トップ営業の「職人芸」を、再現性ある仕組みに変えられるか
向井 前編では、合意形成の本質が「不安を順番に取り除いていく設計」にあるとうかがいました。
しかし、現場での機微や判断は、どうしても「センス」や「経験」という言葉で片づけられがちです。これらを属人化させず、組織として再現可能にする術はあるのでしょうか。
ウェルディレクション合同会社 代表社員 向井俊介氏
約20年、IT業界において中小から大企業のBtoBの営業領域の職務に従事し、CxO等エグゼクティブに対するビジネスも多く経験。2019年に米App Annie日本法人のカントリーマネージャーに就任し、日本法人全体のビジネスを牽引。2020年7月よりウェルディレクション創業。B2Bセールスのアドバイザーとして上場企業からスタートアップまで、広く営業やマーケティングの側面から企業のビジネス成長に貢献している。2023年社会構想大学院大学実務教育学修士号取得。営業の暗黙知を学術的に形式知化するための専門職研究を行う。
原 まず大前提として、これだけテクノロジーやAIが進化した現代においても、「OJT(現場教育)でしか教えられない領域」は依然として非常に多く残っている、というのが私の強い実感です。
向井 やはり、現場の「生」の感覚は代替できないと。
原 ええ。たとえば、「あの空気感でその発言は、タイミング的にまずかったよ」といった、現場の「間(ま)」に紐づくフィードバック。これは、AIが書き出した文字起こしを何度読んでも、当事者以外には伝わりません。そこは教育担当や上役が同席し、泥臭くその場で修正していくしかない。この手間を惜しまず、現場の「空気感」までも育成に還元し続けている組織は、やはり圧倒的に強いですね。
向井 戦略として仕組み化できる部分については、どうお考えですか。
原 私はよくエンタープライズの商談を「山登り」に例えます。トップ営業は、初めて目にする巨大な山(組織)であっても、「このルートで登れそうだ」「こっちが近道だな」という道筋が、ぱっと見でわかってしまうんです。そしてその直感どおりに進み、最短距離で登り切ってしまう。
株式会社パスライト 代表取締役CEO 原崇嗣氏
新卒で株式会社ワークスアプリケーションズに入社し、大企業向けソフトウェア・SaaS営業で年間数億円の売上を5年連続達成、マネジメントとして営業組織拡大に貢献。その後、株式会社ビットキーに創業期から参画し、2期目以降に毎年数十億円規模の受注を積み上げ続け、事業を牽引。並行してエンタープライズ営業のコンサルを提供し、法人化と共に「PathLight」を開発し、エンタープライズ営業の効率化と高精度化を推進。
向井 まさに職人技ですね。
原 ただ、これだけだと後継者が育ちません。後輩が「あのお客様、もう攻略したんですか?」と驚いても、本人が「いや、あの人がキーパーソンだったからさ」と一言で片づけてしまう。これでは「地形図」も「登頂ルート」も共有されません。仕組み化の第一歩は、トップセールスが「なぜそのルートが良いと思ったのか」という理由を徹底的に引き出し、論理的な形に整えることです。
向井 今のお話は、ナレッジマネジメントの学問領域で言われる「SECI(セキ)モデル」における、個人の暗黙知を形式知に変えていく「表出化(Externalization)」のプロセスそのものですね。ただ、この表出化においてもっとも重要なのは「ファシリテーション」だと言われています。つまり「誰が、どう聞くか」。ここが最大の難関ではないでしょうか。
原 おっしゃるとおりです。トップ営業本人は、自分の成功要因をドキュメントにまとめることをあまりやりたがりません。だからこそ、誰かがその「理由」を徹底的に聞き出さなければならない。
理想は、しっかり売れている営業がイネーブルメント部門に行き、トップ営業の知見を引き出すことです。それが難しいなら、若手を横につけ「なぜその局面でそう判断したのか」を執拗に問い、言語化させるのでも良いでしょう。
組織図などの「フォーマルな情報」は、AIに整理を任せるのも一手です。引き出すべきは、「あの部署同士は折り合いが悪い」といった「インフォーマルな生情報」をどう掴んでいるか。このスキルにフォーカスして、言語化することにこそ価値があります。

