売り手は買い手に必要な情報を提供する存在
――まずはおふたりのキャリアについて伺います。
伊田 私はもともとGoogleやDELL、マイクロソフトなどの大手企業でマーケティングやセールスに関わる仕事をしていました。有名なブランドの製品を販売する仕事はとてもやりがいがありましたが、自分の仕事によって製品やサービスの良さを日本市場に広める経験がしたいと思い、転職を決意しました。HubSpotは私が入社した2017年当初、日本での知名度はいまほど高くなかったのですが、製品自体の良さもさることながら、「人がものを買うときに必要な情報を売り手側は発信するべき」という買い手に寄り添った価値観に共感し、入社しました。
安井 私はHubSpotに入社するまでサイバーエージェントやホテル予約のBooking.comでセールスの仕事をしていました。当時はアポなしの飛び込み営業や1日数100件のコールドコールなど、体力的にも精神的にもタフな働き方を続けていましたが、出産を機に育児とキャリアの両立を考えるようになり、そのタイミングでHubSpotに出会いました。HubSpotでは案件創出からクロージングまでが一貫してインサイドセールスで行われ、それまで私がスタンダードだと思っていた営業スタイルとの違いに衝撃を受けました。自社のツールを活用して営業活動を徹底的に効率化し、訪問しなくてもお客様から愛されるセールスを実現しているところに惹かれて入社を決めました。
――長らくマーケティングソフトウェアの提供に力を注がれてきた御社が、Sales Hubというセールス向けの製品を生み出すに至ったきっかけは何だったのでしょうか。
伊田 HubSpotがマーケティングのソフトウェアをつくった背景には、売り手による販売促進活動と、買い手による購買活動のミスマッチという問題がありました。たとえば、車を買いたいと考えている方がいたとします。その方は、ある車が本当に良い車なのかどうか情報収拾をしたいと思っている段階なのに、ディーラーがいきなり売り込みに来れば、それは販促活動と購買活動がマッチしているとは言えませんよね。
「インバウンドマーケティング」という思想のもと、「売り手が売りたいようにマーケティングや営業活動をする世の中」ではなく、買い手の「買いたい気持ち」に寄り添い売り手が情報を提供する世の中を目指し、ソフトウェアをつくって販売してきました。しかし、買い手の購買体験は売り手のマーケティング部門だけの努力では最適化できません。マーケティングに加えセールスやカスタマーサービスといった部門も顧客体験の向上に取り組めるようなツールが必要と考え、2014年にセールス部門を、2018年にカスタマーサービス部門を支援する製品群のリリースに至りました。
――Marketing HubとSales Hubをセットで導入している組織は多いですか。
伊田 非常に多いです。とくに、 昨今増えつつあるインサイドセールスの部門を持つ企業は、リードを創出するマーケティングとリードの見極めを行うインサイドセールスが別々のソフトウェアを使ってしまうと作業効率が大幅に落ちるので、どちらも購入される傾向にあります。カスタマージャーニーに関わるプレーヤーが増えれば増えるほど、ツールの一元管理は重要なテーマになってくると思います。
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「売りたい順」ではなく「買いたい順」にアプローチ
――インバウンド手法の実践企業である御社において、マーケティングとセールスはそれぞれどのような役割を担っているのでしょうか。
伊田 お客様が製品やサービスに気づき、興味を持って購買するまでの過程は「バイヤーズジャーニー」と呼ばれます。加えて弊社では、「お客様の認知、検討、決定、利用」という各ステージで企業が踏むべきステップを3つの段階で定義しています。製品やサービスに気づいていただけるよう惹きつける「アトラクト(Attract)」、気づいていただいた方に積極的に働きかけて関係性を構築する「エンゲージ(Engage)」、お客様になっていただいたあとの満足度を上げ、彼らを自社製品のエバンジェリストに育てる「ディライト(Delight)」の3つです。
一般的にアトラクトがマーケティング、エンゲージがセールス、ディライトがカスタマーサポートの仕事だと思われがちですが、私たちはすべての機能を全員が担うべきだと考えています。たとえば、営業担当者も営業活動を通じて有益な情報提供を続けることでお客様を「アトラクト」したり、素晴らしい購買経験を提供して「ディライト」させたりする必要があるということです。サッカーでたとえると、ディフェンダーは守備の人、ミッドフィルダーは中盤でパスを回す人、フォワードはゴールを決める人という基本的な役割は決まっていますが、ディフェンダーが攻めの意識を持ったり、フォワードが守備の意識を持ったりすることも必要です。それぞれが基本的な役割を持たされつつ、自分たちの前後の仕事に関しても責任感を持ち、チームとして最高の結果を出すために動くことを意識しています。
――お互いのフィールドに意識を向け続けるために、工夫している仕組みや設定している共通のKPIなどはありますか?
伊田 HubSpotでは、マーケティングとセールスの間にある約束ごとがあります。セールスは、マーケティングが優先して働きかけるべきだと判断した「クオリファイドリード(=確度の高い見込み顧客情報)」を受けとった場合、必ず72時間以内にアクションを起こさなければならないというものです。さらに、クオリファイドリードの成約率はマーケティングと営業の両方が見ている指標となっています。
また、私たちの販売しているツールは単発で売って終わりではなく、お客様に使い続けて成功していただくことで初めて利益が生まれるものです。製品によっては販売後、一定期間内に解約されてしまった場合は1度ついた営業成績があとからでも消されることもあるので、セールスが売ったあとの工程にも責任を負う仕組みができあがっていると言えます。
――セールスの優先順位をマーケティングから導き出しているのは面白いですね。
安井 セールスは一般的に受注額の大きさや未開拓の業種などに基づいて「売りたい順」にアプローチすると思いますが、お客様の興味関心が高い順、つまりお客様の「買いたい(と思われる)順」でアプローチしているのが弊社の大きな特徴です。その裏側にはもちろん、HubSpotのスコアリングの仕組みが動いています。興味関心の高い見込み顧客からアプローチすることによる最大のメリットは、お客様から愛されるセールスになれることですね。
アウトバウンド型のセールスは、製品に関心の低いお客様に「売りつけられている」と感じさせてしまうことがありますが、インバウンド型の場合は製品を買いたいと思っている方に対して必要な情報を適切なタイミングでお届けできるので、「私の営業活動はお客様のためになっている」「社会や事業に貢献できている」という手応えを感じられます。
――自分たちが売りたい順にアプローチしている企業や、そもそも優先順位をつけず、リストの上から順にアプローチしている企業も多いと思います。そのような企業が御社のように興味関心度を基準にして営業活動を行うためには、最初の1歩として何から始めるべきでしょうか。
伊田 とても簡単なことかもしれませんが、マインドセットを変えることだと思います。HubSpot本社の人間が「アウトバウンドとインバウンドの違いは、結局のところ心のあり方だ」と言っていました。相手が興味関心を持っているかわからないけどとりあえず情報を送りつけたらそれはアウトバウンドで、相手にはこの情報が必要だと思って提供したらそれはインバウンドで、最終的にはお客様のことを中心に考えて行動をとるかどうかが分岐点になると思います。
実際、先述したクオリファイドリードの受注率は約2割と非常に高い成果を生んでいます。「必要な情報をくれてありがとう、おかげで決心がついたよ」と言われることが、これからのセールスのあるべきかたちだと思います。
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目指すゴールは売り手と買い手双方の幸せ
――SalesZineの読者に向けて、Sales Hubのイチオシ機能を紹介いただけますか。
安井 好きな機能はたくさんあるのですが、ひとつはお客様の動きをリアルタイムで追跡できる機能です。具体的にはメールの開封や文中のリンクをクリックしたかどうか、資料や動画の閲覧時間、閲覧ページまでリアルタイムでログが残るようになっています。常にお客様の動きを捉えながら、ベストタイミングでアプローチできる点が強みです。
ほかには、カレンダーアプリとHubSpotを連携することで、自分の予定の空いている時間から相手の都合の良い日時を選んで予約してもらえる「ミーティング設定機能」も便利です。これまでは候補日時をいくつか挙げて送り、合わなければまた別の候補日時を見繕って、という風に何度もやりとりを重ねる必要がありましたが、この機能によって営業活動の効率化が可能になります。
「ワークフロー機能」は、2週間後と決めていたフォローアップを忘れてしまったときや、優先順位を間違えてアプローチしてしまったときなどにアラートしてくれるので、営業活動の抜け漏れを防ぐことはもちろん、チームで動く仕事のルールをしっかり整備することができます。
――今後、拡充される予定の機能があれば教えてください。
安井 5月20日にABM関連機能をローンチしました。これまでHubSpotは買い手側の担当者個人を対象にしたインバウンドマーケティングや営業活動を支援する製品を提供してきました。今後は担当者だけでなく、部署や企業などより大きな単位に対してもインバウンド型のアプローチができるようになります。
伊田 製品やサービスの導入を検討する際、日本企業の多くはトップダウンではなく、現場の担当者、その上のマネジメント層、さらに上の経営層が全て合意して初めてゴーサインに至ると思います。興味関心度のスコアリングはHubSpotの得意分野なので、企業内の特定の「人」だけでなく、「組織全体としての『企業A』が御社に興味を持っています」というサインを出すことができるこの新機能は、日本式の意思決定プロセスにフィットしていると言えるのではないでしょうか。
――2019年12月に御社が発表された「日本の営業に関する意識・実態調査」の結果は、各方面から大きな反響がありました。インバウンドマーケティングおよびセールスの国内普及に貢献されてきた御社ですが、これから営業組織にどういう価値を提供されていきたいとお考えですか。
伊田 あの調査の中でとくに私の心に残った質問は、営業担当者に向けて聞いた「あなたの仕事の中でいちばん無駄が大きいと感じるところはどこですか?」というものです。もっとも多かったのは、会議や報告業務など、いわゆる社内の情報共有に関する回答でした。次いで多かった回答がアポのリスケや往来など、移動に関するもの。
これらの無駄の背景には、既存のCRMやSFAが、会社全体の活動量や案件数を把握する経営者やマネージャーのために存在してしまっているという問題が横たわっているように思います。本来、CRMやSFAの導入効果は現場で働く売り手と、その対となる買い手の関係が良くなることです。その双方が幸せになれる製品を今後も提供し続けたいです。
安井 効率的に事業を進めるため、テクノロジーに投資して何かを変えようとする企業が日本にはまだまだ少ないと感じています。足を使って数をこなすタフな営業スタイルがいまだに根強く残り続けている要因も、テクノロジーに対する意識の希薄さに根ざしていると思うので、私たちがHubSpot製品を活用し成功を体現することで、みなさんの意識を変えていきたいです。
――「すべては買い手の利益のために」を体現する御社の営業スタイルがもっと広まっていくと顧客はもちろん、営業組織にも良い働き方がもたらされるように思います。これからも楽しみにしています。ありがとうございました!
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