「つくる」から「使う」へのパラダイムシフト
──40年以上にわたり日本のIT領域において法人営業に携わるなかで、さまざまなビジネス環境の変化を経験されたと思います。とくに印象深い変化や転機などはありますか。
結論から言うと、インターネットの登場です。近年では生成AIが大きな変化をもたらしていますが、現在のビジネス環境につながる変化について、インターネットなしでは語れないでしょう。
従来IT業界で主流であったメインフレームのアーキテクチャでは、“マスタースレーブ”と言われたように、コンピュータが“主”でありそれを使う人間が“従”となる状況でした。ところがオープンシステムが登場したことで、サービスを利用するクライアントが“主”、コンピュータ、つまりサービス提供側が“従”へと明確に役割が逆転したのです。
この変革を支えたのがインターネットの登場です。世界中の情報へ瞬時にアクセスできる技術革新が起きたことで、企業はITを有効活用し、DXを実現しようと乗り出しました。その方式のひとつとしてSaaS(Software as a Service)が登場したのです。
──SaaSの登場によって、ビジネスのあり方はどのように変化したでしょうか。
SaaSの普及はビジネスのあり方を大きく変容させました。 現在はBaaS(Banking as a Service)やRaaS(Retail as a Service)、 MaaS(Manufacturing as a Service)など、さまざまな業界特化型のサービスが誕生しています。究極ではPeople as a Service、人もサービスとして存在するという考えもできるほど“as a Service”は広範に展開できる概念です。
そうした中でSaaS、すなわちサービスとしてのソフトウェアを活用する際は、ソフトウェア自体の機能の差異に固執するのではなく、ソフトウェアをどのように活用して競争優位性を確立するかという視点が重要になります。たとえば、スマートフォンのアプリは必要なときにダウンロードして使い、不要になれば削除しますよね。ビジネスの世界でも同じです。使うものを選定・開発することに時間をかけるのは本質的ではありません。コンシューマーIT領域ではすでに実現しているこの考え方を、SaaSの展開を通じてビジネスIT領域にも取り入れることが今後の重要なテーマだと考えています。

古森 茂幹氏
1982年、日本ヒューレット・パッカード入社。2009年に取締役常務執行役員に就任。2012年からは専務執行役員としてエンタープライズグループ営業を統括。2014年、代表取締役 副社長執行役員に就任。2015年4月、セールスフォース・ドットコム 副社長に就任。エンタープライズ事業部門のリーダーとして、大手企業、公共部門および関東圏以外の地域における事業を統括。2024年より取締役 副会長、2025年2月に退任。現在はテックタッチ 社外取締役をはじめ、多数のSaaSスタートアップに参画している。
──現在SaaSベンダーをはじめとしてさまざまな企業や組織に参画されていますが、多方面で活動を展開されている根幹には、日本のSaaS領域および営業領域に対するどのような想いがあるのでしょうか。
外資系企業に40年以上勤めるなかでグローバルのビジネスの流れを体感してきましたが、それと比較すると、日本は変革のスピードが遅いと感じています。この状況を打開するには日本のビジネス全体のカルチャーを変えなければなりませんし、さまざまな変革が必要です。
たとえばグローバルで成功しているモデルを、その効果を実証しながらできるだけ速く日本のお客様へ提供するのもひとつの手です。新たにソフトウェアを開発する時間やコストを削減でき、日本企業の競争力向上にもつながるでしょう。
同時に、日本の商習慣を踏まえて開発されたソフトウェアはまだまだ少ないため、日本のSaaSベンダーの成長余地は非常に大きく、これからの成長が期待できます。私自身も数社の日本のSaaSベンダーと活動をともにしながら、日本のビジネス領域の発展に貢献していきたいと考えています。