「寄り添い」と「科学」の融合 営業時代につかんだ本質
藤田氏がキャリアをスタートさせたのは、2002年のインテリジェンス(現パーソルキャリア)。ゆくゆくは「起業したい」という思いから、選んだ場所だった。当時はザ・ベンチャーという雰囲気で、がむしゃらに働くスタイルがあたりまえ。それでも藤田氏はポジティブにその環境に飛び込んでいったという。
IT専門の転職支援会社のグループ企業に配属され、IT企業への法人営業を担当。当時は飛込み営業も珍しくない時代だったが、藤田氏はそこに疑問を感じた。
「飛び込み営業は効率が良くないと気づいたんです。それ以上に、突然訪問されるお客様側の立場からすれば当然迷惑なことです。誰も幸せになりません。そこから、自分でやり方を考えて、メールや電話で必ずアポをとってからうかがうようにしました」(藤田氏)
顧客にとって何が良いことなのかを起点に行動を変える。この感覚が、後のキャリアを通じて藤田氏の根底に流れ続けることになる。1社目で学んだのは、運動量と効率性のバランスであり、「法人営業としてどうふるまうべきか」という基本姿勢だったと振り返る。
新卒入社からわずか1年ほどで、藤田氏はアマゾンジャパンに転職。マーケットプレイス(出品型ビジネス)の立ち上げ期に新規獲得営業として参画した。担当したのは、古本や中古CD・ゲームを販売する古書店などへの出品獲得営業だ。神田の古書店街にも足を運んだが、顧客からは不信感が漂っていたという。
「IT技術とは遠いところでビジネスをされている方々からすると、当時のアマゾンは得体のしれない存在だったと思います。そこで、いかに『我々は敵ではない』と伝えて寄り添えるかを徹底して考えました」(藤田氏)

出品を始めてくれた古書店の倉庫に赴いて本の整理を手伝ったり、古書組合の集まりでExcelの使い方講座を開いたりした。売り込むのではなく、顧客の隣に立ってビジネスを一緒に育てていく。このスタイルがアマゾンジャパン時代の藤田氏の営業のかたちだった。
一方で、アマゾンジャパンでは「営業を科学する」ことも同時に体験した。アカウントマネージャーを経て、27歳で最年少営業マネージャーに就いた藤田氏。。プレイングマネージャーでなく、マネジメントに専念することになり、この変化は「かなり大きかった」と話す。
「今でこそあたりまえですが、当時の営業組織では珍しくSFAを駆使していました。営業担当者のパフォーマンスを数値化し、今期どれくらいの成果が出せるかを予測します」(藤田氏)
単に数値で管理するだけでは、メンバーからの信頼は得られない。アマゾンがもたらす物販の革新という大きな意義をメンバーに語り、やりがいを感じてもらうコミュニケーションを意識した。
これらの経験を経て、営業活動においても、マネジメントにおいても、寄り添うことと科学的アプローチ、このふたつの融合こそが重要だと藤田氏は語る。

