顧客との間に「明確な用件」が求められるようになった
非対面営業の急速な普及にともない営業フローに変化が生じ、多くの組織が既存の営業手法からの脱却を強いられている。かつては「御社の近くで商談があったので、ご挨拶にうかがいました」とアポなしで訪問し、世間話から新たな商談の種を手繰り寄せる偶発的なコミュニケーションが可能だったが、昨今の営業シーンでは、顧客との間に「明確な用件」が求められるようになった。顔を合わせるための明確な理由が必要になり、顧客からはこれまで以上に商談前の事前準備を求められるようになっている。
2021年7月、SalesZineではUKABUによる「商談準備に関する実態調査」の結果を取り上げた。同調査では、回答者の過半数が事前準備の重要性を認識しながらも、4割以上が「商談前の準備不足は解決するべき重要課題」として位置づけ、「解決策があるなら検討したい」という声は約9割に上るなど、営業組織が抱える事前準備への課題感があらわになった。
本稿ではBtoB市場における情報の収集・分析機能を有する「業界ch」を提供し営業組織の「事前準備」をサポートするインフォマート 事業推進2部 部長の源栄公平さん、そして業界chを活用し成果を高め続けているROBOT PAYMENT 執行役員 セールスイネーブルメント室 室長の森山泰史さんを取材。インタビューを通じて営業組織が抱える営業事前準備の課題と解決に向けてのアプローチのヒントを探った。
商談前の事前準備が定着しない3つの理由
――営業の事前準備に関する調査によると、8割以上の回答者が「商談前の準備は重要である」と認識しているにも関わらず、実際に準備している回答者の割合は3割だったそうです。このような状態になっているのはなぜでしょうか。
源栄 営業活動において商談前に実施する事前準備のプロセスが定着していないからではないでしょうか。これには「1. 時間がかかるから後回しにしてしまう」「2. スタイルが平準化しておらず『型』がつくられていない」「3. 適切なツールがない」という3つの理由があると考えています。
ひとつめの「時間」に関してですが、点在する情報を探して集約し、さらに分析までを試みる場合、当然多くの時間が必要になります。いわゆる「重要だが緊急性が低い仕事」として分類されがちな営業準備は、どんどん後回しになってしまうのでしょう。
時間がかかってしまう背景にあるのが、ふたつめの「型」に関する課題です。「型」が平準化されていれば、時間をかけずとも全員が同じ準備をできるはずですが、営業準備のやり方が属人化してしまっており、ノウハウを持たない新人や中途採用の人材が苦労する光景をよく目にします。営業組織が「型」づくりに取り組めていない背景には、3つめに挙げた「適切なツールを入れていない」ケースが関係する場合が多いです。Sales Techは増え続けているものの、オーバースペックだったりコストが合わなかったりなどの理由で、インサイドセールスとフィールドセールスが一緒に使える「ちょうど良い」ツールが存在しないように感じています。
これらの課題を解決するべく、営業組織の方々に気軽に使ってもらえるようなツールとして提供を開始したのが「業界ch」です。
業界chは、我々自身が抱えていた課題をきっかけに生まれました。もともと当社では、2015年ごろまでフード業界に特化した電子商取引プラットフォームを提供していました。その後、あらゆる業界を対象にしたBtoBプラットフォームの提供を開始するのですが、フード業界以外の商習慣がわからないまま営業活動を開始したことにより、お客様との会話に非常に苦労した背景があるんです。
「業界」に目を向けると仮説に深みが出る
――実際に自社での営業活動に苦労された経験から商談前の事前準備をサポートする業界chが生まれたとのことですが、御社が考える営業前の事前準備プロセスの中でもっとも重要なステップを教えてください。
源栄 商談先の企業情報やお会いする方の人物像を事前に調べておくこと自体は、マナーと言えるレベルに浸透してきている印象です。たとえば、ウェブで収集した情報と過去の商談で知り得た情報を組み合わせて、仮説を立てて商談に臨むことも一般的になってきています。こうした中で、もっとも注力すべきポイントは「仮説を立てるプロセス」であると感じます。商談先の企業情報を収集して分析するだけではなく、その企業が属する業界全体についても情報収集することで、仮説に深みが出てくると考えています。
ここでの「仮説を立てる」とは、企業の課題や今後の展開を予想して、想定されるニーズを元に商談を組み立てる準備を指します。それらをどこまで詰めるべきか、という議論はありますが、お客様から「ちゃんと調べてきているな」と感じてもらえるレベルまで持っていく必要がある、というのが我々の持論です。そのため、やみくもに調べるのではなく、「お客様の納得感を生む仮説を立てるには、どのような情報が必要か?」という観点で準備をするべきです。
たとえば非上場企業やスタートアップ企業、設立して間もない企業の情報収集は難しいですが、どの業界に属している会社かを押さえておくことによって、同じ業界の他企業のIR情報から課題感や展望を推測することが可能です。業界chは、実際に訪問した企業だけでなく、企業情報に紐づいた業界レポートを通じて競合企業までをシームレスに調査することができるため、あらゆる企業の課題・展望を予測するうえで有効でしょう。
正しい情報に最短で辿り着くために
――冒頭で「時間」に関する言及がありましたが、時間に追われるビジネスパーソンにとって業界chの活用が効果的である理由を教えてください。
源栄 やはり「スタイルの平準化」が鍵になると思います。準備時間を短縮するには、王道の業務フローを構築したうえでマニュアル化し、定着させる必要があります。これを実現するには、全員が同じツールを同じように活用すること――どこを見ればどのような情報を得られるかを全員が把握し、容易にアクセスできる状態をつくり上げることがいちばんの近道になります。こうした「正しい情報に最短で辿り着ける状態」を実現できるのが、業界chの大きなメリットです。
コロナ禍以降、インサイドセールスを導入する企業が増加していますが、インサイドセールスとフィールドセールスそれぞれが別々に情報収集をしてしまうとロスタイムが生じてしまいます。お互いが同じツールを活用すれば、シームレスな情報の受け渡しを実現するベストな体制をつくることができるのです。
営業の属人化課題を解消した「型づくり」の力
――ここからは業界chを実際に活用しているROBOT PAYMENTの森山さんにお話をうかがいます。御社が業界chを導入する前に抱えていた営業課題はどのようなものだったのでしょうか。
森山 当社が提供するプロダクトはいわゆるホリゾンタルSaaSで、お客様の業種はさまざまです。そのうえで大きな課題がふたつありました。
ひとつは「インサイドセールスの属人化」です。インサイドセールスがコールする際には、お客様が属する業界の将来仮説をしっかり伝えることでニーズの喚起を促していたのですが、担当者の経験の差によって提示する仮説のクオリティにばらつきが生じていました。そもそも将来仮説づくりには正解がない、あるいは正解はひとつに限りません。上司からのフィードバックにも時間がかかり、皆が課題感こそ感じていながらも解決が後回しにされている状況がありました。
もうひとつの課題は「フィールドセールスによる商談の属人化」です。商談前にお客様の業界トレンドやIRに目を通してはいるものの、やはりその精度が人によって異なる点に課題がありました。アポが前日に急に決まるようなこともあるのですが、そのような場合に準備の時間が十分に取れず、場当たり的な対応になってしまうケースもあり課題を感じていました。
もちろん業界chを導入する以前にも、決算書を参照する際のポイントについて社内勉強会を実施するなど事前準備を推奨してはいました。しかし、実際にツールを導入したり具体的に事前準備のフローを体系立てたりすることはできていませんでしたね。
――課題の解決策として、どのような経緯で業界chを導入したのでしょうか。
森山 ビズリーチの茂野さんによる業界chの事例記事は大きなきっかけのひとつでした。当社にいる茂野さんとつながりのある社員を通じてご本人に業界chの使い心地を改めてお聞きしたところ「本当におすすめです」とコメントをいただき、導入を検討し始めました。
そのうえで、導入の決め手となったポイントは3つあります。ひとつめは「情報量の多さ」です。正直、想像を超える情報の豊富さでした。あれほどの情報量を社内のリソースでまとめようとすると、とんでもない時間と労力がかかるのではないかと思います。
ふたつめは「情報が四半期に一度アップデートされる点」です。商談中、お客様との会話で「それって去年の話ですよね」と指摘されない状態であることは、営業時の自信につながっていると感じています。
3つめは、こうした質・量・鮮度の担保された情報が「ID無制限で使える課金体系」です。課金体系をうかがった際に「導入後すぐにペイできるな」と確信し、導入を決めました。導入に際してはほかのサービスも調べましたが、このクオリティをこの価格を実現しているサービスはひとつもなく、導入前に一度デモで使わせてもらったその場ですぐに導入を決めたことを覚えています。
情報を持つことは営業パーソンの自信につながる
――御社が業界chを導入したことで得られた成果を教えてください。
森山 定性的な成果としては、「自信を持ってお客様と会話できるようになったこと」が大きいです。情報は貴重な財産であり、商談時の営業パーソンをサポートする武器にもなり得ます。十分な情報を携えて自信を持って商談に臨めるかどうかで、成果の面だけでなく心理面でも営業活動の支えになっています。
定量的な成果の面では、課題のひとつであった属人化が改善されたほか、インサイドセールスのアポ獲得率が1.5%ほど上がりました。一見して1.5%という数字は小さく思われるかもしれませんが、当社は毎月数千件単位のコールをしており、その中での1.5%は非常に大きな成果だったんです。
Sales Techの形骸化を防ぐ定着への取り組み
――具体的な活用シーンを教えてください。
森山 商談前の事前準備に活用しているのはもちろんですが、それ以外の活用シーンが大きくふたつあります。
ひとつは新規事業や企画の立案です。たとえば「この業界向けに〇〇の取り組みをやってみたらおもしろいのではないか」とブレストベースでアイディアが出てきた際に、「では、その業界の市場はどれくらいの規模感なのか」とすぐに情報を参照できるため、アイディア出しから検討までのスピードが非常に上がり、とても助かっています。
また、競合情報をチェックする際にも活用していますね。当社では、Slack上で業界chを連携させたチャンネルを作成し、業界ch上の情報が自動的に入ってくるような仕組みを構築しています。一例ですが、競合企業の名前を登録しておくことで、そのワードに関連するプレスリース情報が業界chにアップされると、Slack上で自動的に通知してくれるのです。プレスリリース情報と同様に、展示会やオンラインのセミナー情報などをキャッチできる機能もあるため、日々の情報収集に役立てています。
これらは導入前に想定していなかった使い方ではありましたが、今では商談前の事前準備に活用する営業部門に限らず、経営企画を担う部署でも重宝されています。
――Sales Techが多く台頭する一方で、ツールの「定着」に対する課題感が顕在化しています。御社が業界chをはじめとしたSales Techの活用を組織に根づかせるにあたって実践したフローを教えてください。
森山 2020年1月にセールスイネーブルメント室という部署を立ち上げました。営業に特化した人材を育成すること、そして営業の生産性を高めることがミッションの部署ですが、ひとつめのステップとして同部署でSales TechやSFAの運用を担っています。
セールスイネーブルメント室が中途や新卒で入社した社員に向けた研修を行う際に業界chを含む主要ツールの使い方をみっちりと解説しています。また、研修時の1回限りでは定着は難しいため、業界chであれば、定期的に営業部門の社員に対してお客様の業界やバリューチェーンに関する質問を投げかけて、言い淀んでしまった場合に業界chの活用を改めて促すなど、ツールが形骸化しないように常に意識しています。
――既存の社員の方々へ向けては、どのような方法で定着を図ったのでしょうか。
森山 導入前に、インサイドセールス・フィールドセールス全員を集めて勉強会を実施しました。また業界chを提供するインフォマートさんの営業担当者が、他社の活用事例やインフォマートさん自身の活用事例を共有してくださるなど、カスタマーサクセスのような動きでサポートしていただいた点も後押しとなりました。当社の力だけでは、ここまでの定着は成し得なかったと感じています。非常にありがたかったです。
――最後に、森山さんが今後業界chを活用して成し遂げたいことを教えてください。
森山 これまで以上に、既存のお客様の環境変化に敏感に対応していきたいと考えています。たとえばコロナ禍でお客様の環境は二極化しましたが、そうした環境の変化は自分たちが知るより先に、お客様経由で知るタイミングが少なくありませんでした。今後は、お客様の会社とその業界の動向を随時素早くチェックし、より深くお客様に寄り添う営業組織でありたいです。
――ありがとうございました!