良い他責とは? 営業以外も巻き込む「初回商談設計」
──マラソンというお話もありましたが、まさに最初の成果が出るまでに時間がかかるのもエンタープライズセールスの特徴です。
こちらの図をもとに解説させてください。
営業スキルが高いほど売れますが、ひとりで安定的に売るためには営業スキルで80点くらいとらなければなりません。ただし、実際の世界では60点くらいがボリュームゾーンで、20点分のギャップに苦しんでいる営業も多い。
私が新卒時から在籍していたワークスアプリケーションズでは、営業が自分で案件をとってハンドリングできるようになるまで3年はかかると言われていました。そして、営業スキルを高めるための施策はたくさんあったのですが、プロダクトや業界理解を高める施策はそれに比べると少なかった。それは、資料や事例頼みではない営業スキルやセールストークを磨くことを大切にしようという組織の方針があったからでした。
──多くの営業組織がスキルの向上に重点というか……期待を持っている気がします。
私自身、営業を強くするにはその方法しかないと思っていたころもありました。一方で、当社の共同創業者の長崎はコンサル出身で、彼と一緒に「あまり年数をかけすぎずに安定的に売れるゾーンに入るには?」と議論したんですね。その後、プロダクト・業界理解を深める仕組みを用意したことで、長崎も、私以外の営業スキルがないメンバーも売れるようになって、考え方が変わっていきました。
──「人間的なコミュニケーション能力も大事」というお話もありました。あえて「営業スキル」の面で押さえておくべき点があればうかがえますか。
前提としてエンタープライズセールスにおいては営業個人のスキルではなく、チームの力を磨く必要があると思っています。そのうえで重要なのは「組織力学の可視化」と「初回商談の設計」ですね。
SaaSの場合、以前のITシステムに比べれば比較的少ない意思決定者の方々とのコミュニケーションで導入が進むこともあります。それでも「組織力学」の理解は必要で、一定の型もあります。当社の場合は私の得意領域なので、メンバーにインプットをしています。
そして、もっとも重要なのが「初回商談の設計」。プロダクト組織、PdMを交えて、初回の商談でどんなものが出てきたら「この企業・プロダクトと付き合っていきたい」と思ってもらえるかを相当磨き込んでいきました。
初回商談は「営業の個人のテクニックで何とかしよう」としてしまいがちなポイントでもあります。営業に閉じない議論をするために突っ込めるメンバーがいることも重要です。われわれのチームでは「良い他責」という言葉を使っていたのですが、お客様と向き合うセールスから「プロダクトや会社のこういう部分を改善したほうがよりお客様に響くと思う」という意見をどんどん出してもらうようにしていました。あえて、無責任にフィードバックすることが事業を育てることもありますから。
全員がカスタマーサクセスを経験「Business Design採用」
──良い他責には組織としての成熟度がある程度必要な気もします。チームセリングのお話もでてきましたが、Right Touchでは、「Business Design」と称してセールス・カスタマーサクセス、どちらも担当する前提で採用しているともうかがいました。
エンタープライズセールスの経験があったとしても対象業界や取り扱う商材が違えば、意外と営業活動の内容も異なり、いきなり活躍するのは結構難しいんですよね。とくに若手のメンバーには両方を経験してもらう必要があると考えて、試行錯誤中です。現在は入社後にまず、オンボーディングとしてカスタマーサポート/カスタマーサクセスの領域から担当します。実際にツールを活用いただいているお客様の質問に答えたり、運用に伴走したりすることで、業界やプロダクトについて生々しく話せるようになるんですよね。
私自身、事業の立ち上げ時期はすべてのお客様に伴走し、人生初のカスタマーサクセスを経験しました。この経験がないとエンタープライズのお客様と会話をすることはできないな、とすら思いましたね。その業界、業務に何十年も取り組んでいる人たちと渡り合うためには一定の解像度が必要で、それがないとそもそも信頼していただけないんですよね。
──カスタマーサクセスの仕事を経験してからの顧客理解のレベルはまったく違いますか。
かなり違います。もちろん、トップセールスのなかにはお客様の業務をかなり深く理解できている人がいますが、営業の8割くらいは深くお客様を理解できていないのではないかと思っています。「本当の意味で、このサービスはお客様の運用に乗るか」ということを理解しないと、結局お客様の不満や解約につながってしまうはずです。
どんな領域でも既存のお客様に別の製品を使っていただいたり、別の部署に広げていただいたりすることが必要になってきていますよね。そのとき、これまでのお客様の成功がベースになければ、その後、数珠つなぎで契約範囲を広げていただくことはありえないんですよね。お客様理解に基づいた信頼獲得は避けて通れません。カスタマーサクセスを経験したメンバーを見ていると「お客様の言葉で語ることができているな」というシーンがよくあります。