合意形成とは、「YESを積む」ではなく「NOを消す」こと
向井 今日はエンタープライズ営業の最前線を走り続けてきた原さんと、「合意形成」をテーマにお話ししていきたいと思っています。まずは自己紹介からお願いできますか。
原 キャリアとしては、新卒で入社したワークスアプリケーションズで7年、その後のビットキーで6年、一貫してエンタープライズ営業に携わり、現場からマネジメントまでを経験してきました。
その後独立し、現在はエンタープライズ営業支援SaaS「PathLight」を提供しています。私自身が現場で痛感してきた「戦略構築の膨大な工数」「合意形成スキルのばらつき」といった課題を解消し、誰もが再現性を持って成果を上げられる「仕組み」を作りたいと考えたのが、この事業を立ち上げた動機になっています。
株式会社パスライト 代表取締役CEO 原崇嗣氏
新卒で株式会社ワークスアプリケーションズに入社し、大企業向けソフトウェア・SaaS営業で年間数億円の売上を5年連続達成、マネジメントとして営業組織拡大に貢献。その後、株式会社ビットキーに創業期から参画し、2期目以降に毎年数十億円規模の受注を積み上げ続け、事業を牽引。並行してエンタープライズ営業のコンサルを提供し、法人化と共に「PathLight」を開発し、エンタープライズ営業の効率化と高精度化を推進。
向井 「合意形成」は営業の現場で非常によく耳にする言葉ですが、原さんはこの言葉をどのように定義されていますか。
原 シンプルに、「不安を順番に取り除いていくプロセス」だと考えています。
現在のエンタープライズ領域において、意思決定に関与する人数はかつては5〜6人でしたが、今や10人を超えることも珍しくありません。これだけ多くの人が関わる環境では、いかに「NO」を言わせない状況を作るかが極めて重要になります。
向井 提案の魅力を伝えていくような「ポジティブな働きかけ」かと思いきや、むしろ「ネガティブ要素の解消」のほうが重要だと。
原 はい。本当に注視すべきは、稟議書に名前すら出てこない方々です。たとえば、役員から「良いね、やろう」と強力な後ろ盾を得たとしても、システム部門や法務部門の課長がリスクを懸念して「NO」と言えば、案件は一瞬で頓挫します。
しかし、反対する方々は、決して邪魔をしているわけではありません。それぞれの部署の職責に基づいてリスクを正しく「監査」しているだけなんです。
こうした独自の合理性を持つ「見えない拒否権」を持つ方々をどう巻き込み、「NO」を言わさない状況を作るか。これこそが、エンタープライズにおける合意形成のリアルな特徴です。
なぜ「営業」が顧客の合意形成をリードする必要があるのか?
向井 本来、社内調整や合意形成は、顧客自身の仕事とも考えられます。なぜ、売り手である営業がそこまで踏み込まなければならないのでしょうか。
ウェルディレクション合同会社 代表社員 向井俊介氏
約20年、IT業界において中小から大企業のBtoBの営業領域の職務に従事し、CxO等エグゼクティブに対するビジネスも多く経験。2019年に米App Annie日本法人のカントリーマネージャーに就任し、日本法人全体のビジネスを牽引。2020年7月よりウェルディレクション創業。B2Bセールスのアドバイザーとして上場企業からスタートアップまで、広く営業やマーケティングの側面から企業のビジネス成長に貢献している。2023年社会構想大学院大学実務教育学修士号取得。営業の暗黙知を学術的に形式知化するための専門職研究を行う。
原 顧客自身が「自社での通し方」を熟知しているケースは、極めて稀だからです。数万人規模の大手企業で、数億円の稟議を通した経験がある人はひと握りですし、それを日常的にこなす人はほとんどいません。顧客に「検討します」と言われるときは、「社内に通す自信がない」「ルートがわからない」という迷子のシグナルであることが実は非常に多い。
一方で営業は、似たような構造の組織に何度も提案を通してきた「経験値」が圧倒的にあります。だからこそ、お客様をゴールへ導く「合意形成のプロフェッショナル」として、ルートを設計してあげる必要があるんです。
向井 なるほど。顧客にとっては「一生に数回の買い物」でも、営業にとっては「何百回と見てきた景色」。経験値に圧倒的な差があるからこそ、その知見をお貸しするという考え方ですね。
原 おっしゃるとおりです。エンタープライズ営業の介在価値は、単に「売る」ことではありません。顧客の検討プロジェクトを「伴走者」としてリードすることにこそあるのです。

