新規事業が陥るプロダクトアウトの罠と“売れる設計”の欠如
ここ数年、日本企業の中で新規事業という言葉を聞かない日はありません。スタートアップはもちろん、大企業でも新規事業部門やCVC、社内ベンチャー制度が次々に立ち上がり、新しいプロジェクトが毎年のように生まれています。私自身、Relicで多くの企業の新規事業開発やグロース支援に携わったのち、グループ会社であるスタートアップ企業の代表としても、自らプロダクト開発の現場で泥臭い試行錯誤を繰り返しています。そうした当事者の肌感覚としても、立ち上がる事業の「数」だけで見れば、かつてないほど活発な時代だと感じています。
一方で、その多くが立ち上げ後に伸び悩み、数年以内に縮小や撤退を余儀なくされる現実もまた現場の実感として広がっています。新規事業を推進する側からすると、「あれだけ時間もお金も人もかけてつくったのに、なぜ売れないのか」という徒労感が残ります。経営側からすると、「やはり新規事業は難しい」「次はもう少し慎重に」と、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるような状態に陥りがちです。
このギャップの背景には、プロダクトと営業の扱われかたの差があります。プロダクトは企画会議や稟議資料の主役になりやすく、機能一覧や開発ロードマップは細部までレビューされます。一方で営業については、「リリースされたら営業が売るだろう」という前提のもと、数枚のスライドで概要を共有して終わってしまうケースが少なくありません。組織内の議論量・投資配分・KPI設計のいずれを見ても、プロダクトには明確な責任者とプロセスが割り当てられているのに対し、「誰に、なぜ売れるのか(顧客と市場の検証)」に関しては担当も決まらず、検証の設計もないまま時間だけが過ぎてしまうことが多いです。

「顧客・市場の検証」が構造的に後回しにされる理由
新規事業の現場では、どうしてもアイデアやプロダクトに意識とリソースが集中しがちです。PoC、MVP、β版リリースといった言葉が飛び交い、開発ロードマップや機能優先順位の議論は非常に活発に行われます。一方で、「誰に、どの順番でアプローチするのか」「どの指標で、どの仮説を検証するのか」といったGo-to-Market(市場展開)の設計は、無意識のうちに後ろ倒しになりやすい状況があります。
多くの現場で、プロダクトがある程度形になってから、「そろそろ売らないといけないですよね」「営業はどこに頼みましょうか」といった会話が始まります。つまり、プロダクトの出来不出来に比べて、「売れる顧客と市場を見つける」ための設計が構造的に後回しにされているのです。そして、その時点ではすでに投入済みのコストが大きく、軌道修正の自由度が失われていることも珍しくありません。
この「営業の後回し」問題の根底には、日本企業、とくに大企業の新規事業開発に潜む構造的な癖のようなものが深く関わっています。多くの組織では、不確実なものよりも確実なものが、見えないものよりも見えるものが評価されやすい構造があります。プロダクト開発は、コードが書かれ、機能が実装されるという目に見える進捗を生み出しやすいのに対し、0→1フェーズの営業は、「ターゲットがいなかった」「仮説が間違っていた」という一見ネガティブな結果、すなわち学習を持ち帰ることが本質的な仕事になります。
もちろん、既存事業のモノづくりの現場でも、不確実性は存在します。仕様変更やトラブル対応、納期との戦いなど、日々多くの問題を解決しながら製品を送り出しています。しかし、既存事業における不確実性は、ある程度「市場や顧客が見えている」という前提の上に成り立っています。「誰が買うか」がわかっているからこそ、品質を高め、計画どおりに生産することに価値が生まれます。過去のデータに基づいた「調査・分析」と、それを着実に形にする「実行」こそが成功の方程式であり、美徳とされてきました。
一方で、新規事業が直面する不確実性は質が異なります。ここでは「市場が存在するかどうかすらわからない」「誰が顧客になるかわからない」という、データが存在しない世界での戦いです。この違いを認識しないまま、既存事業における「事前の調査で仕様を固め、計画通りにつくりあげる」という成功法則を、不確実な新規事業にそのまま持ち込むとどうなるでしょうか。結果として、まだ誰も欲しがっていないモノを精緻につくり込んでしまう悲劇が起きます。これこそが、本来は最優先すべき市場との対話を担う「営業」よりも、目に見える進捗を生む「モノづくり」が優先されてしまう構造的な要因です。

