トレーニングで重要な「成長の可視化」 ルールはカルチャーのために
――「トレーナブルである」ということは、新人でも顧客接点をたくさん持つことができるインサイドセールスならではの点だと感じています。育成やトレーニングにおいて、おふたりが重視していることがあれば教えてもらえますか。
茂野 ひとつ、大切にしている言葉があります。「ルールはカルチャーをつくるためにある」。トレーニングもカルチャーを体現するために、どんなスキルが必要かを考えて設計しています。そうでないと、ルールを守ることが目的化してしまい、システマチックで息苦しいチームになってしまいますから。
「お客様中心」のカルチャーならば、お客様にいかに心地良い対応を行うことできるか、を中心にスキルを定義しトレーニングを設計していきます。土台に良いカルチャーがなければ、良いトレーニングはできませんし、人も育たないはずです。
鐸木 加えて、継続性や一貫性のあるトレーニングプログラムを用意することも重要ですよね。セールスフォース・ドットコムで茂野さんと一緒に考えたプログラムは、大学のように単位を取得しながらステップアップしていくものでした。企業の規模にもよるとは思うのですが、組織として人材育成にコミットする意味では、プログラム作成には専任者を置いたほうが良いと思います。
茂野 継続性のあるトレーニングプログラムをつくると、テンションやモチベーションを上げるという副次的な効果も得られますよね。インサイドセールスという仕事は、行動量が多いため生産性を高めようとすればするほどに、ルーティンワークらしくなってしまいます。
フィールドセールスに比べて成果が可視化されづらいため、「自分は成長してないのではないか」と錯覚してしまうこともあります。たとえば、見込み客からの商談獲得率が2%上がったとして、これは素晴らしい改善なのですが、インサイドセールス側からは自分の成長だと実感しづらいんですよね。「事例を覚え、こんなプロダクトも提案できるようになった」「この商材のトークがうまくなった」など、習得したスキルがパズルのように埋まっていくと、モチベーションも上がります。「成長の可視化」のためにも、トレーニングプログラムはぜひつくってみてほしいです。
――今後、インサイドセールスという仕事はどう進化していくのでしょうか。
茂野 書籍にも書いたのですが、いわゆる反響型のインサイドセールスであるSDR(Sales Development Representative)の仕事は少なくなるのではないでしょうか。インバウンドマーケティングがより浸透し、企業からのコンテンツ発信や、口コミサイトの勢いが加速していくと思います。購買側に情報が貯まっていきますし、チャットボットなども発達していくでしょうから、何もしなければSDRが担うべき役割はなくなるでしょう。そこで、SDRの一部が徐々に「CDR(Community Development Representative)」になっていくはずです。ユーザーコミュニティを支援したり、そこからつながって見込み客を獲得したりする存在です。
また、新規開拓を担うインサイドセールスである、BDR(Business Development Representative)の数は増えていくはずです。自社が価値を届けたいと考える企業それぞれに合ったコンテンツの提供やイベント開催などを行う存在として、さらに進化していくはずです。
鐸木 現在私は、法人向けの「Amazonビジネス」を民間企業に対して提供する営業部隊の責任者をしています。お客様の規模は、中小企業から大企業までさまざまです。営業はアートの側面とサイエンスの側面がありますが、一般的に大企業向けのセールスはアートの側面が強調される一方で、インサイドセールスはサイエンス重視の営業手法と位置づけられていることも多いです。インサイドセールス経験の長い私は、営業を「サイエンス中心」で捉えますし、データや数字をもとに戦略を組み立て、効果と効率のバランスを常に考えて行動しています。そして、この考え方は、大手企業と向き合うことが多い現在の仕事でも非常に役立っているんですね。
インサイドセールスの考え方は、これまで習慣を変えることが難しかった大企業を対象とした営業の世界をも変えていくと思っています。職種としてのプレゼンスも飛躍的に上がってきていますが、インサイドセールスを行わないとしても、インサイドセールスの経験や知見が役に立つフィールドはたくさんあります。インサイドセールスのDNAをどんどん広げていきたいです。
営業にこそ知ってほしい「インサイドセールス」の仕事
――SDR、BDR、インサイドセールスという名前がなくなったとしても、果たす役割は営業組織に不可欠なものとなりつつある気がします。
茂野 真面目にインサイドセールスに取り組んできた人は、数字に強くてオペレーションも早く、顧客志向で解像度が高い――どんな仕事でも活躍できると思います。昔、セールスフォース・ドットコムの社長だった宇陀栄次さんに「インサイドセールスチームは、トップセールスよりも、細かくて難しい仕事をしている」と言ってもらえたことがあって、そのときは嬉しかったですね。
鐸木 Amazonでは現在、大企業向けの営業組織でも「コールログ」などの詳細まで、しっかり記録しています。取り組み始めたころは疑問の声も上がりましたが、なんとか協力してもらいながらセールスプロセスの可視化を進めたことで、劇的にパフォーマンスがあがりました。
――インサイドセールスチームが活躍できれば、フィールドセールスにとっても良いことばかりに思えます。組織にデータが貯まり、営業の働き方も変わる。本書をぜひ読んでほしい人がいれば、最後にメッセージをお願いします。
茂野 書籍の告知をするnoteを書いたとき、インサイドセールスの人から「この本は、自社のセールスに読んでほしい」と言われてハッとしました。この2年間、SaaS業界を中心に浸透した「The Model」ですが、本当に大事なのは分業をすることではなく、職種間の「共業」です。そのために重要なのは相手の仕事を理解すること。比較的、日本では新しい職業であるインサイドセールスについて、営業担当者の方々が、細かく理解することはこれまで容易ではなかったと思います。
営業組織を強くしたいリーダーの方、売れる営業になりたい方であれば、インサイドセールスの仕組みを理解しておいて損はないと思います。実際に、セールスフォース・ドットコムの売れる営業は、インサイドセールスとの協業が上手でした。「いちばん投資すべきはインサイドセールスだ」という考えで、あらゆることを最初にインサイドセールスに報告したり、自分が持っている情報を全部インサイドセールスにインプットしたりしていたのです。インサイドセールスに取り組む皆さんはもちろん、営業組織に属する皆さまや経営者の方々にも、手にとっていただきたいです。
鐸木 インサイドセールスという仕事への理解がかなり進んだとはいえ、「テレアポだよね」と思っている方、組織をどうつくるべきか悩んでいる方も多いはずです。本書に記載されているのは、ひとつのモデルケースであって正解ではありません。それでも、セールスフォース・ドットコムという成長企業において脈々と受け継がれている素晴らしい仕組みを知り尽くし、ビズリーチのインサイドセールス組織を大きく飛躍させた茂野さんが書いた本書は、迷いを抱えている皆さんがインサイドセールスについて深く考える良いきっかけになると考えています。
――おふたりのインサイドセールスへの思いが伝わってくる熱いお話でした。本日はありがとうございました。