イネーブルメント成功の鍵は
営業トップの号令と責任あるオーナーアサイン
――あらためてセールス・イネーブルメントの定義を教えてください。また、御社がイネーブルメントを支援する企業について、傾向などがあればお聞かせください。
まずセールス・イネーブルメントとは、「持続的な営業成果創出のための組織・人材変革」のことです。「Enablement」は「何かができるようになる」という意味で、営業担当者が“成果創出に必要な行動”を“できるようになれば”最終的な組織の成果に結びつく。その仕組みをつくることと言えるでしょう。
たとえば、私たちが支援するセールス・イネーブルメント導入企業の主なテーマについては、大きくふたつの傾向があります。ひとつは中途採用を積極的に行っている急成長中のスタートアップ企業などに多く、入社後すぐに立ち上がってもらうことを目的とした「オンボーディング」です。もうひとつは、エンタープライズ系の企業に多く、既存領域は維持拡大しつつも、新しい商品や領域で成果を出すために「営業スタイルを変革する」というものです。昨今は当社の顧客に大手企業が増えたこともあって、後者のほうが多い印象がありますね。大きな組織は取り組みに時間を要し、その分結果のインパクトも大きいため、強い危機感をお持ちなのではないかと推測しています。とはいえ、組織規模が小さくてもイネーブルメントに取り組まれている企業もお見受けしますから、まずは自組織において有効な進め方をご検討いただくことを推奨します。
――セールス・イネーブルメントに取り組もうとする企業がつまずきやすいポイントと、その解消のために必要なことについてうかがえますか。
まずひとつめは、マネジメント層のコミットメントですね。営業のトップによる号令は、本当に重要です。それによって「中長期的にイネーブルメントの仕組みを取り入れる」と理解した組織には、ドライブがかかりますが、単なるトレーニングという文脈で「今までと変わらない」と受け取られると、ゆくゆくつまずくことになりかねません。そして、もうひとつが、イネーブルメントを推進する担当者を、「責任あるオーナー」として置くことです。それができないと、空中分解をしてしまう恐れがあります。
いずれもはじめは難しく感じるかもしれませんが、その際にはまずはスモールスタートで行うことが有効だと思います。ただし、トレーニングだけ、アセスメントやコーチングだけ、と一部の施策を行うのではなく、範囲は小さくて良いですから、プログラムを一巡させて効果を検証することが大切です。それを見て、自社にフィットしそうだと判断できたら、トップもメッセージを発信しやすくなり、力のある方をプロジェクトオーナーとして配置しやすくなるでしょう。
営業育成のアプローチの大きな転換
4つの視点を変化させよう
――イネーブルメントに取り組む組織は、結果的に営業育成のアプローチを大きく転換することになると思います。視点を変えるべきポイントを教えてください。
大きくは4つあると考えています。ひとつめは、「自社起点から顧客起点に」変えることです。前提として、イネーブルメントの大目的は“持続的な成果創出”です。その成果はお客様から得られるもの。営業活動は、お客様の意思決定プロセスそのものであり、その流れに整合させることが必須となります。私たちも営業フェーズを前進させるために「スキルマップ」の活用を提案していますが、自社視点ではなくお客様視点でフェーズを前進させるために必要な行動や知識・スキルを身につけることで、成果につながると考えています。つい「会社として何に取り組むか」と考えがちですが、「お客様の行動を変容するためには何をすべきか」と再定義・再認識するだけでも、必要な知識やスキルが変わる可能性があります。この顧客起点が腹落ちできていないと、どんなにトレーニングを行っても、「会社のため」が強化されるだけになってしまいます。
ふたつめは、顧客起点に基づく営業プロセスを組み立てたら、「育成=属人」ではなく「データドリブンなもの」だと意識変革をすることです。もちろんOJTも大切で残っていくと思いますが、加えて「データを活かす視点」が必要です。たとえば、マネージャーが「飛び込み営業を毎日50件やって得た知見・経験」を持っていたとしても、昨今のように相手に会えない時代では活かすことができません。当然ながら育成テーマにも属人的なバイアスがかかる可能性があります。しかもそのバイアスが大きな組織で人数が多ければ多いほど大きく影響してしまう。
ここを見誤らないためには、ひとつめで定義した「顧客起点のプロセス」ごとに客観的な“データ”をしっかりと分析することが重要です。そこから改善すべきは「ヒアリング」か、「クロージング」なのかと課題を捉え、打ち手を考えることが大切です。さらにプロセスに紐づくスキルを数値化・可視化することでメンバー自身の強み弱みを客観的に捉え、マネージャーとの1on1などで認識をすり合わせることができます。それが叶えば、マネージャーも感覚値ではなくデータに基づいたアドバイスができるようになるでしょう。「何を育成すべきか=What」の標準化ができれば、属人的なバイアスや誤差は解消され、「どう育成すべきか=How」に注力することができます。
――「どう育成力を上げる」か、そこにも視点を変えるポイントがありそうですね。
まさにそれが3つめです。営業教育は「全社共通プログラム」ではなく、より「営業に特化した実践的なプログラム」に変えるべきでしょう。産労総合研究所の2019年の調査によると、キャリア研修、幹部研修など、人事主体の教育かつ全社に共通したテーマと比較すると、営業実務に特化した教育は想像以上に優先順位が低く、営業育成は現場任せのOJTメインとなりがちです。しかし、営業力を高めるには、営業シーンごとの成果につながる実務的なトレーニングが必要です。たとえば、フィールドセールスだけでなく、インサイドセールスでも、「明日から実践できるコールの仕方」や「ナーチャリングの仕方」など実務で使えるイネーブルメントプログラムが求められています。これら営業用の教育・研修の提供者を「人事部門主導からイネーブルメントの専門チーム」に変えること、それが4つめに意識すべき変更ポイントになります。
“育成スキル属人化”からの脱却
見直すためのふたつのコーチング
――4つの視点変革を意識することで、セールス・イネーブルメントを実現していくわけですね。これまで営業の属人化は問題視されてきましたが、“営業教育の”属人化を解消することが鍵であることがわかりました。
そうですね。当社としてはとくに“人の行動変容”による営業の属人化の解消に貢献できればと思っています。たとえば、当社が提供する「Enablement App」を使うと、営業で成果を創出するための、営業プロセス、スキル、ナレッジのつながりが体系的に整理された「スキルマップ」で営業メンバー個々人の強み・弱みを可視化でき、それらをガイドにコーチングできるようになります。
データにより育成課題が正しく抽出されていれば、「今度の提案ではここをヒアリングしてみようか」というように具体的かつ、1人ひとりに合わせたアドバイスが可能になるわけです。スキル標準化や早期成長が期待できるうえに、マネージャーがそのためにどう対応したか、どんな内容でアドバイスしたかも併せて記録でき、育成による変化も追うことができるため、育成の効果検証が可能になります。マネージャースキルマップも標準搭載されており、「What(どのスキルを)×How(どのように身につけさせるか)」の繰り返しで、マネージャー自身も育成力を高められます。もちろん、育成のヒストリーを見ながら、次のマネージャー候補などの検討材料とすることもできます。
このように、イネーブルメントにはマネージャー育成の側面もあり、当社ではマネージャー向けプログラムの提供もおこなっています。イネーブルメントの成功に不可欠なのはやはり現場の協力ですが、特にコーチングの質は大きく影響します。SFAなどで商談状況を見て、部下に数字の達成を促す「商談コーチング(Deal Coaching)」や「商談をどう前進させれば良いのか」という疑問に応えるための「営業スキルコーチング(People Coaching)」などコミュニケーションの使い分けが肝要ですが、ここもやはり属人化しがちです。コーチング力の向上をはじめ、マネジメントスキルの標準化もイネーブルメントの重要なテーマです。
また、育成というと人事部門が担うイメージがあるかもしれませんが、人事とイネーブルメントチームはコラボレーションしながら育成を進めることができ、まさに「マネージャー育成」は両者が重なり合う部分です。現場に近い課長などファーストラインはイネーブルメントに近く、営業部長、本部長となると実務より経営幹部としての育成が必要で、サクセッションプランとして人事が担当することになるでしょう。そこで、人事とイネーブルメントがシームレスにつながるよう協業する必要があると思います。そのうえで、課題の固有性を見極め、育成を担うのが人事部なのかイネーブルメントチームなのか、自社の事情に合わせて役割を振り分けると良いでしょう。
イネーブルメントチームに必要なのは
「自らプログラムをつくる力」
――営業組織の改革と持続的な成長という観点で、イネーブルメントの重要性がわかりました。効果的なイネーブルメントを実現させていくために、チームが担うべき役割や任せる人材の考え方についてお考えをお聞かせください。
冒頭にも申し上げましたが、イネーブルメントのオーナーは、取り組みを成功させるうえで非常に重要です。具体的にどういうメンバー、どういう要素が必要なのか。イネーブルメントのステージによって求められるスキルも変わりますが、もっとも重要なことをひとつだけ 挙げるとすれば、「スキルを体系化・標準化できるスキル」、つまりプログラムをつくる力を持っていることだと思います。たとえば、とある成功事例があっても、それを真似するだけでは意味がありません。何がどう良かったのか、多角的に分析、体系化し、プログラムに落とし込むこと、かつそれをスピーディにできることが理想的です。コンサル出身の方も多いですが、社内の企画部門にも得意な方が多いはずです。
そして、「イネーブラー」が率いるチームにとってもうひとつ重要なのが、育成投資のROIを測定し、意識し続けることです。そもそも営業組織の持続的な成長のために営業成果に連動したKPI設計を必要としているなら、イネーブルメントについても当然ROIは測定されるべきと言えるでしょう。つまり、やりっぱなしにするのではなく、行ったことについてきちんと成果が得られ、イネーブルメントに投資効果があったか検証する必要があるということです。従来難しいとされていた育成データの可視化ですが、Enablement Appでは成果と育成に関するさまざまな数字を取得し、分析できるようになっています。たとえば、営業のあるべき姿と現状のスキルギャップや育成施策による変化を可視化するスキルマップにはじまり、アセスメントデータやコーチング履歴、育成課題に則したトレーニングの学習状況などを一気通貫でつなげることで、育成の「PDSサイクル」の実現に貢献します。
――最後に、Enablement Appの機能追加の予定や、R-Square & Companyおよび山下さんが企業のイネーブルメント支援について構想している展望をお聞かせください。
イネーブルメントのファーストステップとしては、やはりスキルマップの整理が最重要だと思います。とはいえそれが難しいというお声をいただくことが多いので、どのような営業組織でもスピーディに一定のスキルマップを整備・展開できるような支援やソリューションを提供できればと考えています。具体的にはEnablement Appにさまざまなタイプのスキルマップを標準搭載していく予定で、直近ですとソリューションセリング/インサイドセールス/オンボーディング/マネージャー/カスタマーサクセスの5つの領域については、2022年2月に実装済みです。
機能拡大の背景には、日に日に重要性を増す「レベニューイネーブルメント」への対応もあります。これまで、成果(売上)=フィールドセールスという文脈でとらえられがちでしたが、近年はインサイドセールスやカスタマーサクセスも、成果を最大化するファンクションとして認識されつつあります。そこでEnablement Appではフィールドセールスだけでなく、インサイドセールス、カスタマーサクセスにも対応できるよう支援対象を広げています。また、イネーブルメント成功の要となるマネージャーの皆さまがより効果的・効率的な育成支援が可能となるよう「ラーニングポータル機能」も強化しています。職種ごと、役割ごとに最適なイネーブルメントプログラムをご提供できるように、お客様の声を反映しながら細やかな機能拡張・強化を継続的に行っていきたいと思います。
――最後にセールス・イネーブルメントに本気で取り組むリーダーにメッセージをお願いします。
イネーブルメントは属人的かつ分断しがちだった営業教育から脱却し、成果が出せる有効なアプローチだと思います。ぜひとも組織を強くする選択肢として検討していただければと思います。そのうえで、継続的な営業成果につなげられるよう、変化させるべき4つの視点を意識しながら進めてください。とはいえ、実際に取り組もうとすると、かなり壮大な取り組みだと感じられるかもしれません。リーダーのための武器は揃っていますから、お気軽にお問い合わせください。「ハードルが高いのでは」と焦りすぎず、一歩を踏み出していただければと思います。
――ありがとうございました!