本記事は『Slackが見つけた 未来の働き方 いつ、どこで働いても全員が成果を出せる組織づくりのすべて』の「柔軟な働き方を進めるべきこれだけの理由」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
なお、本書はBrian Elliott、Sheela Subramanian、Helen Kuppによる『How the Future Works』(2022、Wiley)の邦訳です。
そもそも柔軟な働き方とは?
ハイブリッド、リモート、バーチャル、分散型……どれも、柔軟な働き方の構想に使われる言葉で、何十年も続いてきた従来の慣習とは異なる働き方を表している。この本では便宜上、4つを「柔軟な働き方」という言葉にひっくるめて扱う(ただし、これらだけが柔軟な働き方ではない)。
なぜなら、「柔軟な働き方」は定義もやや柔軟だからだ。会社のニーズ、ときにはチームごとのニーズに合わせた多種多様な選択肢すべてが含まれる。それなのに、あまりにも狭い定義で捉える人が多い。「柔軟に働くとは週に数日か毎日在宅勤務すること」というイメージが強いようだが、それも選択肢の1つにすぎない(しかも後で説明するように、いちばん有益な策とも限らない)。
私たちが考える柔軟な働き方とは、特定のルールや方針ではなく思考様式である。仕事=オフィス、勤務時間=9時から5時、という時代遅れの観念から自分を解放することだ。共同作業する方法をもっと柔軟に考え、その人に合ったやり方で任務遂行する自由と自律を従業員に与える。そうすれば、「いつどこで業務を進めるか」ではなく、「どんなやり方で進めれば最大の成果を引き出せるか」に的を絞って考えられる。そしてこれには、柔軟な思考が必要だ。
たとえば、在宅勤務が柔軟な働き方のいちばん有益な選択肢といえないのは、実は「どこで」よりも「いつ」のほうが重要だからだ。柔軟な働き方について話すと、たいていは場所の話になるのではないだろうか。実際、先ほどの「リモート」や「分散型」などの用語も主に場所の柔軟性を示している。でも、スケジュールの柔軟性のほうが実はずっと重要なのだ。6カ国の1万人以上のナレッジワーカーを対象にFuture Forumが実施したアンケートでは、全体の76%が「どこで」働くかを柔軟に選びたいと回答した。注目に値する高確率ではあるが、なんとこれよりも高い確率で求められている柔軟性がある。全体の93%が、「いつ」働くかを柔軟に選びたいと回答したのだ。
この本を通して皆さんには、柔軟な働き方を先入観なしに検討できるようになってほしい。これから紹介していくデータを見ると、経営者の予想を裏切る事実が実は少なくないのだ。勤務場所の自由を許しているとても革新的な企業でさえ、スケジュールの自由の実現には苦戦している。でも、現実を見なければ。9時から5時までZoom会議でぎっしりと埋まったスケジュールは、たとえ在宅勤務であっても本当に柔軟な働き方とはいえないし、従業員も望んでいない。従業員は、自分のパートナーや子どもに合わせて予定を組みたい。休む時間、運動する時間、病院に行く時間も捻出したい。いちばん生産的に動けるスケジュールで仕事をしたい。時間をやりくりすることと仕事で成果を出すことの両方を叶えるための、自由と自律が欲しい。
柔軟な働き方がもたらす競争優位性
働く人々が柔軟性を、それも特に勤務スケジュールの自由を求めているのはわかったが、それだけでは、社内の構造と文化にどんな変化を起こせるのか、起こすべきなのかについて、経営陣の理解を得るのは難しいだろう。まずは柔軟な働き方の導入で得られる見返りを把握しよう。業界に関係なく3種類の大きなメリットがあることを、山のような事例が裏付けている。
(1)人材獲得競争に勝利する
まずは、企業の採用活動にどのようなメリットがあるかを見ていこう。仕方のないことだが、オフィスで働く従業員はその通勤圏内に住まざるを得ない。このせいで企業が獲得できる人材の幅は狭められている。だから企業は、できるだけ幅広い層から人材を選べるようにと、人が密集した(たいてい土地代の高い)市街地にこぞってオフィスを構える。
でも、働き方を柔軟にすれば、場所に縛られることなく純粋にそのポストに最適な人を選ぶことができる。雇われる側にとっても雇う側にとっても可能性が広がるのだ。ジーンズブランド「リーバイス」のメーカーであるリーバイ・ストラウスの最高人事責任者、トレイシー・レイニーはベイエリアで勤務しているが、幹部の大半は別の場所にいる。レイニーはこの状況に満足しているという。「私はとにかく最高の人材が欲しいんです。世界にはすばらしく優秀な方がたくさんいますから、決まった地域に住む人や物価の高い場所に引っ越してくる気のある人に絞って採用する必要はありません」
需要が高まっている柔軟性を導入すれば会社の魅力になるし、結果に表れやすい改革でもある。Dropboxでは、柔軟な働き方に切り替えてすぐに、以前の3倍の応募者が集まるようになった。Slackでも似た現象が起きた。勤務場所の自由を認めた後、製品部門、デザイン部門、技術部門への応募者が70%増加したのだ。
特に勤務スケジュールの自由が求められているいま、柔軟な働き方は人材の定着にもプラスに働く。事実、「柔軟性」は職場に対する満足度を決める要素として「報酬」に次ぐ2位にランクインしている。従業員に個人レベルで大きなメリットをもたらすからだ。調査によると、柔軟な働き方はストレスを大幅に下げ(勤務スケジュールの自由が許されているとストレスは6分の1)、仕事への全体的な満足度を上げる(30%増)。そして、仕事以外の責務も負う人にとっては、勤務時間の柔軟さは命綱となりうる。
ハーバードビジネススクールの研究によると、働いている4人中3人が、多少なりとも誰かの世話をしながら奮闘している。仕事のパフォーマンスに影響が及んで、退職せざるを得なくなる人さえもいる。柔軟に働き方を選べる仕組みは、こうした人たちにはとても画期的だ。たとえば育児中の女性によると、柔軟な勤務スケジュールのいちばんのメリットは「日中に用事や家族関連のタスクをすませられること」だそうだ(育児中の男性は「ワークライフバランスの向上」を主なメリットに挙げている)。
(2)従業員エンゲージメントを高める
柔軟な働き方でエンゲージメントが高まる要因の1つに、インクルージョンがある。あらゆる立場の人々が業務に積極参加でき、大切にされていると感じられる環境をつくれるからだ。従来の構造のなかでは置き去りにされたり疎外されたりしてきた人々、たとえば歴史的に差別を受けてきたグループにメリットをもたらし支援できるというのも、柔軟な働き方の良い面だ。企業の「標準」になじめない人にも、柔軟性はプラスになる。たとえば著者の1人であるヘレンは、柔軟な働き方が自身の内向的な性格によく合っていると実感している。
また、リモートワーカーやサテライトオフィスの従業員は、以前は置いてきぼりにされやすかった。チームのイベントやミーティングに満足に参加できず、まるで階級差があるかのように感じることさえもあった。しかしミーティングがデジタル空間で開催されるようになれば、誰もが平等に参加機会を持てる。
柔軟な働き方は、事業の成長には欠かせない創造性とイノベーションにも良い効果をもたらす。逆に妨げるのではないかと懸念する経営者も多いが、それは杞憂であることをFuture Forumの調査が裏付けている。なんと、勤務場所とチームの創造性にはほとんど関係がないのだ。
(3)成果を上げる
柔軟な働き方は、雇用や人材の維持といった企業共通の課題を解決に導く。従業員の満足度を上げ、ストレスを減らし、エンゲージメントを高めるからだ。よって、適切に導入すれば、当然ビジネスの成果にも結びつく。それでも経営者たちは決まって不安そうだ。いちばん多いのが、「柔軟な働き方を許すと生産性に悪影響があるのでは」という懸念だ。「メンバーがオフィスにいないと、ちゃんと働いているかどうかわからないじゃないか」なんて声もよく耳にする。
でも、そもそもこの質問自体が問題ありだ。監視とプレゼンティーズムが幅をきかせる産業化時代の価値観を彷彿とさせる。監視に代わる効果的な対策についてはステップ7で詳しく扱うが、ここで理解しておいてほしいのは、経営者の懸念にはデータの裏付けがないことだ。事実はというと、「柔軟な働き方は実は生産性を向上させる」という調査結果があるうえ、勤務場所の自由はもちろん、勤務スケジュールの自由はさらに大きな成果に結びつくこともわかっている。生産性が30%以上向上したという報告もあるくらいだ。