「文系 × AI」が、ビジネスの新常識になる
AIX partner 代表の野口竜司氏は、三井住友カードのHead of AI Innovation、コクヨのExecutive Adviser of AI strategy、カウネット社外取締役を務めるなど、さまざまな事業会社でAI活用を支援してきた実績を持つ。
野口氏の著書『文系AI人材になる』『ChatGPT時代の文系AI人材になる』は、AIと文系人材にフォーカスした稀有な書籍として注目を集めている。執筆の背景には、野口氏の「文系に対する期待」があった。
「ChatGPTが登場する前のAIは、AIをつくるエンジニアや一部のアナリストなど、理系の専門職だけが活用していました。『文系』という言葉はあくまでも象徴的なものですが、いずれビジネスサイドにいる文系の方々にもAIを使いこなす人材になってほしい、なるべきだと思って執筆しました」(野口氏)
自身も文理融合学部出身で、最終的には「文系的に動いていた」と語る野口氏は、AIの知識がない文系人材でも、十分に価値を発揮できると断言する。

1冊目の執筆当時は、予測モデルや識別系AIが主流であり、「AIはExcelくらい誰もが使うツールへ」という野口氏の言葉は、多くの人に疑問視されたという。しかし、ChatGPTの登場により、その言葉は現実のものとなった。
「2冊目の『ChatGPT時代の文系AI人材になる』では、完全に生成AIを文系人材がどう使うかを論じています。AIに関する知識は一切なくAIを使えるようになっていますので、まったく心理的ハードルは必要ありません。むしろ重要なのは、現場における課題の解像度を高め、問題解決思考力を磨くこと。そして『AIを使って業務を完遂する』という大前提を持つことです」(野口氏)
実際、AIの進化は、今どこまで進んでいるのか。野口氏はAIの最新動向について、OpenAIが提唱するAGI(汎用人工知能)の5段階レベルを引用しながら簡単に解説してくれた。

「急速にこのレベルが上がってきてるのが現状です。レベル1はChatGPTのようなチャット型の生成AIで、皆さんすでにお馴染みだと思います。その次に登場したのが、より推論能力が高い『リーズナー(レベル2)』です。これはすぐに答えるのではなく、時間をかけて思考し、できるだけ間違いなく答えを導き出すモデルです。このリーズナーがあったからこそ、『AIエージェント(レベル3)』が誕生しました」(野口氏)
AIエージェントとは、目標を設定されると自ら計画を立て、実行し、自己評価を行い、未達成であれば再試行するという一連のプロセスを自律的に行うAIだ。野口氏は、このAIエージェントが、現在のAI活用の最重要ポイントであると指摘する。

AIエージェントの概要
最近では、「AIエージェント」と「エージェンティックAI」を区別する議論も出ており、「AIエージェント」が単一の目標達成を目指す単体的なものであるのに対し、複数のAIエージェントを束ねてより包括的な目標を達成するものを「エージェンティックAI」と呼ぶ傾向があるという
さらに、人間が発案できないような新規の価値を生み出す「イノベーター(レベル4)」、そして組織全体の業務をAI自体が担うという驚くべきレベル5のAGIも存在する。野口氏の現在の見立てでは、「レベル3.5くらいまできているのではないか」という。
AIは人間を「代替」するのか、それとも「拡張」するのか
営業領域においては、どのようなAI活用が進んでいるのだろうか。野口氏は、「AIが営業の能力を拡張する場面と、代替する場面がある」と述べた。
たとえば、AIが営業の能力を“拡張”する例として挙げられるのが、「顧客データ分析」だ。AIは、顧客の情報を多角的に分析し、人間以上に顧客を深く理解することも可能にする。営業は分析されたデータに基づいて提案することができ、提案の精度向上や対話の質向上につながる。
AIが営業の能力を“代替”する例としては、主に非属人性の高い定型業務が挙げられる。たとえば、営業担当者が行っていた日程調整、初期リサーチ、資料作成などのオペレーション業務をAIに代行してもらうことで、営業は顧客との対話時間を増やすことも可能になる。
拡張性と代替性は、営業に「スピード」「質の向上」というポジティブな効果をもたらす。しかし野口氏は、別の側面から見ると嬉しいことばかりではないという。
「欧米においては、一部の仕事がすでにAIに取って代わられ、新卒の就職難が顕在化しています。とくに非属人性の高いエンジニアはAIに代替されやすく、仕事を失う人も出てきているのが現状です。その点、営業は属人性が高い職種であるため、まだ“幸運”と言えるでしょう。それでも、トップセールス以外の営業が淘汰される可能性は高いと考えています」(野口氏)