や技術に寄りやすい。しかし、重要なことは、顧客が抱えている悩みを解決する情報であり、その悩みに顧客自身が気づいていない潜在的なものである場合は、悩みを自覚させることである。コンテンツ発信の際は、自分たちを主語にするのではなく、顧客の課題やゴールを意識することが何より重要だと宗像氏は強調した。
最後に宗像氏は次のようなメッセージで講演を締めくくった。
「ダイキン工業様のインサイドセールスとデジタルマーケティングを組み合わせた取り組みは、顧客ファーストかつ、効果が出やすいところから始めた点がポイントでした。顧客を中心に置かない施策は的外れになり、当然成果は出ませんし、突然長期的な改革に挑むと、現場も疲弊します。ぜひこの前提に立って自社に必要な施策の優先順位を明確にし、デジタルツールも最大限に活用し、取り組みを始めてみてください」(宗像氏)