LIFULLの営業組織が抱えていた3つの課題
――まずはおふたりが現職に至るまでの経緯と、現在担当されている業務についてお聞かせください。
諏訪 もともとサービス開発の業務を担当していたのですが、2019年10月にアカウントマーケティング部という新規開拓営業の専門チームを立ち上げるにあたり、責任者として着任しました。組織の仕組みづくりやSalesforceをはじめとするツールの利活用がうまく運び、1年間で一定の成果を出すことができました。今度は営業全体に刷新の動きを広げていくことが決まり、今年の10月に社内の営業を推進する専門組織としてカスタマーサクセス推進部を立ち上げ今に至ります。
杉村 私は長年LIFULL HOME’S事業の営業マネージャーを務めていたのですが、1年前に諏訪が率いるアカウントマーケティング部へ加わり、企画と現場の営業を動かす役割を担っていました。営業マネージャー時代からデータ活用の遅れや業務の属人化に課題意識を持っており、アカウントマーケティング部への参画は変革のチャンスでした。カスタマーサクセス推進部が新設されてからは、諏訪と共にそちらへ移りました。
――営業全体の変革を任されたおふたりから見て、当時の御社が抱えていた課題はどこにありましたか。
諏訪 LIFULL HOME’Sの新規営業は、アポ取りの電話から商談、クロージングまでを基本的にひとりの営業担当者が行っていました。上司は報告を受け、提案内容のかんたんなレビューくらいはしていたものの、営業プロセスのほとんどがブラックボックス化されているため、部下の育成というよりも行動管理に近い状態が続いていました。
また、営業のブラックボックス化によって提案の何がお客様に刺さっていて、何が刺さっていないのかをきちんと把握できない点にも課題がありました。かつて私が所属していた開発チームでは、すべてのプロセスがチケットという仕組みで記録され、上司からのレビューもその中で完結していたため、営業もそのように仕組み化したいと考えていたのです。
杉村 体系立てられた育成モデルがないことも課題でした。上司によって教わる内容が異なるため、あるメンバーをうまく育成できたとしても、次の誰かを同じように育成できるとは限りません。営業プロセスを型化し、横展開しやすい仕組みを整える必要がありました。
また、LIFULL HOME’Sの営業担当者はすでに完成された広告商品をお客様に応じて組み合わせて提案しています。お客様の要望を持ち帰って開発にフィードバックし、広告商品をつくっていくスタイルの営業であれば他の部門と交流する機会が持てますが、当社の場合はそういった場面がほぼありません。そうなると、営業職からマーケティングや開発など別の部門にキャリアチェンジするイメージが湧きづらく、営業部門でリーダーになるしか道がないと思いこんでしまいます。もっと自由にキャリアプランを描いて欲しいと思っていました。
半分の人員で2倍の成果も!営業育成にも寄与したSales Techの活用
――御社は早くからSalesforceを導入されていたと思いますが、セールスチームではどのように活用を進められていったのですか。
諏訪 Salesforceが導入されたのは約10年前で、当時は内製した顧客データベースを移管して使っていましたが、単に情報を記録するためのツールとして使われていて、セールスやマーケティングの効率化にまでは活用できていませんでした。そこでまずは契約書のオンライン化やバックヤード業務の置き換えから、Salesforceを活用し始めました。1、2年ほどかけて自動化を実現し、いよいよ2019年に本丸である営業部門改革にSalesforceを活用する段になりました。そのタイミングが偶然アカウントマーケティング部の立ち上げと重なり、営業部門の課題解決にツールを活用する機運がさらに高まりました。
――本格的な営業改革を進めるタイミングと、テクノロジー活用のタイミングが重なったのですね。変革のステップを詳しく教えてください。
諏訪 課題として挙げた営業のブラックボックス化を解消するために、私がまず取り入れたかったのは2名体制で営業を行う仕組みです。それまではアウトバウンドもインバウンドもひとりの営業担当者が対応していましたが、2名体制で対応することによりブラックボックス化しにくくなると考えました。この取り組みがインサイドセールスの原型となります。当初は、「ひとりで最後までやりきりたい」という現場の意見もあり、インサイドセールスが商談内容をテキスト化して外勤営業にパスする流れにも非効率が生じていましたが、そこをクリアするためにオンライン商談システムのbellFaceや、録音ができるクラウドIP電話のMiiTelを導入しました。
そのような取り組みの中で、トップセールスに頼りがちで個人戦の色が強かった営業組織が、徐々にチーム戦ができる組織へと変わっていきました。ブラックボックス化を解消し、さらに営業活動を洗練させていくために、次に行ったのがフェーズ管理です。00〜06の7段階で案件のフェーズを分類し、「今月はこのチームが00から01になかなか進めていない」「00から01は順調だが、その次に進めていない」という気づきをもとにトークスクリプトを変えるなど、手を打つようにしました。
――定量的な成果はいつごろ、現れましたか。
諏訪 アカウントマーケティング部を立ち上げて8ヵ月が経ったころから、毎月同水準で数字をしっかり達成できるようになってきました。数字が飛躍的に上がったわけではないのですが、月ごとの変動が起こりやすいビジネスにとっては非常に喜ばしく、大切なことです。さらに、多くの人員を割いて人海戦術で営業していた3年前と比べると、約半分の人員で2倍強の獲得会員数を達成したことになります。
――Salesforceを活用される中で、特に重宝した機能があれば教えてください。
諏訪 Chatterという社内SNSの機能には期待以上の効果がありました。当社ではもともと複数のチャットツールが混在していたのですが、営業プロセスの型化へ取り組むにあたり、商談の内容を必ずChatterに投稿するよう現場に呼びかけました。活動の記録が当初の主な目的でしたが、誰かの投稿に対して「半年前にそのお客さんを担当していたころはこんな感じだったよ」という先輩からの反応があったり、新卒社員が「今日はこの電話がいちばんうまくいきました。+αでアドバイスをください」と意見を募ったりするなど、活発なコミュニケーションが生まれたのは嬉しい誤算でした。今では当社の重要なコミュニケーションの場としてDXの加速に貢献してくれています。
――御社は人材育成にもSalesforceを活用されているとうかがいました。
諏訪 今年の3月に社内向けの学習コンテンツを作成し、楽しみながら学べる学習プラットフォームである「myTrailhead」を導入しました。営業のスキルや商品知識だけでなく、他部門のマネジメント層へのインタビューなどキャリアパスに関わる内容もコンテンツ化していきました。コロナ禍とタイミングが重なり、営業活動やOJTが対面でできなくなってもオンラインで人材育成をできる仕組みを整えておくことができたのは幸いでした。
myTrailheadのメリットは、何度も振り返って復習できる点にあります。これまでの研修は一度話を聞いて終わりでしたが、myTrailheadは復習だけでなく関連コンテンツの閲覧もできるので、より深い学習が可能となります。
今年の9月に3名の新卒社員がmyTrailheadを使った研修を経てロールプレイングを披露する機会があったのですが、営業経験が長いメンバーが「こんな提案が半年でできるようになっているなんてすごい、レベルが違う」と感嘆していました。さらに、3名のうち1名が配属後数ヵ月でトップセールスとして表彰され、もう1名は提案した新規事業案が入賞し、現在は営業活動と並行して事業化の準備を進めています。効果的な育成にはもちろん、「まずは営業で3年」という固定概念を覆し、キャリアの広がりを示すことにもmyTrailheadは寄与していると思います。
――若いメンバーが配属されることの多い営業部門では、離職による人材流出に頭を抱えるマネージャーも多いと思います。
諏訪 新規開拓営業は数多くの電話をかけてアポを取る必要のあるタフな仕事なので、当社の理念に惹かれ、新規事業やクリエイティブな仕事を志して入社する若いメンバーにはギャップが感じられると思います。業務の中にスキルアップしている実感が得られる仕掛けや、個人ではなくチームでタスクに取り組んでいるという空気を絶えず用意して、辛い面もある業務ではあっても合理的な育成プログラムを目指しています。もちろん、営業職なので数字や成果も意識していますが、辛いだけではない新しい営業のかたちをつくっていきたいです。
杉村 私が営業職として働いていたときとは全然違います。営業活動全般を根性論から脱却したいと思っていた私自身にとっても変革の手応えが感じられて充実した1年でした。最近、社員のモチベーションを測る仕組みを導入したのですが、アカウントマーケティング部のスコアは社内で上位に位置しています。「新規営業の部門であのスコアはすごい」と周囲から言われることもあり、楽しそうにやっている雰囲気は外部にも伝わっているようです。
異例のスピード改革を支えた「THE MODEL」
――御社が1年という短期間でここまで改革を推進できた背景には、独自のビジョンである「LIFULL THE MODEL」の考え方があったのではないでしょうか。
諏訪 LIFULL THE MODELを策定する際に意識したことがふたつあります。まずはオリジナルの「The Model」を大事にすることです。最初から独自のやり方で進めようとするとうまくいきませんから、Salesforceが提唱している営業プロセスモデルであるThe Modelのフレームワークを尊重するよう自分にも営業現場にも言い聞かせています。そのうえでLIFULL流のThe Modelをつくりあげ、アカウントマーケティング部にとどまらない全社的な方針にしていく気概を持つことも意識しました。この2点を核にしたおかげでぶれずに変革を遂行でき、LIFULL THE MODELがただのスローガンに終わらない血の通ったものになったのだと思います。
杉村 フェーズ管理を取り入れたころ、私たちはThe Modelで推奨されているステップ式の考え方を独自にアレンジしてマトリクスで捉えてみたのですが、案の定うまくいきませんでした。まずは「守破離」の精神で教科書を遵守してからオリジナリティを加えたほうが結果的には近道を辿ることができるのだと身をもって学びました。
――新型コロナの蔓延で世の中が大きく変わり、営業組織に柔軟な対応が求められるなか、LIFULL THE MODELのようなコアビジョンがあると判断に迷いが生じにくそうですね。今後チャレンジしたいことはありますか。
杉村 今までは営業の課題解決先行型でテクノロジーの活用を行ってきましたが、今期から所属する組織の名称が「営業DX推進ユニット」に変わったこともあり、テクノロジー主導で営業を変えていく攻めの姿勢を強化していきたいです。先日、Salesforceの人工知能であるEinsteinにリストを読ませて見込みのありそうな顧客へ営業活動を行う取り組みを試験的に実施しました。セールスフォース・ドットコムさんと一緒に、大胆な改革にもトライしたいですね。
――最後に、新しい営業組織づくりに取り組む読者に向けてアドバイスをお願いします。
諏訪 DXは業務効率化やリモートシフトを目的に推進されるケースが多く、短期的な獲得効率や成果を求めすぎると行き詰まってしまいます。私たちの場合は新しい営業の型をつくるという目的が先立ち、多少効率が悪くても「こういう使い方をしてみてはどうか」という試行錯誤を重ねながらDXを進めてきた姿勢が成功要因になったのかもしれません。効率化や売上の最大化自体を否定するわけではありませんが、プラスアルファで現場に資するメッセージを打ち出せるとDXは加速すると思います。
杉村 改革で重要な心得は、ゼロへの手戻りを恐れないことだと思います。新しいチャレンジは失敗して当然です。私たちの場合は「できる/できない」の2択だけでなく、「正しい/正しくない」の軸にも重きを置いて営業の変革を進めていきました。最初の5ヵ月間は模索の日々が続き、成果が出たのは10ヵ月めを迎えたころでした。1勝9敗でもめげずに正しいと思うかたちを求め続けることが重要ではないでしょうか。
――より良い営業活動を実現するための「新しい営業の型づくり」が軸にあり、それを手助けするためにうまくテクノロジーを活用されてきた一連の改革に非常に感銘を受けました。今後の攻めのテクノロジー活用も楽しみです。ありがとうございました!