「分けて考える限界」に博報堂グループが挑む
──博報堂グループとしてマーケティング支援を展開する博報堂マーケティングシステムズ(以下、HMS)が、なぜ今、セールス領域まで支援範囲を広げるのでしょうか?
たしかに、一般的にも「博報堂はマーケティングや広告の会社」というイメージが強いですね。グループ会社であるHMSも、2017年にウェブサイトの制作・開発をメイン事業として創立し、2022年からはマーケティングテクノロジーの導入・活用支援に注力してきました。
ですが、我々は自分たちをマーケティング領域の枠組みだけでとらえていません。社会の生活者・消費者への提供価値を高める支援を行う「生活者価値デザイン・カンパニー」をグループ全体で目指し、得意とするマーケティングから周辺領域へと支援を広げています。
株式会社博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局
兼 株式会社博報堂マーケティングシステムズ 取締執行役員 事業企画部門長
大谷 俊裕氏
新卒入社したSIerにて法人営業を約3年、その後、生命保険会社で約3年ダイレクトマーケティングに従事。その後、大手IT企業に入社し、約7年間にわたりソーシャルゲームやウェブアプリケーションのデータ分析などデータサイエンスの業務を担当。博報堂に入社してマーケティングシステムの導入支援コンサルティングを経験したのち、スタートアップ企業へ転職。データと機械学習を用いた企業のマーケティング支援にデータサイエンティストとして参画し、需要予測モデルや広告配信アルゴリズムの構築を3年間担当。キャリアに変化を求めていたタイミングで博報堂グループから声がかかり、HMSの経営に参画するため再び入社。現在は博報堂のマーケティングシステムコンサルティング局(MSC局)から出向するかたちで、HMSの事業成長をミッションに活動している。
なかでも、セールスはマーケティングと非常に密接な領域です。とくにBtoB領域の場合、現代の購買決定者はセールスと会う前に購買プロセスの6割を完了しています。
生成AIの普及により、購買決定者が得られる情報の量・精度がさらに増していく中でセールスが高い価値を発揮するためには、必然的に、マーケティングにも注力しなければなりません。マーケティングとセールスを分けて考えるのは難しい時代になりました。
しかし実際は、このプロセスが分断している企業が非常に多いのです。私自身、営業現場にいたころはマーケティングの仕事をよく知りませんでしたし、マーケティング現場では、セールスがリードをフォローしてくれないという課題を感じていました。
この分断を解消するため、マーケティングを強みとする我々がセールス領域に染み出していく意義があると考えています。
「売り手起点」のKPIが置き去りにするもの
──マーケティングとセールスの分断を解消するには、何が鍵になるとお考えですか。
端的に言うと「売り手起点」から「買い手起点」へのバリューチェーンの転換です。
現在は多くの企業が分業制を取り入れていますね。マーケティングがリードを獲得し、インサイドセールスがナーチャリングしてセールスが受注し、カスタマーサクセスがオンボーディングする──。各プロセスの専門性を高め、リード数やアクション数といった「量」をKPIに設定することで、効率は高まるでしょう。しかし「売り手起点」のKPI設計は、質を置き去りにしてしまうリスクもあるのです。
ホワイトペーパーをダウンロードした直後に電話がかかってきたことはありませんか? もっとも関心が高いタイミングでアプローチするのは、ロジックとしては正しいと言えます。
しかし「まだ資料を読んでいないのに……」と冷めてしまう人も多い。買い手には好まれない行動ですし、最終的な目標である収益拡大や買い手の体験価値向上にはつながりませんが、KPIは達成できてしまう。この本末転倒な状態を生み出してしまうのが、売り手起点の落とし穴です。
──HMSが目指す理想的な「買い手起点」のバリューチェーンとは、どのようなものでしょうか。
買い手の意思決定から逆算して設計されていることです。接点を持ったターゲットへひたすらアプローチする狩猟的な発想ではなく、買い手の購買意欲や行動の変化をとらえたうえで、行動変容を促していくのです。具体的な指標に落とし込むなら、買い手から能動的なアクションを得られた数をKPIに設定すると良いでしょう。
売り手側でコントロールできないKPIは「結果」で評価することになりますから、マネジメントは非常に難しくなるでしょう。しかし、買い手の行動変容を促すストーリーをきちんと描けていれば、その行動は確実に変わっていくはずです。このプロセスの設計が肝要なのです。
理想的な「買い手起点」への転換を阻む3つの壁
──バリューチェーンを「売り手起点」から「買い手起点」へうまく転換できない理由には、どのようなものがありますか。
大きく3つあります。ひとつは、KPIを量から質に変える恐怖です。
量のKPIは掛け算なんです。経験則からアポイント率や成約率を割り出せば、目標達成のためにどれくらいの量を積めば良いかがわかります。しかし質のKPIは予測が難しいため、転換するのは恐怖があります。
これを乗り越えるには、経営陣のコミットが必要ですね。売上が一時的に下がることを受け入れ、長期的なファンの獲得や、買い手の購買体験の向上を優先するといった企業姿勢が求められます。まずは小規模のチームで質を重視したKPIを取り入れ、一時的にどれだけ売上が下がるかシミュレーションすることから始めると良いでしょう。
ふたつめの壁が、部門間のデータの断絶です。マーケティングはMA、セールスはSFAと個別のシステムを導入していることで、購買プロセス全体のデータを一気通貫で可視化できなくなっています。3つめの壁である、すべての部門が共通のKPIを掲げられなくなる要因となります。
──システムが課題だと認識できても、それを刷新するのは大きな決断となりますね。
ええ。システムを変える前に、その前提となる業務プロセスを変えなくてはなりませんから。非常に骨の折れるプロジェクトになるでしょう。

「誰でも、すぐ使える」 生成AI×HubSpotがつなぐデータと組織
──2025年4月よりHubSpot社とのパートナー関係を強化されています。マーケティングとセールスを「買い手起点」のバリューチェーンへ転換するため、HubSpotにどのような可能性を見出したのですか?
「HubSpot」はマーケティングからセールスまで一気通貫でデータを可視化でき、先ほど挙げた3つの壁を解決するソリューションだと感じています。
また、生成AIの活用もポイントですね。HMSにはリプレイスのご相談が多く、その理由として「MA/SFAに入力するメリットを現場が感じられないから」という声が少なくありません。そこで、たとえば商談結果をもとに生成AIがネクストアクションを提示する仕組みをつくり、入力のメリットを提示できれば、システム活用は活性化していくでしょう。「HubSpot」は導入してすぐに、誰でも生成AI活用を使いこなせるように設計されているため、この課題を即座に解決できます。
こうしたシステムに関するメリットに加えて、HubSpot社が掲げる「Loop Marketing」にも共感しています。Express(ブランド定義)、Tailor(パーソナライズ化)、Amplify(チャネルのマルチ展開)、Evolve(最適化)という4つのステージを循環させ、質を高めながら買い手との関係を深めていく新たなフレームワークは、我々が掲げる「買い手起点」のバリューチェーンと非常によく似通っています。同じ方向を向いて企業を支援できると確信しています。
長年の研究成果を生かし「営業と会いたくなる瞬間」を設計する
──HubSpot社とタッグを組むうえで、HMSならではの強みも教えてください。
マーケティング・セールス領域のシステム導入支援は、その多くが、コンサルティングファームが戦略を描いてSIerが実装するリレー形式のプロジェクトです。戦略と実装を別企業が担うため、戦略立案時に描いたものが実装できなかったり、実装段階に至ってから戦略との食い違いが発生したりといった「翻訳コスト」が発生します。
一方でHMSは、戦略立案から実装まで一気通貫で担当するスクラム式です。実装を見据えて戦略を打ち立て、反対に、実装段階で戦略に立ち戻ることもでき、導入がスムーズに進みます。
加えて、博報堂グループが長年にわたって研究してきた「人の行動変容に関する知見」は、売り手起点から買い手起点へ転換するための強い武器となります。すでに数社の「HubSpot」導入を支援しており、HubSpot社とのパートナー関係が機能し始めています。

──生成AI活用がさらに進展する2026年、HMSの次の挑戦を教えてください。
生成AIによる情報収集が進む中、自社の情報が生成AIに選ばれることがますます重要になるでしょう。この点を支援すると同時に、「この判断(購入)は正しい」という確信や、BtoB領域における組織内の合意形成など、人が提供できる価値も追求する必要があります。買い手がセールスに会いたくなる瞬間をどのように設計するのか。生活者・消費者の行動変容に寄り添ってきた知見を活かして支援していきたいと考えています。
──最後に、変化の激しい時代において、自社の収益拡大を担うマーケティング・セールスのリーダー達へ、メッセージをお願いします。
生成AIの時代でも、本質は変わりません。買い手が求めるものを理解し、それに応えるプロセスをつくること。テクノロジーはその手段です。
多くの組織がMA/SFAの活用に苦戦していますが、その原因はツールや現場ではなく、バリューチェーンの設計そのものにあるかもしれません。まずはマーケティングからセールスのKPIを書き出し、それが売り手の行動量を測るものか、それとも買い手の状態変化を測るものか確認しましょう。もし量中心の設計なら、見直しのタイミングです。
自社だけでは整備が難しいと感じたら、一緒にバリューチェーンの棚卸しから始めましょう。博報堂グループの知見とHubSpot社のプラットフォームを掛け合わせ、構想から伴走まで一緒に取り組むパートナーでありたいと思っています。

──本日はありがとうございました!


