0→1の営業は「売る人」ではなく「つくる人」
プロダクトや価値提案についても、既存事業では決まっているものをどうわかりやすく伝えるかが中心ですが、新規事業では「何が価値として認識されるのか」という根本から探る必要があります。営業が持ち帰るフィードバックがそのままプロダクトのロードマップに影響するのが、新規事業ならではの特徴です。
このように、前提が大きく異なるにもかかわらず、多くの現場では既存事業の営業組織が強力で、社内のもっとも大きな販売インフラとして機能しているため、「既存事業の営業組織の延長線上でなんとか売れないか」と考えてしまいます。この認識のズレが、失敗を招く根本原因となります。
たとえば、大企業の新規事業でよく見られるのが、「既存事業のトップセールスに新規事業も担当してもらう」というアサインです。既存事業の営業として優秀であればあるほど、確立された勝ちパターンを高速で回す能力に長けています。しかし新規事業の営業で求められるのは、仮説を立て、検証し、場合によっては自らの固定観念を手放す力です。数字へのコミットメントが高い人ほど、確度の低い案件に時間を使うことに抵抗を感じてしまう力学が働きます。このスキルセットの違いは、営業個人の思考の違いと言い換えることもできます。
既存事業のトップセールスは、多くの場合、「How(いかに効率よく売るか)」の実行と思考に長けた、いわば「遂行のプロフェッショナル」です。彼らは定義されたプロセスを最適化し、既存の顧客セグメント内での成果を最大化することにコミットします。
一方で、新規事業の0→1営業に求められるのは、「Why(なぜ顧客は買うのか)」「What(何を価値として提供すべきか)」といった問いを自ら設定し、市場との対話を通じて事業仮説そのものを構築していく「探索のプロフェッショナル」としてのケイパビリティです。
彼らは、顧客の曖昧な反応からインサイトを抽出し、それをプロダクトチームにフィードバックするための言語化能力や、時にプロダクトの仕様変更や価格戦略にまで踏み込む事業家的な視点を要求されます。つまり、0→1フェーズにおける営業担当者は、単にモノを売る係ではなく、顧客の声を通じて製品の仕様を決定する「実質的なプロダクトマネージャー」の役割を担っているとも言えます。
これは、既存の「売るプロ」とは似て非なる、極めて高度な事業開発能力であり、この人材要件のミスマッチこそが、アサインが機能不全に陥る最大の要因です。
ある調査によれば、こうした新規事業開発を牽引できる「探索型の人材(イノベーター人材)」は、全従業員の中でもわずか数パーセントしか存在しない希少人材であるとされています。多くの組織では、大多数を占める「遂行型の人材」に最適化された論理や、失敗を減点対象とする評価制度が標準となっています。その環境で、失敗(=学習)を繰り返す必要がある希少な探索型の人材が活動しようとすれば、既存の評価軸では「成果を出せない人材」と見なされてしまうのは必然です。
こうした前提の違いを無視したまま、既存事業の営業組織に任せてしまうと、「自分たちの売り方やターゲット選定が間違っている」とは疑わず、「これだけ営業しても売れないのだから、プロダクトに欠陥があるに違いない」「最初から市場ニーズがなかったのだ」といった誤った結論にたどり着きやすくなります。
本来は「誰に、どう売るか」という営業戦略のズレが原因であるにもかかわらず、その検証を飛ばして、プロダクトや市場のせいにしてしまうのです。だからこそ、まずは「新規事業の営業は既存事業とは別物だ」という前提を共有することが組織としての第一歩になります。では、この「探索型」の営業は、具体的にどのようなプロセスで市場と向き合えば良いのでしょうか。後編では、机上の空論に終わらない「売ることから始める仮説検証」の具体的なステップについて解説します。
後編は明日12月26日(金)7時に公開予定!
