石炭の需要も銀行窓口係の雇用も減らなかった
──AI、特にエージェント型AIが普及したとき、既存のCSM(カスタマーサクセスマネージャー)の役割はどう変わると思いますか?
「CSMは終わったのか?」と問う人もいますが、私は全く逆のことが起こると考えています。ここで重要なのが「ジェボンズのパラドックス」という概念です。

19世紀、蒸気機関の効率が向上して石炭の消費量が減れば、石炭の需要も減少すると予想されましたが、実際にはコストが下がったことで蒸気機関が普及し、石炭の需要は急増しました。また、ATMが登場したときも「銀行窓口係の職がなくなる」と言われましたが、実際には窓口業務のコストが下がったことで銀行の支店が増え、雇用数は4倍になったのです。
──テクノロジーによる効率化が、逆に需要を押し上げるということですね。
CSの世界でも同じです。AIによってリサーチや事務作業といった付加価値のない仕事が効率化されれば、CSM一人あたりの対応コストが下がり、企業はより多くの、より深いCS活動を顧客に提供できるようになります。
AIは決してCSMの仕事を奪いません。むしろ、人間にはより刺激的で充実した仕事、つまり「人間にしかできない高度な判断や関係構築」への需要を爆発させるでしょう。ただし、仕事の性質そのものは大きく変化していきます。
CSMロールの二極化とリテンションの経営課題化
──仕事の性質が変わる中で、これからのCSMにはどのような専門性が求められるのでしょうか。
CSMのロールは、大きく二つの専門分野に分化していくと考えています。第一に「商業的・戦略的マインドセット」を持つロールです。顧客のビジネス価値や成果にフォーカスし、戦略的な思考パートナーとして経営レベルのアドバイスを行う役割です。
第二に「テクニカル・エンジニアリング」の側面を持つロール。私たちはこれを「フォワード・デプロイ・エンジニア(FDE)」と呼んでいます。現場に密着し、AIを駆使して技術的な解決策を構築する役割です。
従来の“何でも屋”としてのCSMは通用しなくなります。どちらかの専門性を磨き、かつ日々の業務でAIを当たり前のように活用するスキルが不可欠になるでしょう。
──リテンション(顧客維持)の重要性もさらに高まるとおっしゃっていますね。
AIによってソフトウェアのスイッチングコストは劇的に下がっています。競合他社が自社の製品をAIで週末のうちに再現できてしまう世界では、機能だけで顧客をつなぎ止めることはできません。
そのため、リテンションは今や単なる現場の指標ではなく、企業の存亡を左右する「経営陣レベル」の最重要課題となっています。CSM、デジタル技術、そしてAIエージェントの組み合わせによって、いかにリテンション率を向上させるかが、企業の成否を分けるのです。
