スピーディーなDX実現の鍵は内製とアジャイル開発
――現職に至るまでの、矢口さんのキャリアを教えてください。
新卒で入社したコンサルファームに10年ほど勤めたのち、インターネットを事業の軸とする企業に転職し、社内コンサルとしてDWH・BIの整備・活用などを手掛けました。当時はちょうどデータサイエンティストという言葉が出始めていたころで、自分もデータ分析のスキルを突き詰めたいと考え、次の会社はアナリティクスの専門企業を選びました。その次に転職した機械メーカーのディーラー子会社でSalesforceに出会い、そこではCRMの推進や機械学習による顧客のスコアリング、故障予測のほか、商談成約率アップのための施策などを考えていました。
カインズには2020年2月に入社し、デジタル戦略本部に在籍しています。入社のきっかけは、面接で「10年後どうなっていたいですか?」という質問があったのですが、私が「正直言うと、『こうなりたい』があまりないんです。ただ10年後も会社や一緒に働く人に貢献できるような人間でいたいなとは思います」と答えたところ、面接を担当してくれた(デジタル戦略本部長の)池照さんが「実は僕もそうなんだ。気がついたらカインズに入って今こうなっているんだ」、と深く共感してくれたことが非常に印象に残り、それが決め手となりました。
――カインズのDXにおけるSalesforce活用について、その概要を教えてください。
カインズは2019年度から高家社長をリーダーとした“第3創業”がスタートしています。中期経営計画「PROJECT KINDNESS」の柱のひとつであるデジタル戦略を積極的に進める中、私自身もSalesforceのエンジニアとして入社しました。内製にこだわる理由のひとつはスピーディーなDXを実現するためですが、ノーコード・ローコードでシステム開発ができるという点、つまり必要なシステムを容易に開発でき、それが止まらずに動き、必要なときにすぐに拡張できるというSalesforceの特徴は、カインズのスピード感に合っていると思います。今も積極的にエンジニアを採用しているのですが、Salesforceを扱ったことのあるエンジニアは少ないものの、エンジニアの素養があれば入社後の研修で問題なくキャッチアップできています。
――Salesforceは、DXの取り組みにおいて社内でどのような役割を果たしているのでしょうか。
デジタル戦略本部の立ち上げ以降「CAINZ Reserve」「CAINZ PickUp」などお客様向けのサービスを矢継ぎ早にリリースしていますが、その裏側でもSalesforceを活用しています。こうしたお客様向けのサービスだけでなく、メンバー(カインズの従業員のこと)が使うための業務アプリもSalesforceでつくっていて、まさにDXの中心にSalesforceを据えている状況です。
また、カインズのDXプロジェクトは基本的にすべてアジャイル開発で進めています。ユーザーの要件を短期間で実装し、動作確認をしてフィードバックをもらい、それをさらに反映させていくスタイルです。そのスピード感とSalesforceの相性については先ほども触れましたが、コア機能をサクッと実装してからUI/UXをゆっくり開発していく、という方法に適したツールだと思います。
Salesforceの発展的な活用を実現する3つのアプリ
――Salesforceの発展的な活用を目指す企業では、AppExchangeのアプリケーションにも注目が集まっています。カインズさまがAppExchangeのアプリケーションの中で愛用しているツールと、その活用シーンについて教えてください。
ひとつは帳票作成ツールの「SVFクラウド」で、見積もり、発注、帳票作成などの業務に活用しています。もともとカインズ自体が紙の帳票を多く扱っておりその削減を進めてはいますが、お取引先でもまだまだ電話やFAXといった従来のコミュニケーションが主流なので、帳票作成ツールは重宝していますね。
もうひとつは入力支援ツール「WalkMe」です。データベース更新型のアプリケーションであるSalesforceはデータ管理の整合性を取るのに適していますが、業務アプリケーションとしてはプロセスが弱く、いつどこに何を入力すればいいのかわかりづらいところが弱点でもあります。WalkMeはその弱点を補うように入力をナビゲーションしてくれたり、必須項目も自動で入力してくれたりするので、オンボーディングのツールとしても使える点が特徴です。
そして3つめが「RaySheet」です。Salesforceはレコード単位の単票入力が基本となるため、案件を並べてステータスだけ管理したり複数明細を入力したりといった使い方をしようとすると使いにくさがありますが、このRaySheetを使うとExcelのように表形式でデータを扱えるため、Excelに慣れているユーザーの業務移行もスムーズにできて役立っています。
――特に日々発生する見積もり作成業務の効率化に、RaySheetを活用されているとうかがっています。活用をスタートしたきっかけを教えてください。
以前、Salesforceで開発した見積もり画面を現場の方にレビューしてもらったとき、「これで見積もりをつくるのは厳しい」とフィードバックをもらったことがありました。リフォーム案件の場合は見積もり項目が多岐にわたり明細も複数行になるのですが、単票形式で明細行をつくっては保存する作業がたいへんだと指摘されたのです。解決するためには、表形式で一括入力できる画面が必要になります。追加の開発工数が増えると思い、池照さんに相談したところ、「AppExchangeの中にExcelライクにSalesforce上で動くツールがあったと思うよ」と教えてもらい、調べて辿りついたのがRaySheetでした。
Excelのインターフェースそのままで画面編集がしやすいという利点に加え、取引先のマスターメンテナンスなどにも重宝しています。スピード感を担保するために、開発に時間をかけない、つくり込みすぎない、なるべくSalesforceの標準機能でやろうという考え方が根底にありますが、その方針に合致するという意味でも助かっていますね。
成約率向上、店舗ごとの成果のばらつき解消にも
――RaySheetの活用によって、具体的にどのような成果を得られたのでしょうか。
今回RaySheetを採用したリフォーム事業では大幅に業務フローを変えました。これまでは店舗での受付後、見積もり作成や検討状況のお伺い、契約、発注、工事の管理、お支払いまですべてを店舗メンバーが担当していました。このプロセスを分解・分業化し、受付から後の一連の業務を本部に集中させるフローに変えました。そのフローに沿ってSalesforceでシステム開発を進めた結果、店舗側はお客様対応にフォーカスできるようになりました。もちろん見積もり作成業務をセンター化した分、本部での作業量は増えるわけですが、RaySheetを活用することによって大量の見積もり依頼を効率的に捌くことができています。
この取り組みによる最大の効果は、店舗業務の負荷を軽減したこと以上に、店舗ごとのパフォーマンスのばらつきを解消できた点にあると考えています。以前から、大型店にはリフォーム専門の担当者がいる一方、規模の小さな店舗のメンバーはマルチタスクでいろんな業務をやっているため、見積もり件数や成約率などを大型店と比べるとパフォーマンスが上がっていないという課題がありました。こうした状況から店舗の業務を再定義し、それに合わせたシステムを開発したことで、リフォームビジネスの再構築が進んでいます。実際に小さな店舗ほど、成約率アップの効果も出てきていますね。
そのほかにも、見積もり作成を請け負う本部に負荷がかかるという新たな課題も出てきました。これも、今後Salesforceを活用してシステム的にサポートしていきたいと考えています。
――オペレーションを強くするために今後、RaySheetに期待するアップデートはありますか。
強いて言えば、Excelの機能が常に進化しているため、それになるべく追従してもらえると嬉しいですね。現状の機能だけでも、Salesforceのリストビューではできないフィルタや並べ替え機能、ビューのフォルダ管理、権限管理などを行うことができ、とても助かっています。
営業がコア業務に集中できる強いオペレーションを
――ウィズコロナの時代におけるカインズの今後のチャレンジについてお聞かせください。
リアルな接触を減らしていこうとする一方で、コミュニケーションの量や質は維持しなければならないわけですが、それを補完するのがテクノロジーだと思っています。カインズのデジタル戦略には「ストレスフリー」「エモーショナル」「パーソナライズ」「コミュニティ」の4つの目的があるのですが、特にお客様とのコミュニケーションを短時間で効率的に行っていくための機能開発は今後ますます重要になるでしょう。
同時に、カインズメンバーにとっての煩わしい業務を剥ぎ取り、デジタルで改善していくことも重要だと考えています。デジタル戦略本部は現在もリモート業務を推進していますが、全社的な働き方の改革は今後も進めていく予定です。
チャレンジという観点では、お客様のコミュニティ化も進めています。たとえばDIYが好きな方やペットオーナーのコミュニティの構築はすでに取り組み始めていますが、こうしたBtoCのお客様のコミュニティだけではなく、BtoBのお取引先で働いている方々とも、何か新しいことができないかなと考えているところです。
――最後に、営業組織で強いオペレーションづくりに挑むリーダーにメッセージをお願いします。
オペレーションがしっかりしていないと、営業活動をするメンバーにも無駄な作業が生まれてしまいます。たとえば何かをするために、一度本部に戻らないとといけないとか、データをまとめて共有するためにさまざまなツールを経由しないといけないといった典型的な課題はデジタルの力で効率化できる部分だと思います。その効率化を実現して、営業担当者がコアな業務に集中できる環境をつくるのがこれからのリーダーの役割ではないでしょうか。
また、営業組織には必ず営業管理の部門があると思うのですが、その部門の方々が遅くまで残業をしていたり、営業担当者の要望に応えるために大きな業務負荷がかかっていたりするのもよく見られる光景だと思います。組織を支えるメンバーの業務を効率化させることが、ひいては営業担当者の働きやすさにもつながると思いますから、ぜひデジタルの力で効率化を実現していただきたいですね。
――今後の取り組みも楽しみです。ありがとうございました!