「インサイドセールスに残る」という異例の決断をした若者
――おふたりはどのようにインサイドセールスと出会ったのでしょう。
鐸木恵一郎 2007年、SAPジャパンで中小企業向けのインサイドセールス組織の立ち上げに参画したときが最初の出会いですね。当時は、企業ごとに考え方やKPIもまったく違っていて、「テレマーケティング」と位置づけられていることも多かったです。テレアポや営業補佐を演じねばならない場面も当然あり、SAPでもKPIを毎年変更していました。「インサイドセールスはこんな部門だ」と定義しづらく、決していまのインサイドセールス業界のように活気があるとは言えない時代でした。ご縁があって、2012年10月にセールスフォース・ドットコムに入社したのですが、これが私にとっては衝撃的な体験で、インサイドセールスのイメージが180度変わりました。
衝撃はふたつありました。ひとつは当時から「The Model」という営業プロセスが機能していて、インサイドセールスが担うべき役割が非常に明確だったということ。それゆえに、社内でリスペクトされるし、期待もされる存在でした。もうひとつの驚きはタレントの豊富さです。いまも多方面で活躍している優秀な若手が数多く集まっていて、その筆頭株が茂野さんです。
茂野明彦 ありがとうございます。私は恵一郎さんより少し早い2012年8月にセールスフォース・ドットコムに入社しました。最初はフィールドセールスになりたいと思っていたのですが、ITソリューションの営業経験がないため、インサイドセールスからスタートすることになり、正直非常に落ち込みました。それまではスタートアップで20人くらいを率いて事業を動かしていましたから、「テレアポ」か……と。当時はインサイドセールスに関する情報もまだまだ少なく、周囲の人にも自分の仕事を説明しづらかったです。同期もたくさんいたのですが、自分より年下のメンバーはみんなフィールドセールスとして活躍しており、ネガティブな感情を抱えた状態からのスタートでした。
仕組みが素晴らしいことはすぐにわかったものの、モチベーションを保っていくのが難しくもやもやしていたんです。そんなときに恵一郎さんがインサイドセールスの知見を持つ責任者として入社してくれて、私もそこから、この仕事の面白さがわかるようになりました。
会社の中で自分たちの立ち位置がより確立され、営業からのコミュニケーションも活発になり数字も良くなっていきました。そのころから、お客様からも「インサイドセールスってどんな仕組みなんですか?」と聞かれるようになりました。
個人的にも20代後半で、人とは違う何かを武器にしてニッチな領域でトップになりたいという思いがずっとありました。インサイドセールスは、いまはまだ誰も知らないけれど、知ったら絶対に良い仕組みだとわかる。必ず、マーケットが大きくなると確信しました。そもそも、自身の経験からも20代でインダストリーを超えて新しいキャリアにチャレンジすることが難しいということも感じていました。私がセールスフォース・ドットコムという企業に入ることができたのも、インサイドセールスというこれまでの経歴にとらわれずに成長・活躍できる職種があったからです。そこで、自分のスペシャリティをインサイドセールスにしようと決めたのです。
そうと決めてから、APACを管轄していたデイヴィッド・パウエルさんに新しいトレーニング組織の立ち上げを上申したのです。インサイドセールスチームの中にあるデータをきちんと調べ、「オンボーディングのスピードを上げれば、どれほど営業に供給できる数字があがるか」とつたない英語でプレゼンしたところ、受け入れてもらえました。その後、本社へのプレゼンを経て、恵一郎さんとともにインサイドセールスのトレーニングを担当するイネーブルメント組織を立ち上げたのが、入社1年半くらいのころでしたね
鐸木 インサイドセールスについて、こうやってふたりで話すことができ、非常に感慨深い思いです。ちなみに、当時のインサイドセールスはフィールドセールスの登竜門的な位置づけで、意思を持って残る人はほとんどいませんでした。なかでも、茂野さんはインサイドセールスとして際立って優秀で、コマーシャルビジネスのトップだった福田康隆さんにも認知されているような若者だったのです。
そんな茂野さんが「インサイドセールスに残りたい」と言ったとき、周囲は「なんでフィールドセールスにならないの?」とざわついていました(笑)。当時から「インサイドセールスを世に広めていくんだ」と語っていた茂野さんが、イベントの主催や書籍の執筆を通して実際にそれを体現していて――。本当に尊敬しています。
インサイドセールスの採用に「カルチャーフィット」が必須なワケ
――なぜいまインサイドセールス組織は必要とされているのでしょう。
鐸木 理由はふたつあると考えています。BtoBビジネスにおける購買体験が変わったことがひとつ。サブスクリプション型サービスの提供が増えたことでオンプレミス中心の時代よりも、購買するお客様にとってシステムやソフトウエアの導入ハードルは低くなっています。そして、販売者からするとセールスサイクルが以前より短くなり、顧客企業とのコンタクトが1部門だけで完結することもあります。一方、容易に導入できるサービスのなかには「Must Have」ではなく「Nice to Have」のものも多いため、短いセールスサイクルの中で、製品知識の深い人がお客様に「バリュープロポジション(自社だけがお客様に提供できる価値)」を訴求することが求められます。これを効率的に実現することと、インサイドセールスとの親和性が非常に高いのです。
ふたつめは人材育成の観点からです。即戦力のスーパースター営業の採用にはコストがかかりますし、組織の「チーム戦略」にすぐフィットするのかという意味でもリスクがあります。これは、プロスポーツの世界でも同じですね。将来を担うようなスーパースター人材を社内で育てるための育成機関としてもインサイドセールスが必要とされているんです。
茂野 加えて少子高齢化が進み、2065年には日本の労働人口力は4割減るという調査結果もありますから、さまざまな「働くかたち」を企業側もつくっていく必要があります。現在働くことができていない方の中には、介護や育児など家庭の事情を抱える方も少なくありません。インサイドセールスは場所にとらわれず柔軟に働くことができる職種で、書籍内でインタビューを掲載したベルフェイスの岡崎莉絵さんも、愛知県からフルリモートで働き、チームリーダーにまでなっています。若手はもちろん、あらゆる方に就業のチャンスをつくることができますよね。
オンラインの営業という観点からも、オンライン商談の浸透は日本の商習慣では難しいとも言われてきましたが、コロナ禍で状況は一変しましたし、大企業向けの営業すらオンラインで可能だということも証明されつつあります。
――まさにインサイドセールス組織の必要性を感じ、組織を立ち上げている方々はお悩みもいろいろあると思うのですが、本日はポイントを絞っておふたりが「インサイドセールスの採用」で重視していることを教えていただけますか。
鐸木 ひと言で言うのであれば、「ジョブフィットよりもカルチャーフィット」です。
茂野 インサイドセールスこそ、カルチャーフィットが重要だと私も思います。今でこそテレワークも増えていると思いますが、これまでは1日中会社にいることも多い仕事でした。社内でメンバーと顔を合わせる時間も、圧倒的に多いんですよね。
鐸木 経験上、ジョブフィットありきの採用は、同じようなキャリアを積んできた人が増えることで「同質性」が高まるんですよね。カルチャーフィットを重視すると、自然とさまざまなバックグラウンドを持った人が集まる環境になり、「グループダイナミクス」と言いますか、1+1はいくらにでも化ける――というチームになっていくと思います。ジョブフィットしていない人を採用するのは不安かもしれませんが、インサイドセールスという職種は非常に「トレーナブル」なんです。
茂野 「トレーナブル」、つまり育てやすい環境があるからこそ、多様な人材を得られます。さらに、インサイドセールスチームの中で育った人材が多様性を維持したまま、即戦力としてほかの部門に異動することが、組織全体のダイナミズムを高める原動力になるとも感じます。
――カルチャーフィットな採用を実現するために大事なことを教えてください。
茂野 普段から自分たちが何を大事にしているチームかを明示できているか、つまりカルチャーの言語化でしょうか。それさえできれば、カルチャーフィットする人材の採用につながります。
鐸木 Amazonは非常にカルチャーの強い会社でして、「リーダーシップ・プリンシプル」という行動規範があります。根底に、マネージャーでなくても全員がリーダーであるという考え方があり、「Customer Obsession(お客様へのこだわり)」や「Ownership(オーナーシップ)」などの14項目から構成されています。入社面接の際は、面接官1人ひとりがこのうちの2~3項目を担当し、面接者との対話の中で、候補者の方がAmazonが求めているような考え方や、行動指針に合うような経験をお持ちかを確認していますね。また入社後も、この行動規範に則り、業務を遂行することが求められます。
トレーニングで重要な「成長の可視化」 ルールはカルチャーのために
――「トレーナブルである」ということは、新人でも顧客接点をたくさん持つことができるインサイドセールスならではの点だと感じています。育成やトレーニングにおいて、おふたりが重視していることがあれば教えてもらえますか。
茂野 ひとつ、大切にしている言葉があります。「ルールはカルチャーをつくるためにある」。トレーニングもカルチャーを体現するために、どんなスキルが必要かを考えて設計しています。そうでないと、ルールを守ることが目的化してしまい、システマチックで息苦しいチームになってしまいますから。
「お客様中心」のカルチャーならば、お客様にいかに心地良い対応を行うことできるか、を中心にスキルを定義しトレーニングを設計していきます。土台に良いカルチャーがなければ、良いトレーニングはできませんし、人も育たないはずです。
鐸木 加えて、継続性や一貫性のあるトレーニングプログラムを用意することも重要ですよね。セールスフォース・ドットコムで茂野さんと一緒に考えたプログラムは、大学のように単位を取得しながらステップアップしていくものでした。企業の規模にもよるとは思うのですが、組織として人材育成にコミットする意味では、プログラム作成には専任者を置いたほうが良いと思います。
茂野 継続性のあるトレーニングプログラムをつくると、テンションやモチベーションを上げるという副次的な効果も得られますよね。インサイドセールスという仕事は、行動量が多いため生産性を高めようとすればするほどに、ルーティンワークらしくなってしまいます。
フィールドセールスに比べて成果が可視化されづらいため、「自分は成長してないのではないか」と錯覚してしまうこともあります。たとえば、見込み客からの商談獲得率が2%上がったとして、これは素晴らしい改善なのですが、インサイドセールス側からは自分の成長だと実感しづらいんですよね。「事例を覚え、こんなプロダクトも提案できるようになった」「この商材のトークがうまくなった」など、習得したスキルがパズルのように埋まっていくと、モチベーションも上がります。「成長の可視化」のためにも、トレーニングプログラムはぜひつくってみてほしいです。
――今後、インサイドセールスという仕事はどう進化していくのでしょうか。
茂野 書籍にも書いたのですが、いわゆる反響型のインサイドセールスであるSDR(Sales Development Representative)の仕事は少なくなるのではないでしょうか。インバウンドマーケティングがより浸透し、企業からのコンテンツ発信や、口コミサイトの勢いが加速していくと思います。購買側に情報が貯まっていきますし、チャットボットなども発達していくでしょうから、何もしなければSDRが担うべき役割はなくなるでしょう。そこで、SDRの一部が徐々に「CDR(Community Development Representative)」になっていくはずです。ユーザーコミュニティを支援したり、そこからつながって見込み客を獲得したりする存在です。
また、新規開拓を担うインサイドセールスである、BDR(Business Development Representative)の数は増えていくはずです。自社が価値を届けたいと考える企業それぞれに合ったコンテンツの提供やイベント開催などを行う存在として、さらに進化していくはずです。
鐸木 現在私は、法人向けの「Amazonビジネス」を民間企業に対して提供する営業部隊の責任者をしています。お客様の規模は、中小企業から大企業までさまざまです。営業はアートの側面とサイエンスの側面がありますが、一般的に大企業向けのセールスはアートの側面が強調される一方で、インサイドセールスはサイエンス重視の営業手法と位置づけられていることも多いです。インサイドセールス経験の長い私は、営業を「サイエンス中心」で捉えますし、データや数字をもとに戦略を組み立て、効果と効率のバランスを常に考えて行動しています。そして、この考え方は、大手企業と向き合うことが多い現在の仕事でも非常に役立っているんですね。
インサイドセールスの考え方は、これまで習慣を変えることが難しかった大企業を対象とした営業の世界をも変えていくと思っています。職種としてのプレゼンスも飛躍的に上がってきていますが、インサイドセールスを行わないとしても、インサイドセールスの経験や知見が役に立つフィールドはたくさんあります。インサイドセールスのDNAをどんどん広げていきたいです。
営業にこそ知ってほしい「インサイドセールス」の仕事
――SDR、BDR、インサイドセールスという名前がなくなったとしても、果たす役割は営業組織に不可欠なものとなりつつある気がします。
茂野 真面目にインサイドセールスに取り組んできた人は、数字に強くてオペレーションも早く、顧客志向で解像度が高い――どんな仕事でも活躍できると思います。昔、セールスフォース・ドットコムの社長だった宇陀栄次さんに「インサイドセールスチームは、トップセールスよりも、細かくて難しい仕事をしている」と言ってもらえたことがあって、そのときは嬉しかったですね。
鐸木 Amazonでは現在、大企業向けの営業組織でも「コールログ」などの詳細まで、しっかり記録しています。取り組み始めたころは疑問の声も上がりましたが、なんとか協力してもらいながらセールスプロセスの可視化を進めたことで、劇的にパフォーマンスがあがりました。
――インサイドセールスチームが活躍できれば、フィールドセールスにとっても良いことばかりに思えます。組織にデータが貯まり、営業の働き方も変わる。本書をぜひ読んでほしい人がいれば、最後にメッセージをお願いします。
茂野 書籍の告知をするnoteを書いたとき、インサイドセールスの人から「この本は、自社のセールスに読んでほしい」と言われてハッとしました。この2年間、SaaS業界を中心に浸透した「The Model」ですが、本当に大事なのは分業をすることではなく、職種間の「共業」です。そのために重要なのは相手の仕事を理解すること。比較的、日本では新しい職業であるインサイドセールスについて、営業担当者の方々が、細かく理解することはこれまで容易ではなかったと思います。
営業組織を強くしたいリーダーの方、売れる営業になりたい方であれば、インサイドセールスの仕組みを理解しておいて損はないと思います。実際に、セールスフォース・ドットコムの売れる営業は、インサイドセールスとの協業が上手でした。「いちばん投資すべきはインサイドセールスだ」という考えで、あらゆることを最初にインサイドセールスに報告したり、自分が持っている情報を全部インサイドセールスにインプットしたりしていたのです。インサイドセールスに取り組む皆さんはもちろん、営業組織に属する皆さまや経営者の方々にも、手にとっていただきたいです。
鐸木 インサイドセールスという仕事への理解がかなり進んだとはいえ、「テレアポだよね」と思っている方、組織をどうつくるべきか悩んでいる方も多いはずです。本書に記載されているのは、ひとつのモデルケースであって正解ではありません。それでも、セールスフォース・ドットコムという成長企業において脈々と受け継がれている素晴らしい仕組みを知り尽くし、ビズリーチのインサイドセールス組織を大きく飛躍させた茂野さんが書いた本書は、迷いを抱えている皆さんがインサイドセールスについて深く考える良いきっかけになると考えています。
――おふたりのインサイドセールスへの思いが伝わってくる熱いお話でした。本日はありがとうございました。