情報武装から顧客理解へ “営業の醍醐味”とは
──日本におけるSaaSの展開について、営業組織にはどのような変化が必要でしょうか。
ITはすでにインフラ化していて、“プラットフォーマー”という言葉も耳にするようになりました。ただ、「このプラットフォームがあればすべて解決する」という世界観になるのかは疑問ですね。生成AIのように画期的な技術が次々登場したとしても、お客様の悩みは千差万別ですから、ひとつのテクノロジーを取り入れるだけでは解決できません。
そのため、お客様の悩みに合わせてソフトウェアのバージョンを次々と開発する動きが起こるでしょう。しかし個別対応で開発したソフトウェアは、メンテナンスも個々に対応しなければなりません。共通項はある程度標準化して、イノベーションが起きたときにスムーズにアップデートできる設計が重要になります。
また、すぐに始められて失敗したらすぐやめられるコンサンプションモデルだと、お客様も新たなテクノロジーの活用に挑戦しやすくなります。これができるのがSaaSの強みです。
こうしたSaaSの展開を踏まえて、営業はこれまで以上にお客様に寄り添うことが求められていくでしょう。従来の営業は多くの製品知識や情報を持っていることが価値でした。しかし現在は、生成AIやウェブ検索を活用したほうが正確な情報を得られます。“情報を有している人が優れている”という時代ではなくなっています。

では、他社と比べて「この営業はすごい」と思われる差別化のポイントは何か。それはお客様の中にあります。お客様の話を聞いて真の悩みを理解し、適切な解決策を提案する能力が求められます。「ITの営業だからITをよく知っています」というだけでは不十分で、人の話をよく聞く力、柔軟に吸収する力、素直に聞く力、そして聞いた内容を構成・分析する力が必須となるのです。
つまり、顧客が製品を使い続け、最大限に活用できるようにサポートし、その結果として顧客の成功を実現する「カスタマーサクセス」を営業担当者が担うことが、営業の差別化要素となります。
──営業はどのようにして顧客の真の課題を理解すれば良いのでしょうか。
お客様が「これが問題だ」と思っていても、解決するべきは実は別の問題かもしれません。そこを見抜き、顧客の状況を正確に把握する力が必要です。
これは医師の診断に似ていますね。患者本人は風邪だと思っていても、実はアレルギーかもしれません。医師は血液検査などを通じてデータドリブンに診断します。営業も同様に、顧客の困り事を掘り下げて真の課題を探り当て、それは自社のソリューションで解決できるのか、はたまた別のソリューションのほうが適しているのか、そもそもIT以外の解決策が必要なのか、見極める必要があります。

なにも他社のソリューションを売りなさいという話ではなく、そのくらい深く顧客を理解することが大切なのです。同時に、売上というミッションを担う以上、自社の強みをお客様に理解していただくことも重要です。顧客理解か売上かどちらか一方ではなく、全部やり切らなければなりません。そのためには製品や業界の知識も必要ですが、ここでAIが助けとなります。必要な情報をAIで調べて、空いた分の時間を顧客理解に充てるのです。
ここで注意したいのは、AIが提供するのはあくまで“答えらしきもの”だということ。その正誤性や活用方法を判断するのは人間の役割です。また、AIで答えを得たところで思考停止してもいけません。AIから得た情報をフックとしてお客様からさらに情報を引き出し、より理解を深める。お客様の購買プロセスの“ラストワンマイル”にもっとも近い位置で寄り添う。これが営業の醍醐味であり、こうした考え方ができる営業はSaaSに限らずどんな商材でも売れるだろうと思いますね。