デジタル時代の「水漏れファネル」が奪う成長機会
顧客行動の劇的な変化は、従来の営業モデルを根本から揺るがしている。HubSpot社の調査によると、購買者の75%が製品に関する情報を自分で収集することを好み、57%が営業チームと会うことなく購入を決定する。この変化は、コロナ禍を経て一層加速した。

福島県立安積高校、東京大学文学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(マーケティング専攻)。1998年に富士通に入社、北米ビジネスにおけるオペレーション構築や価格戦略、子会社の経営管理等の広汎な業務を経験。MBA留学後、インターネットビジネスを手がけたいという思いから転職し、楽天で物流事業立ち上げ、ネクスパス(現トーチライト)で、ソーシャルメデイアマーケティング立ち上げを担当。ネクスパスでは、事業開発部長として米国のベンチャー企業との提携をまとめた。2011年6月にコンテンツマーケティング支援の株式会社イノーバを設立、代表取締役に就任。
「上層部から『うちみたいな会社はアナログじゃないとダメなんだ』といった声が挙がることがありますが、それは完全な思い込みです。お客様の行動が変化している以上、企業も変わらなければなりません」(宗像氏)
ガートナーの調査によると、顧客は課題を認識し始める段階から、解決策の模索、要件定義、データ設定に至るまで、あらゆる段階で徹底的なオンライン情報収集を行っている。後半のプロセスでは情報収集の頻度は減少するものの、初期段階での情報収集は極めて活発だ。

この環境変化の中で発生しているのが「水漏れファネル問題」だ。これは、獲得したリードが適切にフォローされず、商談につながらないまま流出してしまう状態を指す。主な要因として、マーケティングから営業へのリードの受け渡しが早すぎることや、営業によるリード対応への不足が挙げられる。「水漏れファネル問題」を放置しておくと、商談機会の損失やマーケティング予算の浪費につながると宗像氏は指摘した。

宗像氏が支援したある企業では、この問題が顕著に表れていた。同社では商談供給において、マーケティングから営業への直送ルートと、インサイドセールス経由のルートのふたつを設けていた。大手・優良企業からのリードは営業直送、それ以外はインサイドセールス経由という仕分けだ。
「蓋を開けてみると、衝撃的な結果が見えてきました」と宗像氏は語る。よかれと思って実施していた営業直送ルートの商談化率はわずか3%。一方、インサイドセールス経由のリードは60%が商談化していたのだ。「これは特殊な例ではありません。形を変えて、多くの企業で同様の問題が起きています」(宗像氏)。
この問題の根底には、新規リード獲得数への偏重がある。IDEATECH社の調査によると、BtoBマーケティング担当者の32.1%が「新規リード獲得数」を最重要KPIとして挙げている一方で、受注率や商談化率といった指標を重視している割合は10%以下にとどまる。

「この状況では、リードの質よりも数を追いかけざるを得ません」と宗像氏は指摘する。実際の分析では、リードは次のような分布を示していた。全体の5%は「いますぐリード」として理想的な状態にあるが、出現率が極めて低い。45%は「まだまだリード」として育成の可能性を秘めているが、マーケティングも営業も手が回っていない。そして残りの50%は「無駄リード」であるにもかかわらず、KPI上は評価されてしまうという本末転倒な状況が生まれている。
「ターゲット外のリードを集めて、賞味期限管理もしていなければ、MAのライセンス料を無駄に支払っているようなものです。これでは本来の成果は得られません」と宗像氏は警鐘を鳴らす。
セールスベロシティとマーケティングベロシティがもたらす組織改革
この状況を打破するために宗像氏が提案するのが「セールスベロシティ」と「マーケティングベロシティ」だ。
セールスベロシティは、次の数式で算出できる。
セールスベロシティ = (商談数 × 平均契約単価 × 成約率)÷ 営業サイクルの長さ

たとえば、商談数20件、平均契約単価50万円、成約率20%、営業サイクル60日の場合、次のように計算される。
20 × 500,000 × 0.2 ÷ 60 = 33,333円/日
「この指標は日販として表現されるため、非常にわかりやすい」と宗像氏は説明する。「20営業日で約67万円の期待売上が立つということは、誰にでも直感的に理解できる」(宗像氏)。
このセールスベロシティを改善するためのポイントは次の4つだ。
- 商談数を増やす:マーケティング施策の強化やパイプラインの整備
- 平均契約単価を向上:バンドル提案やアップセル施策の推進
- 成約率を改善:営業スキルの向上や提案力の強化
- 商談サイクルを短縮:提案プロセスの効率化
しかし、宗像氏は「セールスベロシティだけでは不十分」と指摘する。なぜなら、商談数は「マーケティングリード(MQL)と営業へのパス率(MQL→SQL転換率)の掛け算」だからだ。
そこで登場するのが「マーケティングベロシティ」という考え方である。

「食品には賞味期限があるように、リードにも適切な管理指標が必要です。マーケティングベロシティは、まさにリードの鮮度を測り、適切な育成を促す指標となります」(宗像氏)
部門間の対立を生まない指標で、期待売上7.5倍のモデルケース
この指標の有効性を示すモデルケースとして、宗像氏はある企業での改善プロセスを紹介した。まず、広告予算の増加とSEO・コンテンツマーケティングの強化により、MQL数を400件から500件に増加。さらにリード育成施策の強化とMAツールによるリードスコアリングの精緻化により、MQL→SQL転換率を5%から15%へと向上させた。

商談面では、過去の商談や取引先の掘り起こし、バンドル提案やアップセルの推進により、商談数を20件から75件へ、平均契約単価を50万円から60万円に引き上げることに成功。
さらに、営業チームのSPINスキル向上や、ROI計算ツールなどの導入により成約率を20%から25%に改善した。特筆すべきは商談サイクルの短縮だ。電子署名ツールの導入や提案プロセスの標準化により、従来60日かかっていた商談サイクルを45日まで縮めた。
全体のベロシティは33,333円/日から250,000円/日へと飛躍的に向上し、月間期待売上は66.7万円から500万円へと、約7.5倍の改善を実現した。
「大切なのは、この指標がマーケティングと営業の活動を一気通貫で評価できる点です。1日いくら稼げるのかという『稼ぐ力』を可視化できるため、経営層にも理解されやすい。そして何より、部門間の対立を生まない指標となります」(宗像氏)
日本型組織に求められる「一枚岩」のリードマネジメント
10年以上にわたって「The Model」を運用してきた経験から、宗像氏は日本型組織への適用について警鐘を鳴らす。
「The ModelはSaaSかつ米国式の分業営業組織には適していますが、日本の営業組織には必ずしもフィットしません。一見美しい分業モデルですが、そのまま導入してもうまくいかないことが多い。むしろ、日本の営業組織の良さを失いかねません」(宗像氏)
日本の営業組織の強みは、受注・売上に対してマーケティングと営業が協力し、一枚岩になれることにある。「現場の強さ」こそが日本の営業組織の特徴だが、米国式のモデルを導入するほど、その強みが失われていく傾向にある。
「部門間で責任の押し付け合いが始まり、結果として顧客が他社に流れていく。そして自分の目標が達成できないことで怒られる。たいへんな思いをして稟議を通して導入したのに、こんな結果になるのかと不満がたまる」と宗像氏は、多くの企業で見られる失敗パターンを説明する。
この状況を打開するために必要なのが、マーケティングベロシティのような全体最適の指標だ。導入には、次の図のような段階的なアプローチが必要となる。

また「商談率が低い、成約率が低い、商談期間が長いといった課題は、それぞれ個別の問題ではなく、リードマネジメントの質に関わる問題」だと宗像氏は指摘する。
たとえば、商談率が低い場合の改善指標として重視されるものに次の2点があるという。ひとつは「リード品質スコア」だ。企業規模、予算確認、決裁者接点、課題確認といった要素でスコアリングを行い、80点以上のリード比率を50%以上にすることを目標とする。もうひとつは「商談準備度」で、事前準備チェックリストや必要書類の完備率、顧客情報の充実度などを数値化し、準備完了率80%以上を目指す。

成約率の改善には、決裁者接点の早期確保が鍵となる。「多くの場合、決裁者との接点が遅すぎるという問題があります」と宗像氏は語る。初期接点での決裁者面談率50%、提案前の決裁者承認率80%といった具体的な数値目標を設定し、組織的な取り組みを進める必要がある。

商談期間の短縮に関しては、情報提供の適時性と意思決定要件の明確化が重要だ。24時間以内の応答率95%、資料提供3日以内90%、見積もり5日以内提出率95%といった指標を設定。さらに、要件定義書の完成度やステークホルダーの合意率、導入計画の具体性といった要素もしっかりと管理する必要がある。

本当の意味での営業DXとは
「今、営業の現場では『このシステムを使え』『あのシステムをやれ』と言われることが増えています。しかし、本当の意味での営業DXとは、こうした指標を活用しながら、お客様とのエンゲージメントの中で自分が成長できる機会を作ることではないでしょうか」(宗像氏)
これらの改善指標は、単なる数値目標ではない。リードを「生もの」として大切に扱い、適切なタイミングで必要なアクションを取るための羅針盤となる。

「部分最適のKPI管理から脱却し、全体最適のKPIを導入することが、これからのマーケティング・営業組織の肝となります。ただし、指標の導入だけでは不十分です。その指標を使って、具体的にどう改善していくのか、組織としての取り組みが重要になります」(宗像氏)
マーケティングベロシティを軸とした新しいマーケティング・営業組織の構築は、デジタル時代における日本企業の競争力強化の鍵となるだろう。単なるシステムの導入や数値管理の改善ではなく、顧客との関係性を深め、組織全体の成長を促す新しい営業のかたちを実現するものとなるはずだ。
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