「育成ができない」からこそ、営業組織は忙しい?
──まず、営業組織の育成ついて、おふたりの視点から見えている課題を教えてください。
白須(チームスピリット) 昨年、SalesZineさんと共同で実施した「営業マネジメントと育成に関する調査」から、営業マネージャーが「育成の時間が確保できない」「営業が成果をあげるための専門組織(セールスイネーブルメント)がない」といった育成にまつわる課題を抱えていることが明らかになりました。
──尾形先生はどのようにお考えですか。
尾形(甲南大学) 日本企業の管理職・マネージャー職向けの研修が脆弱なことが、現場の育成にも影響を与えていると思います。入社したばかりの社員には、新卒であれ中途であれ、オンボーディング期間を設けて研修する企業が増えてきた一方で、マネジメント職への研修は不足している。

甲南大学 経営学部経営学科 教授 尾形真実哉さん
宮城県出身。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程を終了後、甲南大学経営学部に専任講師として着任。准教授を経て、現在、教授。現在、「新卒採用者の組織適応を促すオンボーディング施策」「中途採用者の組織再適応を促すオンボーディング施策」「育成上手の育成」の3つの研究テーマに尽力。著書に『若年就業者の組織適応-リアリティ・ショックからの成長』(白桃書房)、『中途採用人材を活かすマネジメントー転職者の組織再適応を促進するために』(生産性出版)、『組織になじませる力-オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』(アルク)。ほかにも、共著書籍、論文、コラムなど多数執筆
尾形(甲南大学) 現場で新入社員と接するマネージャーこそ、育成のノウハウを学んで身につける必要があります。そうでないと、オンボーディングやOJTは機能しなくなってしまうでしょう。人事が一生懸命でも、現場が社員を育てられなければ意味がありません。
マネージャーから「忙しくて育成の時間がとれない」という声を聞く機会も多いと思いますが、個人的には、「忙しいから育成ができない」のではなく、「育成ができていないから忙しい」のではないかと考えます。
育成という初期投資は、効果が出るまでにとても時間がかかります。しかし長期的な視点で考えると、社員が育ってパフォーマンスを発揮してもらえれば、マネージャーや管理職は楽になるはず。それができていないために、マネージャーが多忙で、育成の時間がないといった悪循環に陥っているのではないでしょうか。
これを変革するためには、人事も現場も管理職も、組織全体で育成の重要性を共有しなければなりません。
──「育成がうまくいかない」組織が、オンボーディングの前にまずやるべきことは何でしょうか。
尾形(甲南大学) トップを巻き込んでマインドセットを変えることです。経営層が育成の重要性を自分ごととして捉えることで、現場も育成にかじを切ることができるのです。
バランスは難しいですが、トップが短期的な業績を大事にする考え方だと、管理職や現場も業績を追うことに集中しすぎて、育成がおろそかになる傾向があります。
その場合、まずは人事や営業マネージャーは、エビデンスを持って経営層に働きかける必要があるでしょう。「これ以上人が辞めたらうちの会社は潰れますよ」といった危機感を持ってもらうことが重要です。
白須(チームスピリット) 過去私がいた組織でも、営業メンバーの退職が続き、トップが危機感を抱いたことでセールスイネーブルメント組織の設立に至ったことがあります。やはりコストもかかるので、経営層の意思決定や覚悟があってこそ実践できることですね。

株式会社チームスピリット Team Success Platform事業統括本部 統括本部長 白須礎成さん
大学卒業後、システムインテグレーターにて営業職、システム開発のPMに従事したのち、関連会社のシンクタンクに出向、サイバーセキュリティコンサルタントを経験。帰任後は自社サービスのプロダクトマネージャーを担当し、2020年より株式会社チームスピリットに入社。プロダクトマネジメント、プロダクトディレクター、製品開発本部長等を歴任した後、2025年4月より現職。
尾形(甲南大学) 管理職の評価制度も重要です。多くの日本企業は、業績を上げた人が管理職になるという評価基準。管理職の評価基準の中に「育成」が入っていないと、「自分は育成なんかやらなくてもいい」という軽視につながってしまうと思います。本来は、育成ができている人が昇進し、給料もアップする仕組みをつくるべきですね。
「育成上手」のノウハウを言語化して学ぶ
──管理職やマネージャーの育成力を高めるためには、どういった方法が考えられますか。
尾形(甲南大学) 今、新卒のオンボーディングにおける「育成上手」の研究をしているんです。人事の方に、360度評価も参考にしてもらいつつ、その会社で育成が上手い人を直感的にピックアップしてもらい、話を聞いています。
皆さんの企業でも、社内の育成上手の方の意識や教え方のノウハウを聞いて、それを管理職研修に取り入れると良いのではないかと思いますね。

白須(チームスピリット) 育成が上手な人は呼吸するように育成していて、どうしたらうまく育成できるのか、そのやり方は言語化されていないかもしれないですね。
尾形(甲南大学) そうなんです。これまで感覚的だった“育成”というものを言語化して「育成がうまい人はこんなことをやっているんだ」とわかれば、ほかのマネージャーも何かしらのアクションを起こしやすくなります。自分が良いと思っていたやり方が間違っていたことにも気づける。
ちなみに、育成上手の方の多くが「自分が楽になるために育てる」とおっしゃいます。そうすれば新人が勝手に成績を出してくれて、自分の時間が増える。自分自身のために育成している感覚の方が多いんですね。「育成に時間をとられる」のではなく、「育成することで時間をつくる」。このマインドはどの組織の育成にも必要だと思います。
──そのほかに、育成がうまくいく組織に重要な要素はありますか?
白須(チームスピリット) 職場の雰囲気も重要ですよね。
尾形(甲南大学) そうですね。結局、職場の雰囲気が良ければ新入社員も自然になじみます。現場でわからないことがあったらすぐに聞くことができて、上司や周りの社員がサポートしてくれる環境であれば、究極は人事が何もしなくても現場に配属するだけで良いはずです。職場全体でみんなが育てようという雰囲気があることが大事です。
白須(チームスピリット) 管理職の意識を変えるのは本当に難しい課題だと思います。現場で試行錯誤してきた人でも、管理職になってからはそういった学び直しの機会がなく、成功体験に従ってマネジメントをしている場合も多い。

尾形(甲南大学) おっしゃるとおり、管理職のアンラーニングは重要です。
そして、その雰囲気の醸成に必要なのは受け入れる側のアンラーニングです。もちろん、中途入社した人は新しい環境では従来のやり方にこだわらず、今の会社に合わせる必要があります。ですが、重要なのは既存社員側も、新しい社員のカルチャーや価値観を考慮して環境を整備しなければならないということです。
白須(チームスピリット) 新人側が、「受け入れられている」と感じられることはオンボーディングの第一歩として重要ですね。
尾形(甲南大学) コロナ禍で就職した学生に話を聞いたところ「会社の一員になった気がしない」と嘆いていました。
長く定着してもらうには、職場の一体感や愛着を醸成できると良いですね。それは同じ場所で働いて、喜びをわかちあう中で醸成されるもの。テレワークだと、そこが難しい。そう考えると、とくに新卒の社員が入った最初の3ヵ月だけは、チームで出社して働くなど工夫して環境を整えられると良いでしょう。
テクノロジーを活用して、暗黙知を見える知識に
──組織づくりや育成においても、テクノロジーの活用は不可欠ではないかと感じます。どのようなポイントで使っていくと、より効果的でしょうか。
白須(チームスピリット) 尾形先生が提唱されている「中途採用者の組織再適用課題克服のポジティブ・スパイラル」のうち、「スキルや知識の習得」「暗黙のルールの理解」「人的ネットワークの構築」の領域において価値を提供できると考えています。チームスピリットが現在開発中のイネーブルメントソリューションでは、中途採用者の確実な早期立ち上がりを目的とした知識・スキルの習得を支援するだけでなく、将来的には組織内の日常的コミュニケーションから、暗黙知やルール、Know-Whoの情報を抽出し、業務に必要な定型・非定型の知識や情報の獲得に役立てるソリューションにしていきたいと考えています。

白須(チームスピリット) また、今後もテレワーク環境での組織運営は当たり前になるため、抽出された知識を蓄えたチャットボットがあると、現場も楽になるでしょう。新人はわからないことをまずチャットボットに聞いて、それでもわからなければ周りの人に聞く、という仕組みがあれば、忙しい現場でもお互いハッピーに育成が進むのではないかと思います。
尾形(甲南大学) 仕事の進め方に関して暗黙のルールを抱えている企業が多いため、中途社員の方も苦労するんですよね。それを言語化してマニュアル化するにあたって、チームスピリットさんが提供されるテクノロジーが役立つと思います。
また、社内に蓄積したデータを分析して、中途入社のオンボーディングの何に課題があるのかを導くこともできると感じています。課題の傾向があると思うので、そこから効果的なオンボーディングの施策を立案することも、生成AIを使って容易にできるでしょう。
これは非常に効率的なやり方なので、今後広まっていくと思います。一方で、この方法だとあまりにも人間味がなく、「本当に育成はそれでいいのか」と疑問に思う部分もあります。働くうえでは人間的なつながりが大事になることも多い。そのバランスは気をつける必要があるのではないでしょうか。

──最後に、読者に向けてメッセージやアドバイスをお願いします。
尾形(甲南大学) 中途採用の社員に対して、マネージャーは「経験者だから、任せてあげよう」という、距離をとる態度になりがちです。しかし、中途入社こそ積極的にコミュニケーションをとっていく必要があると私は思います。オンボーディングにおいて重要な「ウェルカム行動」を意識して働きかけるべきでしょう。
もっとも大事なのは、「今働いている人に、活き活きと働いてもらう」ことです。そうでないと、新しく入ってきた社員も活躍できません。若い世代の離職理由をインタビューしていると、5年先輩の疲弊した姿を見て「今後ああいうふうになるのは嫌だと思って辞めた」という声が多いんですよ。
逆に言えば、先輩や管理職がみんなかっこ良く働いていたら、「自分もそうなりたい」と前向きに仕事に取り組めるはずです。特別な策を打たずとも、自然と成長して長く働いてくれるでしょう。これを「活き活きスパイラル」と呼んでいます。
ですから、会社はまず管理職や、今現場で働く人が、幸せに働けているか。そのための充実したサポートが整っているか、という視点で組織を見直す必要があると思います。組織の魅力づくりこそ、最高のオンボーディングです。

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