自分たちの考えるカスタマーサクセスは「虚構」に過ぎない
高橋 サービスの広がりをおうかがいすると、顧客や事業アイディアについて語る場所があることの重要性を感じますね。カスタマーサクセス部として、具体的にどのようにお客さまに対する理解を深めていかれているんですか。
熊倉 いくつか段階があります。サービスのローンチ前に市場調査は当然やりますし、必要があればユーザーインタビューも行います。ここまでは月並みで、その先が大切だと考えています。
というのもわれわれが考える「カスタマーサクセス」というのはどこまで行っても虚構に過ぎません。しっかり調べてローンチしてもなお、本当にニーズがあるかはわからないという前提に立っています。
「お客さまの解像度を高める」ことは大事なのですが、仮説に固執してはいけない。活用データを見て、実際の声を聴く。そんなプロセスを経て初めて本当のお客さまの姿にたどりつくことができます。
高橋 誤ったお客さまの姿をイメージしてサービス開発に突き進んでしまうのはよくあることですね。そうならないための工夫はありますか。
熊倉 銀行は伝統的に頭でっかちなんですよ(笑)。「資産運用とはこういうものだから、お客さまはきっとこんな悩みを抱えるはずだ」とか、固定観念をもとに論理的に考えようとする人が多い。でもそれが正解ではないケースもたくさんあります。そういう意味でも銀行員だけで考えるのではなく、多様な視点を取り入れながら価値を創造する、つまり共創する必要があるんです。
顧客体験に詳しい人たちと組むことも重要だと考えています。さまざまな立場の人々の意見を尊重し、引き出すことがわれわれには必要です。どんなに良いパートナーさんと組んだとしても、本音で意見を言ってもらえなければ意味がありません。受発注だけの関係ではなく、銀行として責任をとりながらも「みんなで一緒にやっていく」対等な立場をつくることが大切です。
高橋 なるほど。また熊倉さんの部署では「アジャイル」というキーワードを掲げていますが、アプリのアップデートもかなり頻繁に行っている印象があります。顧客に必要な機能やアップデートはどのように見極めていますか。
熊倉 ビジネスの成功要因と同じで、「何を捨てるか」という軸で判断をしなくてはいけないシーンがあります。すべてのお客さまの課題をじっくりかなえようとすれば、要件定義からリリースまで大量のコストと時間がかかります。
本アプリは最大公約数に対してアジャイルにリリースし、改善すべきところを修正していくスタンスで挑みました。この点においてもいろいろな部署から独立してお客さま起点で議論をし尽くせる環境でスタートした点が良かったと思っています。
たとえば、お客さまになるべく少ないタップ数でアプリを使い始めてほしいと考え、当初はOCRでキャッシュカード番号を読み取る機能をリリースしました。しかし、よく考えると入力する数字は「7桁」のみかつ、OCRの読み取りの難易度が案外高くエラーが起きやすい。取り組むべき課題の優先順位を考えた結果、5ヵ月でその機能は停止しました。
この「やめる」という判断もこれまでの銀行では難しかったことだと思います。もちろん当初は不安もありましたが、実行した結果、良い数字が出るようになる経験を積み重ねていくうちに文化になっていきました。こういうときに「良い勉強になった」「ナイスチャレンジだった」という言葉が若手から出てくるようになったのも嬉しいことですね。