合意形成は絶対にAIに代替されない?
向井 営業が合意形成をリードすべき理由はわかりました。一方で、今はAIが進化している時代です。顧客もAIを使えば、社内説得のロジックや検討材料を簡単に揃えられるように思いますが、それでも営業の介在価値は残るのでしょうか。
原 実際、社内提案の骨子作成やリスクの洗い出し、導入効果のシミュレーションは、もはやAIに任せたほうが効率的です。こうした「情報の整理」や「合理性の判断」は、今後ますますAIに置き換わっていくでしょう。
しかし、最終的な「意思決定」までをAIに委ねる会社は、当面現れないと考えています。AIの判断に従ってプロジェクトを進めて失敗したとき、「AIが決めたことですから」という理由で、大企業が納得感のあるリスク対応ができるでしょうか。
向井 「責任の所在」をAIに求めることはできない。だからこそ、最終的な判断は、結局人間が担うということですね。
原 そのとおりです。そして、判断をするのが「人」である以上、その軸には、「この営業担当者だから任せたい」という、極めて人間的な感情が必ず介在します。
とくに「合意形成」のプロセスでは、立場も利害も異なる多くの関係者が関わり、個々の思惑が渦巻いています。そうした複雑な感情の糸を解きほぐし、間に入って「良い塩梅」の着地点を見出すような泥臭い調整は、人間にしかできないと考えています。
「御社」ではなく「あなた」に刺す。4つの階層で読み解く「ニーズの差しどころ」
向井 合意形成には、人の「感情」が大きく関わるというお話でしたが、原さんは、人は「理屈」と「感情」、どちらで先に動くとお考えですか。
原 圧倒的に「感情」が先だと思います。とくに多忙な意思決定層の方々は、緻密な資料を隅々まで読み込む時間をなかなかとれません。最初は「これ、なんか良さそうだな」と直感的に判断するのが、組織のリアルな実情です。
そしてその直感的な判断のトリガーになるのは、「他社の知人が薦めていたから」「社内の信頼しているこの人が持ってきた話だから」といった、情緒的な信頼に依存しているケースが非常に多いのです。

向井 今のお話だと、まずは感情を動かし、信頼という「クレジット」を得ることが先決ですよね。原さんはどんな工夫をされているんですか。
原 まずは「第一印象のマネジメント」の徹底です。身だしなみ、挨拶、立ち振る舞い、声のトーン。そこで「信頼できそうだ」という直感的な感情を芽生えさせられるかどうかで、今後の関係性も決まってきます。
その最低限のクレジットを獲得したら、「相手にとって自分は価値ある存在である」ことを早々に提示します。そこで私は、相手の立場やレイヤーに合わせて「ニーズの差しどころ」を見極めています。
向井 具体的にどういうことでしょうか。
原 私は、顧客のニーズを「法人格としてのニーズ」「部署・部門としてのニーズ」「個人としてのニーズ」「個人の裏ニーズ」の、4つの階層で捉えています。
4つめの「個人の裏ニーズ」が実は非常に重要です。たとえば、相手の部署としては「早急に課題を解決しなければならない」という表向きのニーズがあったとして、そこで、営業が「御社の課題を今すぐ解決しましょう!」と熱く正論をぶつけたとします。
しかし、目の前の担当者が「最近子供が生まれたばかりだから、検討工数や業務が増えるのは困る」という裏ニーズを持っていたらどうでしょうか。営業の熱弁は、相手にとっては「正論だけどまったく刺さらない」提案になってしまいます。
向井 数字が伸び悩む営業ほど「御社・弊社」という言葉を連発するのは、まさに「ニーズの差しどころ」を個人まで掘り下げられていないからでしょうね。一方で、数字を出す営業ほど、お客様を個人名で呼び、自分も名前で呼ばれている。「法人」ではなく「人」として相手と深い関係を築くことがやはり重要だと感じます。
原 そうした関係を築くためには、まずこちらから自己開示をし、時にはあえて格好悪い部分も見せながら、「この人になら本音を話しても良い」と思ってもらえる土壌を作ることも欠かせません。人として好かれ、信頼されて初めて、感情を動かす鍵となる「本音の情報」を預けていただける。この泥臭くも誠実な積み重ねこそが、合意形成の最短ルートだと思います。
