「誰が教えても一定のレベルまで成長できるプログラム」をデザイン
――安田さんの現職に至るまでのキャリアについて教えてください。
キャリアの大半が外資系のIT企業です。大手パソコンメーカーの営業職からスタートし、営業マネージャー、マーケティングを経て、中国の大連でバックオフィスのマネジメントを経験しました。帰国後、米広告代理店のグループ会社でカントリーマネージャーとして日本チームを立ち上げ、次のキャリアでも外資系IT企業の日本チーム立ち上げに携わり、セールスフォース・ドットコムにジョインしました。
入社直後は社員数15名以下の小規模企業向けの営業チームのマネージャーを担当していました。加えて、当時は会社の規模が今ほど大きくなかったこともあり、今思えばかなり難易度の高いお題だったのですが、首都圏以外の従業員数4,000人までの企業の領域を担当することになりました。
首都圏以外の地域を担当する営業部門は拡大期のタイミングだったため、新しいやり方に比較的自由にチャレンジができる環境に身をおくことができ、それが今の役割に活きていると思っています。全国各地で、クラウドで地域創生を進めるパートナーや影響力のある地元企業や大学、銀行の方々と連携し、DXの必要性や社内推進の仕方などを伝える勉強会を開催しました。営業チームを形作り、メンバーを育てながら、営業現場の経験を中心にセールス・イネーブルメントの方法論を開発していったのです。
――セールス・イネーブルメントは、これまでの人材育成とどう違うのでしょうか。
人材育成の目的は結局のところ、お客様に向き合う現場での「できない」を「できる」に変えることです。そのため人事部門による全社員共通研修のあと、実態としては現場のメンターが自分も営業活動を行いながら人材育成を任されることが多いと思います。しかし私の経験上、チームが20名以上になると、このやり方では間に合いません。多様な考え方や製品知識が必要になる中で、営業部門の中だけに閉じると発見がなくなってしまったり、教わる相手ややり方によっては得られるスキルにばらつきが出てしまったりする可能性もあります。
これに対してセールス・イネーブルメントは、誰が教えても一定のレベルまで成長できるプログラムをデザインする役割です。効果的に学習を進めるための順序や深さ、結果につながっているかどうかのモニタリングまで含めて、人材育成を専門的に、かつ属人化せず進めるにはどうすればいいかを追求しています。
――現在、セールス・イネーブルメントの組織がカバーしている業務の全体像について教えてください。
セールス・イネーブルメントの組織はふたつのチームに分かれています。ひとつは、研修の実施や運用を担当するフィールド・イネーブルメント。もうひとつは、集めたナレッジを汎用的な方法論に変えていくCoE(センター・オブ・エクセレンス)です。CoEでは米国の本社と連動して販売戦略を理解しながら、研修プログラムなど学習のためのコンテンツをつくっています。中途採用や新卒入社の方への研修はもちろんですが、マネージャーを育成するリーダー・イネーブルメントにも注力しているところです。
さらに、イネーブルメントテック(Enablement Tech)の活用も重視しています。これは学習したものが実際どれくらい営業成果につながっているかを可視化し、分析する取り組みです。教えて終わりではなく、次の新しい学び方の方法論や、それらをより効率よく進めるためのテクノロジーを考え、体系化していくことをミッションとしています。
"会社のコアバリュー実現のために何をすべきか"を個人の行動につなげていく
――継続的なセールス・イネーブルメントを推進するためには、専門の人材確保も必要に思えます。「イネーブラー」育成はどのようにすすめていらっしゃいますか。
イネーブラーのバックグラウンドは大きく分けて2種類あります。ひとつは、その人自身に営業経験があり、キャリアパスとして教育する側の経験を積みたいと考える人。もうひとつは、人材開発コンサルティングなどの領域を経験し、社外からジョインしてくる人です。前者は営業現場やお客様の気持ちを理解した細かいフィードバックに強みがあり、後者は人材開発を体系的に学んだアカデミックな視点に強みがあります。
異なる強みを育成に活かしている一方、営業現場からはイネーブルメントへ幅広い要望をもらいます。このとき、イネーブラー側の視点や内容にムラが生じていると、中長期的には懸念になりうるとも考えられました。そこで現在は、基礎的なオンボーディング(入社から立ち上がりまで)を専門的に行うチームと、その先の育成を担当するアドバンストチームに分け、それぞれの専門性をより明確につくることによって「イネーブルメントにおけるイネーブラーのキャリアパス」を仕組み化しようと考えています。
――セールス・イネーブルメントの取り組みにおいて、自社で提供しているSalesforceのシステムをいかに活用しているのでしょうか。
前提としてセールス・イネーブルメントの取り組みの起点は、SFA/CRMの中にある「営業活動にまつわるデータ」です。なぜなら、イネーブルメントの貢献を測るものは「社員がどのような時間軸で成長し、営業成果を出したか」という育成プロセスと結果のつながりを見る定量的なデータだからです。
当社では取り組みの一例として、この10年間に入社した数百人の営業担当者の活動データをすべて、「Tableau CRM」で分析し、KPIの達成状況がどのように変化しているかを可視化しました。現在は、社員の成長スピードごとにグループを分けたり、それぞれのグループで各KPIの達成状況がどう推移したかを分析したりすることが可能になっています。この定量的な情報と、日々マネージャーがモニタリングしている現場の定性的な情報を掛け合わせることによって、個人の強みや経験、レベルに応じた適切な育成ステップで成長できる仕組みが実現できています。
補足:Tableau CRMの分析
ひとつの丸がひとりの営業担当者。縦軸が営業成績、横軸が社内大学の単位数。1は受講数が少なく成績も出ていないため要継続学習、2は受講しているが成績に結びつかない要実践力向上、3は受講数が少ないが成績が出ている天才もしくはまぐれ、4が模範的営業。トレーニングを受けた数と営業成績が相関しているのがわかる。入社時に1だったメンバーが4になっていくのが理想的。
さらに、お客様にも提供しているセルフラーニングツールを「myTrailhead」として自社内でも活用しています。コンテンツを読んだり聞いたりしてインプットするだけでなく、テストなどを通して着実にランプアップ(実力強化)できるのが特徴です。現在テスト中ですが、トレーニングだけでなく次のTo Doを指示することができる機能の自社内の活用を始めています。「このカリキュラムを受講したら上長にこれを提出してください」など、インプットからアウトプットまでをガイドするものです。
――セルフラーニングがうまく回る文化は、どのように醸成しているのでしょうか。
当社には「Trust」「Customer Success」「Innovation」「Equality」という4つのコアバリューがありますが、トップがこれらのコアバリューを日頃から言葉にして伝えることで、セールスフォース・ドットコムという企業が何のために世の中に存在しているかをブレることなく意識し続けることができています。
さらに、この会社のコアバリューを1人ひとりの目標設定や進捗管理につなげる考え方として浸透しているのが独自のフレームである「V2MOM」です。これは「Vision」「Value」「Method」「Obstacles」「Mesurement」の頭文字をとったもので、V2は会社の哲学、MOMは個人の具体的な取り組みを指しますが、これらをひとつながりで考えることにより、個人の取り組みからいつでも会社の軸に立ち戻れる仕組みになっています。
このV2MOMは、私たち1人ひとりの社内SNSのプロフィール画面にも表示されているため、世界各国の拠点のメンバーと話すときにも「この人は会社のコアバリューを実現するために、何を頑張っている人なのか」をすぐに知ることができ、良いコラボレーションにつながるんです。
目標だけなく、普段から1人ひとりの活動が可視化されているため、他のメンバーに対してごまかすことができないんです。ごまかせないというと息苦しく感じるかもしれませんが、成功も失敗も正々堂々と発信して共有することが信頼関係を生み、組織で目指すところに向かってそれぞれが決めたことをきちんと遂行するという当たり前のことにつながっています。
動画学習への投資を加速 変化を恐れず失敗を推奨する環境づくりを
――すべてをオープンにするということが、逆に安心感につながっているんですね。
そうですね。コロナ禍の顔を合わせられない状況では、何をやっているかがクリアに見えること自体が互いの安心につながると考えています。特にマネジメント層にとっては、リモート環境下で部下の営業活動を理解することは必須です。実際、マネジメント研修では必ず「部下のカレンダーを毎日見なさい」と言うのですが、スケジュールを見ると、効率の良し悪しや指導すべきポイント、場合によってはメンタルの変化にも気づくことができるんです。
とはいえ、かつてのオフラインコミュニケーションに価値があったたことも確かです。すべてがオンライン化される時代に、データ化や可視化の必然性が高まったとも言えますが、正解はありませんから育成やマネジメントの新しいやり方は常に模索し続けなくてはいけないと考えています。
一方、ビフォア・コロナから取り組んでいてよかったことのひとつが、「Enablement TV」という動画学習プラットフォームの提供です。昨年から本格的に始め、知見やコンテンツもたまっていたため、そこにコンテンツを乗せていけばいいという状況が整っていました。投資もしっかりしてきたからこそ、結果的にセールス・イネーブルメントのプロセスもコロナ禍で速やかにオンラインに移行でき、採用や業績も大きな影響を受けることなくここまで来ることができました。動画学習は、好きなタイミングで繰り返し見て、真似をしながら吸収することによって効率的にスキルを身につけられるという特徴があり、今後も投資をして強化する予定です。
――最後に、セールスをとりまく環境が大きく変化する中でチャレンジしようとする組織にメッセージをお願いします。
お客様からも「いつ元に戻るかな」という声をいただくことがありますが、コロナ以前の状況に戻るバック・トゥ・ノーマルはないと考えたほうが良いと思います。戻らないと思って変化を受け入れ、自分たちが変わっていくほうが、結果的に効率も良いはずです。
そして、失敗を推奨する環境をどんどんつくってほしいですね。失敗を責めたり、失敗によって評価が下がったりというプレッシャーがある環境では、イノベーションは生まれません。実際私がお会いしてすごいなと思う企業は、トップの方が「どんどん失敗しなさい」ということを自ら発信されています。
おすすめの方法は、スローガンなどの言い続ける言葉をまずは決めること。そして、その言葉を実践する行動を同じく決めます。それをどのくらいの頻度で口に出すか? 行動して見せるか? を決め、毎朝、毎夕と時間を決めて記録するんです。3ヵ月続ければ、必ずそれがカルチャーに変わり、組織が変わった実感を持てると思います。誰も正解をもっていない中では、失敗から正解の道筋をつくる以外に方法はありませんから。
――組織の継続的な成長を実現するセールス・イネーブルメントを進めるために、明日からマネージャーが意識すべきことのヒントが得られたと思います。ありがとうございました!
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