カスタマーサクセスはすべての企業に必要な理念
同じ製品やサービスでも、売り方を変えることで爆発的な成長が起きることがあります。カスタマーサクセスプラットフォーム・GainsightのCEOであるニック・メータはその著書『カスタマーサクセス』でAppleの成功事例を挙げています。
Appleは直営小売店であるApple Storeに「ジーニアスバー」という名のカスタマーサクセスを組み込みました。そこではスタッフたちが、ユーザーのサポートをするだけではなく、使い方の提案も含め成功体験を味わえるまで伴走支援をしてくれます。このスタッフたちは、カスタマーサクセスにおけるカスタマーサクセスマネージャー(CSM)的な存在と言えます。
CSMは「顧客が自社製品の価値を最大限に引き出せるよう手助けする人物」です。当時、コンピューターの小売店がうまくいった試しはありませんでしたが、心理ロイヤリティを醸成し、コアファンさえつけばうまくいく。そう考えたスティーブ・ジョブズは、CSMによるタッチコミュニケーションを展開し、その狙いは的中しました。決して小さな投資ではなかったでしょう。しかし、結果としてベンダーと多くの顧客との関係性に変化をもたらしました。企業と顧客は、単なる購入のみの関係ではなくなったのです。
世界中のApple StoreでiPhoneを買うための列ができ、店が開くとスタッフたちとハイタッチをして購入をしていく様子を見たことがある人も多いでしょう。Appleの顧客の心理ロイヤルティは高まり、機能や価格だけではない「Appleでなくてはだめだ」というファンを生み出すことに成功したのです。その後の成長ぶりは誰もが知るところです。
今日、カスタマーサクセスと言うと、サブスクリプション型ビジネスにより生まれたものという認識があるかと思いますが、Appleのようなコンピューターメーカーでも、カスタマーサクセスという概念の必要性が見出されているわけです。カスタマーサクセスはすべてのビジネスに通じる、企業と顧客の関係を変えるための手法であり、概念なのです。「自分たちはサブスクをやっていないから」と思っている方にも本連載をぜひ読んでいただければと思います。
サブスクに注目が集まるワケとカギを握る営業の変化
話をカスタマーサクセスに戻しましょう。サブスクリプション型ビジネスを展開いる企業では、すでにカスタマーサクセスはビジネスの中心となっています。その背景には、サブスクリプションビジネスの収益構造があります。
SaaSをはじめとするサブスクリプション型ビジネスにおいて、新規顧客を獲得した時点ではLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)がCAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得コスト)を下回り、すぐに解約されると赤字になります。つまり新規顧客を獲得し続けても、維持・継続してもらわなければビジネスとして成り立ちません。
それでも多くの企業がこのモデルにフォーカスするのは、中長期的な視点で事業全体を見ると安定的に利益を積み上げてくれる収益構造になっているためです。中長期に利益が上がるという前提があるからこそ、新規顧客獲得のための費用の上限を上げることができるのです。これから、自社の製品・サービスを「売り切り」から「サブスク」へ変更する場合は、この点を考慮することが重要になってきます。つまり、この変更は単に課金体系の変更にとどまるものではなく、収益構造の変化とともに、その構造に沿った組織体系に変えていくことが成功の必須条件になります。
とくに、営業モデルの変更が鍵を握ります。昔の売り切り型のソフトウェアのように「新規商談」を獲得して終わり、というわけにもいきません。また、問い合わせがあったときに対応するパッシブ(受動的)な営業を脱却し、よりプロアクティブ(能動的)に顧客と向き合う必要があります。
しかし、これでは営業にかかる負担は顧客数の増加に比例して増していくばかりです。よくある過ちは、このプロセスの変化を営業個々人の裁量に委ねたまま放置してしまうケースです。
良い製品・サービスを提供しても、そこからの価値を感じ続けなければ、顧客は必ず離れていきます。顧客の目の前には、今までになく、新しいサービスの情報が届き、容易に乗り換えもできる環境が整っているからです。
このような状態を未然に防ぐためにも、既存顧客の成功実現を支援する専門の組織やプロセスを構築する必要があり、企業はこの両軸を手に入れることで、初めて、持続的な成長モデルを実現できるのです。