共通データベースの限界と「アナログな収集」の課題
セッションの冒頭、竹内氏は現在の営業現場が直面する構造的な課題について言及した。 「これまでの時代は、大手の企業データベースという『共通のデータベース』を皆様が使っていた。どの企業も同じデータ、同じ情報に基づいて意思決定をしていたため、なかなかうまく成果が出なかった」と竹内氏は指摘する。
名城大学在学中に米国NFLへ挑戦し、その後商社勤務を経て再び競技を継続。現在は日本社会人アメリカンフットボールリーグ(Xリーグ)にて選手として活動。ビジネス領域では、BDR(Business Development Representative)やSDR(Sales Development Representative)としてインサイドセールスやフィールドセールスに従事。営業代行を通じて多様なクライアント企業の成長を支援し、社内MVP受賞や目標達成率1位の実績を残す。現在はDATAZORA株式会社に所属し、AIを活用した企業リサーチツール「KIJI」のAccount Executiveとして、企業の情報収集や分析の効率化に取り組む。営業戦略の立案から新規開拓、課題解決に至るまで幅広く担当し、AI×SaaSを活かした営業活動を推進している。
多くの企業が共通のデータベースに依存するアプローチは、アプローチ先の重複と提案の同質化を招き、営業効率の低下を招いている。
竹内氏が指摘した現場の具体的な課題は、情報の「鮮度」「量」「制度」のすべてにおよぶ。
- 情報の陳腐化:購入した営業リストは時間経過とともに古くなる。
- データの網羅性:既存データベースでは中小企業のデータが少ない。
- 非効率な収集:担当者が手作業でニュースやIR情報を調べる「アナログな収集」に依存し、リサーチに膨大な時間を浪費している。
- タイミングの逸失:データが古いため、最適な営業のタイミングを逃している。
「アナログの収集、共通データベースでは、限界にきている」と竹内氏は断言。この構造的な問題を解決する鍵が、AIとデータの活用方法の根本的な変革にあると続けた。
AIがもたらす転換点 「過去を振り返る」から「今を測る」分析へ
従来の営業活動が限界を迎える一方で、AI技術、とくにLLMの進化は営業データ分析の焦点を劇的にシフトさせたと竹内氏は語る。
「2年前まで、AIは高単価でどう使っていいかわからない存在だった。しかし今、AIのコストは2年前に比べて10分の1ほどに下がった」と竹内氏が指摘するように、技術的な障壁は急速に低下している。この変化により、データ分析の焦点は「過去を振り返るもの」から、「『今どんな企業か』『自社のニーズを持っているか』をリアルタイムで測れる」ものへと移行した。
たとえば、ニュースや中期経営計画書に「採用の強化」「新規事業への投資拡大」といったキーワードが出現したとする。これをAIが自動的に読みとり、「この企業は人員を増やす動きがある。だから求人広告や人材管理システムにニーズがあるはずだ」と、具体的な需要を推論し、営業の「きっかけ」を能動的に創出できるようになった。
アラム氏は、「我々が提供するプラットフォーム『KIJI』は単に情報を提供するわけではなく、どの業界を、どの順番で、どのような切り口で攻めるかといった『営業のシナリオ』をAIが提案できるように改善している」と述べ、AIが営業の「戦略家」の役割を担い始めている現状を解説した。
スタンフォード大学にて応用数学(BS)・統計学(MS)を修了。JPモルガン証券(日本)の債券部門でのインターンを経て、米国のクオンツヘッジファンド「Two Sigma Investments」にて6年間、クオンツリサーチャーとして活躍。その後、株式会社Deep Data Researchを共同創業。大手資産運用会社向けに企業データ配信サービスを提供し、日本国内外でのデータ活用の可能性を広げてきた実績を持つ。
AIが「営業シナリオ」を創出する「KIJI」の実践
DATAZORAが提供する「KIJI」は、次世代の営業戦略を具現化する「AI搭載営業企画プラットフォーム」だ。国内の登記されている法人を網羅し、企業サイト、求人媒体、政府機関データベースなど、ネット上に分散する情報をAIが収集・名寄せし、独自のデータ基盤を構築している。
セッションでは、KIJIが営業プロセスをいかに変革するのか、具体的なデモを交えて紹介された。

鍵は「自然言語」によるターゲティング
従来、営業リストは「業種」「地域」「売上規模」といった固定的な条件で検索するしかなかった。しかしKIJIでは、AIが各社のサイト情報や求人情報といったテキストデータをすべて理解しているため、自然言語による検索が可能だ。
アラム氏は、「今までに固定検索条件で検索していた情報も、ユーザー側が自然言語で、好きなように検索できるようになっている。たとえば、『広島の受託開発企業で、エンジニア採用している企業』などを検索し、リスト化することができる」と説明する。


「以前、弁当配達会社の方に『20階以上の企業にアプローチしたい』と要望をいただいた。もちろんそのようなタグは従来のDBには存在しないが、AIが住所とオフィスの理解から、どの企業がどのビルに入っているか把握できるため、超カスタムな営業ができる」とアラム氏は語り、AIが従来のデータベースの制約を超えたターゲティングを可能にすることを強調した。
非構造化データから「担当者」と「タイミング」を特定
ターゲット企業を特定したあと、「誰に」連絡すべきかという課題に対しても、KIJIはAIで解決策を提示する。企業サイトにしか掲載されていないPDFの組織図や、ニュースリリース内の「人事異動」情報。これまでは人力で読み込むしかなかったこれらの非構造化データを、AIが自動で構造化する。
「画像認識のコストも低くなってきたため、非構造化データであるPDFから、正確な人事異動情報も取得できる。これによって、新規に特定の部署を立ち上げた企業や、最近新任した部署担当にもアプローチできる」とアラム氏は言う。
さらに、アラム氏は「データの信頼性」の重要性も挙げた。「分散している情報の中には、古くなっている電話番号やメールが存在する。とくに、対大手企業では(間違った情報へのアプローチという)まずいシナリオは避けたい。KIJIでは『各データ項目のソース』をきちんと記載しているため、ユーザーは自信を持って、たとえば『企業サイトの直近のデイトのみ』に絞ってアプローチできる」と述べ、この「ソース別の仕組み」がアプローチの精度と安全性を両立させるとした。
「エビデンス」に基づく提案の自動化と、その先の未来
ターゲットと担当者が決まれば、次は「何を」伝えるか、という提案内容の作成だ。ここでもKIJIの独自性が際立つ。
汎用的なLLM(GPTなど)は、単一のサイト分析は得意だが、情報が複数の求人媒体やニュースサイト、政府機関のデータベースに分散していると、それらを統合して分析することはできない。「GPTでも限界はある。KIJIの強みは、分散したデータを事前に名寄せした(AI分析用の)基盤があることだ」とアラム氏は語る。
この統合データ基盤の上でAIを稼働させることで、各社のIR資料や中期経営計画書を横断的に分析し、企業固有の課題を抽出する。「LLMのコストが下がっているので、1年のすべての報告書を一気に分析することもできる。ニッチな提案も作成できるようになった」とアラム氏は言う。

AIは、企業の公開情報という客観的な「エビデンス」に基づき、各社に最適化された提案の「ネタ」やトークスクリプトを自動生成する。これにより、営業担当者がリサーチや提案準備にかけていたコストは大幅に削減される。
さらにKIJIは、単独のツールとしてだけでなく、既存の営業システムと連携することでその価値を最大化する。SalesforceやHubSpotといった主要なCRM/SFAとのAPI連携に加え、「MCPサーバー」という仕組みも提供している。
「弊社のKIJIのUIを使わなくても、自社の環境から直接データにアクセスできる。たとえば、直接Slackから『こういう提案書、こういうリストを教えてください』と入力すると、データベースからデータを取得して処理してくれる」(アラム氏)
これは、KIJIが単なるツールから、組織のワークフローに組み込まれた「統合インテリデンスレイヤー」へと進化していることを意味する。
KIJIは、JPX総研(日本取引所グループ)やメガバンク信託銀行、野村アセットマネジメントといった金融機関から、SaaS企業、大手総合研究所まで、業界を問わず導入が進んでいるという。
AIとデータ処理技術の進化は、営業の成功法則を根本から書き換えた。これからの営業の成否を分けるのは、「共有されたデータにいかに速くアクセスするか」ではなく、「いかにして自社独自のインテリデンス(営業データ)を構築し、活用するか」という視点に他ならない。今回のセッションは、その具体的な方法論と未来を指し示した。


