デジタルはもはや「活用するもの」ではない
――まずは自己紹介をお願いいたします。
藤井(ビービット) ビービットの執行役員CCOと東アジア営業責任者を兼務しています。ビービットの現在の事業軸は、UXコンサルティングと「USERGRAM(ユーザグラム)」というSaaSのふたつです。UXの改善が外注するものではなくなっていく流れの中で、そのためのトレーニングが可能なツールとして「USERGRAM」を提供しています。
梶原(NTTコミュニケーションズ) 私はNTTコミュニケーションズの法人営業として、主に金融業界向けのプリセールスを担当してきました。カスタマーエクスペリエンス(CX)とエンプロイーエクスペリエンス(EX)の両軸で、体験を改善・向上させるソリューションを提案しています。つまり、向き合うお客さまだけでなく、その先にいる消費者や従業員の方の体験までを見据え、BtoBtoXで言うところの「ミドルB」のお客さまに対して、モノを売るのではなく一緒にサクセスを実現していく立場です。
笹谷(NTTコミュニケーションズ) 私はAI推進部門のエンジニアとして法人営業とともに、データを活用しながらお客さまに新しい価値を提供するための技術計画やサービス計画を構築しています。
――日本の大手企業のセールスDXについて考える本連載ですが、今回のテーマは「OMO」です。藤井さんは2019年に上梓された『アフターデジタル - オフラインのない時代に生き残る』(日経BP)のなかでOMOを「オンラインとオフラインを融合し、一体のものとした上で、これをオンラインにおける戦い方や競争原理と考えるデジタル成功企業の思考法」と定義されています。この「OMOの思考法」を会得するにあたって日本の大手企業はどのような課題を抱えてきたのでしょうか。
藤井 デジタルの原理は大きく三段階に分かれます。PCインターネットの時代、モバイルインターネットの時代、そしてOMOの時代です。メルカリやスマートニュースなどの先進企業はOMOの時代へと移行しつつありますが、日本の大手企業におけるDXやデジタル化の捉え方は、PCインターネットの時代のロジックから変わっていません。つまりリアルの世界にいる消費者が、ときどきPCの前に座ってデジタルを使ってくれるという時代の考え方から脱却できていないんです。
実際には、モバイルは日常空間に偏在しています。たとえば、ペイメントアプリやタクシーアプリとして、デジタルなのかリアルなのかわからないようなかたちで生活の中に存在しているわけです。今やデジタルは前提として捉えるべきものであるにもかかわらず、日本はまだ付加価値やおまけ、活用する対象として見ている状態です。まずはそこを変えないといけないと考えています。
――コロナ禍以降、「活用する対象とする」から当たり前へと少しずつ変化し始めた部分もありそうですが、金融業界と向き合ってきた梶原さんは、近年の「顧客の行動の変化」をどのように捉えていますか。
梶原 我々が直接向き合う「ミドルB」のお客さまの購買行動はオンライン中心に変化し始めています。コロナ禍でリモートワークが普及し、お客さまとの物理的な接触が減ったこともあり、これまで営業担当者が対面で提案していたようなことを、お客さまは自ら調べています。お客さまは選択肢が広がり、かつスピーディに検討から調達まで進められるわけですから、我々のような旧来の企業はそのスピード感に対抗する必要があります。購買行動というよりは、入り口が変わってきている印象です。
お客さまとその先のユーザーとの間では、新しいあるべき姿を模索しているような印象があります。しかし、とくに金融業界は法規制が多く、会話や商談自体はデジタル化できても、最終的には書面の契約が必須ということも少なくありません。あるべき姿を模索しつつも、外的要因の多さからフルデジタル化の決断ができずに課題を抱えているお客さまも多い業界だと思います。
「カスタマーサクセスから考える」は当たり前に
――藤井さんから見ても、BtoBの購買行動は変わってきていると思いますか。
藤井 近年は情報の価値に差がつかなくなってきています。これまでは営業担当者がベタ付きしていれば「うちの製品を使っていれば大丈夫ですよ」と情報のバリアを張ることができていましたが、今は顧客側が自分でリサーチすることによってほかに良い選択肢があることが容易にわかってしまう時代です。
この変化に連動して、BtoB領域においても「まずはカスタマーサクセスから考える」ことが当たり前になり始めていますよね。そしてBtoCの領域においては、理想の状態に顧客を連れていくまでにどのような段階を踏めば良いか、デジタルで可視化できるようになっています。
著書『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)でも紹介した中国平安保険(Ping An Insurance Company of China, Ltd.)は、その最先端をいく企業のひとつです。同社では保険をその場で契約しなかったお客さまに対して、営業パーソンが役に立つアプリケーションをおすすめしダウンロードしてもらいます。そのアプリを通じて顧客行動を把握することで「この人は今この病気について調べているな」「お金をコツコツ貯めたいタイプなんだな」「子どもが生まれて、学資保険に興味が出始めるタイミングだな」と、的確で効率的な提案営業を実現しています。
――こうした事例をBtoBの大手企業が戦略として活かすには、どのようなデータを取得することが考えられるでしょうか。
梶原 前提として、BtoCと異なり、BtoBにおいては「法人としての意思決定はお客さま担当者ひとりの感情だけでは動かない」難しさがありますよね。そのため、得られたデータをもとに法人としてのお客さまに対する理解を深め、サクセスに関する仮説をお客さまに提案するような取り組みを弊社ではスタートさせています。まずは、長年活用してきたSFA上に蓄積された受失注ソリューション、金額等の商談情報に加えて、提案プロセスを可視化・共有し、戦略的な仮説提案に反映させるような取り組みを加速させています。そこに、ハイタッチ営業の組織だからこそ得られる「商談時のリアルなお客さまの声」を掛け合わせることで、仮説の精度をさらに上げることを目指しています。
笹谷 一方で、BtoBの難しさは、営業担当者がタッチしている時間軸の情報しか手に入りづらい点にもあると思います。そもそもすべての情報をお客さまが営業担当者に伝えてくれるかもわかりません。BtoCに比べると量的にも質的にも圧倒的に制限がかかっているとも考えられます。つまりAIにとっては情報不足が当たり前ですから、競合他社とは「仮説の深さ」の戦いになります。今後、タッチしてない時間軸でデータが取得できるようになれば、もっと面白い取り組みが実現できるのではないかと思っています。
データはゴールを達成するためにある
藤井 顧客の成功から逆算して「取得するべきデータが何か」を考えることがOMO時代には肝要ですが、BtoBの世界では「そうはいっても、データが取得できない」という話になってくるわけですよね。笹谷さんのおっしゃるとおり、タッチしている時間外の情報を得られたら面白そうですし、それこそNTTグループさんなら、顧客側の担当者レベルという意味ではBtoCの情報を取得・活用する方法も考えられそうです。
笹谷さんにお聞きしてみたいことがあります。顧客の成功状態までのプロセスと各ステップで必要な条件が洗い出せていた場合、会話の内容やリアクションから商談が進む可能性を予測して、次のステップに進むためのTipsを出すことは可能なのでしょうか。この場合、BtoBtoXのどちらの顧客(「ミドルB」なのか「エンドX」なのか)の話をするかという問題はありますが。
笹谷 考えうるとは思います。まさに中国平安保険が活用する顧客体験管理プラットフォーム「LCCH(= Life Customer Contact History)」の考え方ですよね。LCCHは、顧客行動を把握するタイムライン機能、個性や嗜好を分析するペルソナ機能、そこから導き出した潜在ニーズやサービスへの要望を提示するTips機能から成っています。実現可能だとは思いますが、BtoBの場合はやはり十分な情報を取るために別の技術が必要になるでしょう。我々も、許可を得たお客さまに限定してオンライン商談の録画などをお願いさせてもらっていますが、音声自動認識の技術がどれだけ発達しても、そもそもの会話量が少なければ改善のしようがないというケースも考えられます。
藤井 最近は人間の方が自動翻訳しやすい喋り方に寄せるという話もありますが、営業担当者もそうなっていくかもしれませんね(笑)。
梶原 そうですね。AIが認識しやすい喋り方に変えていく――さらに言えば営業のコミュニケーションのとり方そのものが定型化されていくんだろうなと予想します。しかし、決して定型化されてつまらないものになるのではなく、従来のトップ営業の勘や経験をもデータとして蓄積・学習させることで、適切な商談の型を見出していけるという意味合いが強いです。そうすれば、商談時の会話量が少なかったとしても、型と照らし合わせてお客さまの反応を解析しやすくなるかもしれません。
いずれにしても、ゴールまでのマイルストーンとして、そこに至るKGIやKPIをマップ化するなどして、サクセスに向けたロードマップをお客さまと共有し、お客さまが今どの段階にいるかを定義できるようになることが重要です。ゴールを達成するためにデータがあるという本質がぶれなければ、ゴールに至る1つひとつのコミュニケーションを支援するようなAIは出てくるかもしれません。
営業は「武器屋」から「旅の仲間」へ
――BtoBならではの難しさがいくつか挙がりましたが、NTTコミュニケーションズさんが今、実際に直面している課題はどのようなものですか。
梶原 データを活用した営業活動が重要になってきますが、一方で、営業担当者の協力を得て、リアルで正しいデータを収集・蓄積できる仕組みを強化する必要があります。このような仕組みをつくるには、営業担当者に「そのデータが何の役に立つのか」を理解してもらうことが重要です。やみくもにデータを集めてくださいではなく、社内でも、まず営業担当者とゴールを共有し、そのゴールに至るプロセスを定義したうえで必要な情報やアクションを整理して、一緒にお客さまにダイブしようと呼びかけています。
藤井 営業担当者がきちんと動けるようにエクスペリエンスを設計する必要性は、OMOが二面市場化する難しさにも似ていると思います。たとえばペイメントアプリの導入を考えるときには、アプリを使う消費者、そして導入するお店というふたつの市場が存在します。OMOには常にこの二面性があり、両方のユーザーについて深く考えないとうまくいきません。OMOのUX設計が難しい理由はここにありますが、営業組織の変革にも同じことが言えるわけです。
梶原 まさに、お客さま担当者の体験をも意識して営業をする必要があると思います。これまでは「こういう製品がありますよ」と説明をしたら、あとは価格の話を詰めれば良かったのが、これからはそうはいきません。お客さまと一緒に、どうやればサクセスを実現できるかを考え、KGIやKPIを設定し、その達成に向け一緒に進んでいく。ロールプレイングゲームでたとえるなら、武器屋や道具屋のような存在から、主人公の仲間に変わっていきたい局面です。むしろそれをやらなければ私たちのビジネスがなくなってしまうという危機感を持ち、仲間として戦うための武器が何なのか? を考える頭にシフトする必要があると思っています。何かを変えるときにはストレスやコンフリクトがありますが、これをいかに乗り越えるかが鍵になるでしょうね。
――そうした課題に向き合いながら、現在はどのようにOMOの取り組みを進められていますか。
笹谷 NTTコミュニケーションズはもともと電話の会社でしたが、ビデオ会議や、チャットサービスなどさまざまなコミュニケーション商材を抱えるようになりました。そういった、あらゆるチャネルから取得できるお客さまデータを統合・活用して、お客さまに最適な提案をできるようにしたいと考えています。新たなチャネルのひとつにVRがありますが、VRはエンドユーザーから出てくる情報量とこちらの取得できる情報量が圧倒的に多く、かつそれを自然にできるため、新たな顧客行動の理解につながると期待しています。もちろんこれまでの強みである音声や映像の情報もマージしながら、まずは1つひとつのタッチポイントの質を上げていくことですね。
藤井 たしかに、消費者にとってもVRは良質なインプット先になると思います。一方で、最近注目されているメタバースにも同じことが言えますが、VRやメタバースを使うことによってユーザーが得られる価値を突き詰めて考える必要があります。
インターネットはもともと匿名のままつながることができ、それによってリアル空間で受ける圧迫を解消してくれる点が特徴でした。それがSNSの登場によってリアルへの影響が強くなり、より圧迫されてしまうケースが増えてきています。それ対して再び自由に自己を拡張できるのがVRやメタバースであり、従来のオンラインにはない世界として捉えなければ意味がありません。たとえば、リアルの世界を模倣したオンラインイベントをやっているのはダメな例ですね。リアルの物理制約を模倣するのではなく、すべてをデジタル起点で考えるべきなんです。
梶原 BtoBのイベントだとどうしてもオーソドックスな手法を選びがちになってしまいますが、このあたりも新たな取り組みを試していきたいです。
――最後に、今度の営業組織とOMO戦略において重要なことをお聞かせください。
藤井 OMOの時代には、PCのロジックでもモバイルのロジックでもなく、ストレートに生活に直結するデジタルのあり方を考えることが不可欠で、BtoBであっても同様のことが言えると感じます。ペイメントアプリの例に代表されるような二面市場化の特徴を捉え、消費者側とビジネス側、お客さまと営業担当者――消費者やお客さまにとってメリットがあり、ビジネス側や営業担当者が納得してモチベーション高く使うことができるというのが、シンプルに幸せな状態ですよね。
梶原 そうですね。ゴールがあって手段があることを忘れない、これに尽きると思います。NTTコミュニケーションズの営業組織としては、トライアンドエラーを繰り返しながら、お客さまのサクセスにコミットする新たな営業プロセスの定型をつくり、また、それをお客さまと共に変化させていきたいと思います。
笹谷 とはいえお客さま自身も含め、最初からゴールが見えている人はほとんどいません。そこをおざなりにすると「とりあえずデータ分析して」「とりあえずオンラインにして」といったオーダーにつながってしまいます。まずは課題の明確化から支援していくこと、その体制をつくっていくことが重要だと考えています。我々NTTコミュニケーションズでは、このような取り組みをもとに、オフライン・オンラインなど多様化する接点を集約し、お客さまとその先にいる消費者に最適な情報・体験を提供するプラットフォームによって、お客さまビジネスのチャネル改革をSmart CXとして取り組んでいきます。
藤井 今日OMOの話をすることになったとき、「お客さまのサクセスから考える」という前提を自然と共有できたのがうれしかったです。一緒に次の世の中をつくっていける同志の方がいるなと思いました。日本は、ややもすると手法論に陥りがちで、それはそれで重要なのですが、手法はあくまでも手法にすぎないことをしっかり理解したうえで、顧客を成功に導く社会を多くの企業と一緒につくっていけたら良いなと思います。
――ありがとうございました!