クレーム対応は物理的にも精神的にも営業活動の敵
私は理系の大学を卒業してハウスメーカーの営業マンとして就職した。その営業マン時代のこと。隣の営業所にダントツの成績をたたき出すトップ営業マンがいた。毎月、涼しい顔で契約を取ってくる。それも3,000万円、4,000万円の大型物件ばかり。その姿を見て「人間のレベルというか、そもそも種類が違うんだろう」と思っていた 。そのトップ営業マンは契約数も利益額もスゴイ。しかし、私が羨ましかったのはそこではなかった。喉から手が出るほど教えて欲しい秘訣は“常にお客様といい関係”を構築していること。これがどうしても知りたかった。
たとえば、そのトップ営業マンの明らかに落ち度があるというミスをしたとする。家は一生に一度の大きな買い物。ミスをされたお客様は「まあ、いいですよ」とはならない。普段いい人のお客様だって怒るものだ。しかし、そのトップ営業マンのお客様は怒っていない。一度だけ現場でクレームを受けている場面に遭遇したが、お客様は「まったくもう、次は注意してくださいよぉ」と笑いながら許していた。そのやりとりを見て、なにか特別な魔法か催眠術を使っているかのように見えたものだ。
一方、ダメ営業マンの私はどうかというと、これとはまったく別世界だった。対戦に影響がない、ちょっとしたミス(コンセントの位置がわずかに違うなど)でも「これ以上ミスがあった場合、上の人を呼んでいただきますよ!」などときつく言われる。これくらいならまだいい。
あるとき、私の指示が現場監督に伝わっておらず、間違って工事してしまったことがあった。そのときは夜遅くに現場に呼び出され2時間説教された。その日は「次は絶対にミスはしません」と約束して別れたのだ。そのあとは毎日のように現場に顔を出さざるを得なくなった。
私の仕事は住宅営業である。毎日現場に行っていたのでは家を買ってくれるお客様を探せない。このお客様の現場が終わるまで、新規の契約はゼロだった。営業マンにとって一番怖いのがクレームである。物理的に時間が取られるのはもちろんイタイ。
しかし、それ以上にイタイのは精神的ダメージの方だ。クレームを抱えていると他のお客様への活動のモチベーションが萎えてしまう。実力の半分も力を発揮できないまま、悶々と過ごすことになる。こうして力のある営業マンが何人も営業の世界から姿を消していった。トップ営業マンとダメ営業マンの分かれ道は“クレームを抱えるかそうでないか”といっても過言ではない。この秘訣をマスターしない限り、活躍し続けることはできない。
それからしばらくしてのこと。そのトップ営業マンと一緒の営業所になったことがある。はじめは秘訣などまったく見えなかった。お客様といい関係を築き、楽しく営業をする姿をみて「どうしてこうも違うのか……」と不思議に思っていたものだ。
しかし、ある時ふと気がついたことがある。そのトップ営業マンはもともと電話好きだった。はじめは「見込み客に売り込みをかけているのだろう」と思っていたが、それだけではない。よくよく観察すると、電話先の大半がすでに契約しているお客様、もしくはすでに家を引き渡したお客様だった。その数はちょっと普通では考えられない頻度だった。
出先から帰ってくると、おもむろに電話をとり、「いやぁ~今日○○さんの現場の近くを通ったら、新しいラーメン屋さんを見つけましてね。入ってみたらこれか美味いんですよ」などと電話をしている。その他にもちょっとしたことでもすぐにお客様に報告する。ときには「そんな情報はいらないだろう」と思うことまで。とにかく細かいことまでよく報告していた。実はこれが、お客様との信頼関係を構築するための重大な秘訣だったのだ。