「SaaS本来の価値」を売れる組織へアップデート
──はじめに、TOPPANグループにおけるTOPPANデジタルの役割を教えてください。
原井 2023年10月、TOPPANグループはホールディングス体制へ移行しました。その中で、TOPPANデジタルはグループ全体のDX事業戦略推進をミッションとし、顧客と自社両方のDXを推進しています。今日お話しするのは、SaaSの新規プロダクトによる新規事業の開発です。我々が開発・リリースした校正自動化サービス「review-it!(レビューイット)」を筆頭に、プロダクトチーム主導のセールス・イネーブルメントに取り組みました。
──なぜプロダクトチームがセールス・イネーブルメントを主導したのか、その背景を教えていただけますか?
平野 前提として、TOPPANデジタルには営業組織がありません。プロダクトオーナーや開発チームを主体とし、顧客接点はTOPPANのアカウントセールスが担っています。アカウントセールスは顧客ごとの取引額増加を軸に活動しますが、我々TOPPANデジタルはプロダクトごとの収益増加がKPIです。この組織構造上のジレンマが課題でした。
平野 加えて、印刷業を祖業とするTOPPANグループは、顧客が求める“美しさ”を高い解像度で再現する「受託開発文化」がありました。しかしSaaSはカスタマイズしてしまうと、本来の価値を発揮できなくなってしまいます。これらのギャップを乗り越え、プロダクト軸でビジネスを拡大するには、TOPPANデジタルのプロダクトチームが主体的にセールス・イネーブルメントへ取り組む必要がありました。
──顧客基盤と長年の実績など新規事業開発の基盤が整っている一方、営業スタイルや文化が確立しているからこその難しさもあったのですね。
平野 たしかに。すでに顧客との関係が構築されていますから、新しいプロダクトでも話を聞いてもらえるのは強みですね。一方、アカウントセールスと連携してプロダクトをグロースさせるには大きく3つの課題がありました。
ひとつが、アプローチ数や商談数を直接コントロールできないこと。いくら我々が「このプロダクトの商談数を増やしたい」と思っても、アカウントセールスに提案してもらわない限り叶いません。
平野 ふたつめが、先ほどお話ししたカスタマイズ文化です。初回商談時にカスタマイズ前提で顧客と合意形成してしまうと、最後までなかなか覆せません。この合意形成プロセスに関与できないのも課題でした。
3つめが、顧客の生の反応を得られないこと。商談の場で得られる顧客の不満や要望は、プロダクトをアップデートさせる大切な“材料”です。それを自分たちでキャッチできないばかりか、「ビッグクライアントだから要望を聞いてほしい」と個別の要望が集まってくる状態でした。局所最適解でアップデートしていくと、市場におけるニーズがない“違法建築”のようなプロダクトになってしまいます。
太田 受託開発文化には、顧客の業界知見を得られるメリットもあります。得た知見をもとに業界全体の課題を解決するビジネスを創り出すこともできますね。一方、SaaS本来の思想や価値を理解しないままカスタマイズして現状のワークフローに組み込んだ結果、効率化につながらず、何も起こらなかったという話もよく耳にしていました。