緊張のメカニズム
緊張とは、敵に遭遇した際、戦うか逃げるかという選択をするときに起こる動物の本能だとされている。いつ敵と遭遇してもおかしくない環境に置かれている動物とは異なり、現代人にとっては、プレゼンやスピーチといった大勢の人を相手にするといった不安や恐怖を感じる場面で緊張が高まる。
緊張すると、プレッシャーを感じるなどして、意識が目の前にいる相手ではなく自分自身に向いてしまう。たとえば、商談で初対面の方と会って話す場面や、プレゼンで自分が用意してきたパフォーマンスを披露する場面などは、緊張しやすい。そこに向けて入念に準備を進めてきたのであればあるほど、完璧を目指して失敗への不安が高まっている状態といえる。
緊張するのは動物としての生存本能からくるもので、自分の意思とは関係なく働く自律神経のひとつである交感神経の働きによるもの。どれくらい緊張するかという程度の差はあるとしても、誰にでも起こるごく自然なことだと理解しよう。
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緊張を活かすマインドセット
人間の自然な反応である緊張を止めようとするのではなく活かそうと考えることで、緊張との向き合い方は変わってくるはずだ。緊張は人前で実力を発揮しようとするときの自然な反応。緊張すると心臓がバクバクしたり汗をかいたりするが、それは交感神経が活発になることで分泌されるホルモンであるアドレナリンの働きによるものだ。
闘争(逃走)ホルモンとも呼ばれるアドレナリンには、人間が緊張や不安、恐怖、興奮を覚える状態になると分泌される。その名のとおり、目の前の敵と戦う準備を整える働きを担っているものだ。つまり、アドレナリンが分泌されることで、目の前の課題に取り組むスイッチが入るのだ。
アドレナリンとパフォーマンスには相関関係があるとされており、アドレナリンが分泌されすぎると極度な緊張状態となりパフォーマンスは下がってしまう。それとは逆に、アドレナリンの分泌が低いリラックス状態では注意力や集中力が低下してしまい、パフォーマンスが上がらない。ベストなのはその間の適度な緊張状態だ。
緊張する場面に臨むということは、自分が成長できるチャンスを与えてもらっていると考えることもできる。これはものごとの捉え方を変えるリフレーミング法を活用したものだ。ひとつのことを違う側面から見るという手法で、コップ半分の水を「もう半分しかない」と解釈するか「まだ半分ある」と解釈するかで、気持ちの持ち方が変わってくるという例がよく知られている。
緊張を克服するための具体的な準備方法
ここでは、緊張を克服するための具体的な準備を見ていこう。インサイドセールスが顧客との商談に臨む、または同席するという場面に向けて、事前に何を準備しておきたいかを挙げている。
相手の情報収集と課題仮説の立案
商談に臨む相手の情報収集はかかせない。業界や市場、相手企業について、できる限り詳しく調べておこう。ネット検索はもちろんのこと、社内の過去資料や調査会社が公開している調査などにも目を通しておきたいところだ。
相手企業が商談に応じるということは、自社商品やサービスに何らかの魅力を感じていることを意味する。事前の調査結果やこれまでのヒアリング、問い合わせ履歴などと合わせて、相手企業の課題が何でどのような解決方法を望んでいるかという仮説をいくつか立てておくとよいだろう。
そうしておくことで商談当日の想定外を少なくし、準備しておいた手札を出すような感覚で話を進めることができる。もちろん想定外の質問や思いもよらぬ指摘なども商談の場で発生する可能性がある。その場合には、一旦持ち帰って後日回答すればよい。
資料の準備
商談時に使う資料は、前もって相手企業と共有しておこう。顧客が個人の場合も同様だ。商談当日に、こちらの話に耳を傾けるのではなく、資料を見るのに夢中になってしまわれては困るからだ。
その資料には、要点だけを盛り込むようにするのが鉄則。細かな説明や補足は口頭で行うようにする。資料に長々と商品・サービスの説明が書かれていたり、簡潔にしようとするあまり全スライドが箇条書きになってしまわないよう注意が必要だ。
一方的な自社アピールも相手に嫌われるため、あくまでも相手企業の課題解決という視点から外れないことを忘れないようにしたい。表やグラフなどの視覚効果を適度に盛り込み、統一感のあるデザインのテンプレートや会社指定のひな形を用いるようにしよう。
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商談シナリオの作成と練習
商談をなりゆきまかせにしてはいけない。会社の目標はあくまでも契約締結だ。商談に参加するインサイドセールスの場合、商談成功に対してどのように貢献できるかを考えておく必要がある。マーケティングが獲得したリードからどのようなやりとりや経緯を経て商談に至ったかを振り返って、商談シナリオをいくつか作成しておこう。
商談シナリオは、相手企業が抱える課題や想定される条件などに応じて作成する。課題とコストや人員、スケジュールといった条件をかけ合わせたすべてのパターンを網羅するのは難しい場合もあるだろう。そのような場合には、これまでのやりとりから可能性の高いものを選び出しておく。
作成した商談シナリオを、自分の頭の中に叩き込むつもりで繰り返し練習しよう。ロールプレイングをしたり、伝えなければならない要点やセリフを口に出す練習をしたりしておくと、緊張緩和につながりやすい。
緊張を和らげるテクニック
緊張を和らげるテクニックについても紹介しておきたい。資料や商談シナリオなど、事前準備を盤石にしたつもりでも、緊張するのが人間というもの。商談前日や当日にできるものを集めてみた。
イメージトレーニング
商談の場で緊張を悟られないよう、笑顔を練習しておくことも必要だ。鏡を見て自分の笑顔にOKが出せるように練習しておこう。楽しいから笑顔が顔に浮かぶのはごく自然なことだが、その逆もしかりという話もある。アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズは「楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ」という言葉を残しているのだ。
また、商談が成功するイメージを持って、その場に望むようにしよう。最初から諦めていては、相手の時間も無駄にしてしまいかねない。それは失礼にあたるのではないだろうか。契約締結という目標に向かって、ひとつずつ課題を乗り越えていくというイメージを持つようにしよう。
商談前のルーティーンをこなす
重要な場や貴重な機会に臨む際には、自分が日ごろから実施しているルーティーンをこなして自分自身を落ち着かせるというのもテクニックのひとつ。ルーティーンとは、商談前に「コーヒーを飲む」「発声練習する」「笑顔チェックする」といったかんたんなもので十分だ。
これをしておけば自分の実力が発揮できる、仕事がうまくいくという自己暗示ともいえる。ポイントは、ルーティーンの実施タイミングを商談前に設定すること。緊張しすぎている自分を落ち着かせたり、モチベーションを高めたりするために利用しよう。
自分のパフォーマンスに集中する
緊張のメカニズムのところで、緊張は自分のパフォーマンスに焦点があたっている内向的な状態だと解説した。つまり、練習の成果が出せるかどうかに注意が向いているということだ。そこで、前述したリフレーミング法を利用し、自分のパフォーマンスに集中できるようにしよう。
「自分が商談の場に臨むのは相手企業の課題解決をお手伝いするため」というように、相手にとってのメリットを最大化する意識へと切り替えるのだ。自分の内側よりも相手の利益を優先することで、貴重な対面時間に有益な話し合いの場を持てたと思ってもらえるように努めよう。
呼吸法やストレッチなど体からのアプローチ
メンタルとフィジカルは切っても切り離せない関係にある。そこで、笑顔のようにフィジカルから働きかけるというのも緊張緩和のテクニックのひとつだ。緊張状態では、交感神経が優位になり呼吸が浅くなりやすい。そこで、おすすめしたいのがどこでもできる呼吸法やストレッチなどだ。
たとえば、吐く息と吸う息の長さを5秒ずつで揃えて数回繰り返すといった呼吸法や、息をもうこれ以上吐けないというところまで吐ききってから吸う深呼吸などを試してみてほしい。自分の呼吸が少し落ち着いたと思えるまで繰り返すのがコツだ。
あまり場所を取らずにできるストレッチには、前屈や後屈をはじめとして、体側伸ばし、首回し、肩回し、腕、脚の裏側(ハムストリングス)を伸ばすものなどがある。ストレッチで気持ち良く体を伸ばし緊張を緩和しよう。
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アイスブレイク
緊張を緩和する対象が、自分自身ではなく商談の場という際に用いられるのがアイスブレイクだ。アイスブレイクとは、商談や会議、研修などの冒頭によく用いられている、緊張緩和のためのコミュニケーション方法のこと。
たとえば、名刺交換の後に「今日のランチは何を召し上がりましたか」といったかんたんな質問を投げかけ、雑談で場を和ませてから本題に入るというのもアイスブレイクのひとつといえる。最近話題になっているニュースを話して、相手の反応を見るのもよいだろう。時間に余裕がなければ本題を促したり切り出したりするし、時間に余裕があれば話に乗ってくるだろう。
商談に臨むインサイドセールスにとって、自分自身はもちろんのこと、商談の場を和ませることも必要。手持ちのネタは多いに越したことはない。必要に応じて、こちらのネタ集 を参考にしよう。
適度な緊張は商談の武器になる
インサイドセールスとして商談化した案件に向けて、緊張が高まるのは自然なことだ。緊張のあまり頭が真っ白になってしまうことを避けるため、ここで取り上げた緊張克服法や緊張緩和のテクニックを上手に活用してほしい。
しかし、仮にそうなってしまっても気にし過ぎないようにしよう。ミスから学び、次に活かせばよい。その一方で、いつの間にか緊張しなくなり、油断してしまうこともミスの原因となる。適度な緊張がベストパフォーマンスにつながるのだと知り、緊張と上手につき合って商談を成功させよう。