セールスイネーブルメントの最終目的地は「営業の動き方」を変えること
R-Square & Companyは、「セースルイネーブルメント」に特化したプロフェッショナルサービスやクラウドサービスを提供している。山下氏は、セールスイネーブルメントという手法について「エンタープライズからベンチャーまで、またBtoB/BtoCを問わず、旧来の育成のあり方を抜本的に見直し、営業成果につながる仕組みづくりをするもの」であると説明する。「Sales(営業)+Enablement(可能にすること)という横文字を見ただけではピンと来ないかもしれませんが、“人の成長を通じて、持続的な営業成果を創出する仕組みづくり”のこと、と捉えるとわかりやすいと思います。キーワードは“Enablement”。つまり、今までできなかったことをできるようにすること。営業の文脈では、営業利益・営業成果を出せるようにすることです」(山下氏)
続けて山下氏は「セールスイネーブルメントの目的」についての留意点を述べた。
「セッションのテーマは“育成”に絞りますが、セールスイネーブルメントの最終的な目的は“営業の動き方”を変えていくことです。属人化が起こりやすい旧来型の営業組織では、営業戦略や組織体制の変化が起きた際に柔軟に対応できないため、コンスタントに売上を上げづらくなってしまいます。そこで、トレーニング、コーチング、営業向けのコンテンツのほか、ツール、システムなどを総合的に見直し、それぞれの施策を組み合わせ、“営業の動き方”そのものを変えていく必要があるのです。育成の文脈では、育成プロセスの可視化・標準化を行い、PCDAサイクルを回していくことになります」(山下氏)
このサイクルを回していく際にまず着目すべきは「営業成果」であると山下氏は強調する。営業組織で求められている「成果」に対し、営業はどのような「行動」をとるべきなのか。またその「行動」をとるために求められる「知識やスキル」とは何か。成果から逆算してそれらを導き出し、施策に落として効果検証していくことが必要となる。
企業成長を左右する、人材採用後の「育成」への投資
続けて山下氏は、昨今多くの企業がセールスイネーブルメントに投資し始めている背景について説明した。山下氏は「経営の視点に立って“セールスキャパシティ”の観点で捉えてみるとわかりやすい」と言う。セールスキャパシティとは、営業一人当たりの期待売上を設定し、チーム全体での売上がどのくらいになるかを概算した値のことだ。この「営業一人当たりの期待売上」は、経営企画や売上目標から算出されることが多い。
ただし、「この値は、変動性が高い」と山下氏は指摘する。
「たとえば、既存の営業も、新たに採用した営業も、それぞれ100%の能力を発揮できるとは限りません。そういった意味で、一人当たりの期待売上は変動の大きい要素です。このような課題があるにも関わらず、“採用”したあとの“育成”のプロセスがしっかり固まっていないことが多いように思います。OJT(On-the-Job Training)として現場のマネージャーに丸投げしたり、『eラーニングを見て勉強して』と言って終わっているケースなどですね。これが旧来の育成のあり方でした」(山下氏)
一方、セールスイネーブルメント的なアプローチでは、新しい社員であれば「立ち上げ」、既存社員であれば「最新の売り方でしっかりと売れるようになること」を目的とし、育成の過程を標準化して、成果につなげていくことを重視する。ここに投資しなければ人材育成ができず、その結果、売上目標が未達になってしまう。そうなれば経営に関わってくる問題になるため、今多くの企業がセールスイネーブルメントに投資をしているわけだ。
日本は「営業育成への投資」が少ない傾向がある
山下氏は「日本はセールスイネーブルメントの導入で後れをとっている」と指摘する。
「ATDという米国の人材開発団体が公表している数値によると、米国における営業一人当たりの年間のトレーニング投資額は2,326ドル──つまり、30万円以上あるとされています。一方で、日本は営業一人当たりのデータはないものの、営業も含む企業全体における育成投資額のデータによれば、一人当たり2万9,000円しかありません。投資額に、10倍以上の差があるのです」(山下氏)
セールスイネーブルメントへ投資すると、どのくらい効果が得られるのかも気になるところだ。山下氏は次のように述べる。
「CSO Insightsは、『セールスイネーブルメントに投資をした結果、“営業予算の達成率”がどのくらい改善したのか』を示すデータを公開しています。これによると、セールスイネーブルメントに取り組むことで、約10ポイントの改善が見られました。つまり、ある会社の営業全体の達成率が80%だったとすると、これが90%程度まで伸びたことを意味します。セールスイネーブルメントに投資する企業は、こうしたリターンを見定めて、投資額をジャッジをするケースが多いですね。営業育成に投資し、成果につながる施策を打ち、効果検証を行う、という取り組みが海外のトレンドになっています」(山下氏)
セールスイネーブルメントを効果的に進めるための4つのポイント
ではここから、セールスイネーブルメントの具体的なアプローチについて理解を深めていこう。山下氏によれば、セールスイネーブルメントには2大テーマと呼べるものがあるという。
「ひとつめは、“オンボーディング”と呼ぶもので、営業を積極採用して、成長を加速させていくアプローチ。中堅企業や中小企業、スタートアップなどに多い、“立ち上げ”という文脈に当てはまります。ふたつめは“Selling Style Transformation”といって、既存の事業領域を維持しつつ、新領域での成長を見込むうえで、営業スタイルを変えていくというものです。こちらはエンタープライズに多いテーマです。多くの企業において、これらのどちらか、もしくは両方が当てはまるでしょう」(山下氏)
また、これまでの育成の在り方とセールスイネーブルメントの違いについて、山下氏は具体的に4つの観点から説明した。
「(1)育成対象者 (2)主導組織 (3)育成コンテンツ (4)効果検証──の4点に注目します。旧来の営業育成では、『営業全員』が育成の対象になっており、『人事部門』が、外部から提供された『一般的な育成コンテンツ』を提供して、『トレーニングの後のアンケート』で結果を検証しているケースが多いように思います。決してこれらを全否定するわけではありません。しかし、本当に成果に至っているのかという観点で見ると、少し見直しが必要であると考えます」(山下氏)
まず、「(1)育成対象」は、一部の社員に絞るべきだと山下氏は強調する。たとえば営業が1,000人いるならば、トレーニングのインパクトが大きい400人に対して実施するといった具合だ。育成対象者の絞り方について、山下氏は次のように語る。
「たとえば、売り先、売り物、売り方といった、企業の戦略をもとに判断していくことがあります。また、顧客をランク分けして、重要度の高い顧客の売上を上げていくなどの戦略も欠かせません。こうした切り口で見たうえで、営業実績がどのような分布になっているかを分析し、育成のインパクトが大きいであろうボリュームゾーンを絞っていきます」(山下氏)
次に、「(2)主導組織」については、人事部門が営業育成を担うのではなく、営業部門に近いところに“イネーブルメントチーム”を設けて主導するのがおすすめだという。そうすることで、営業部門固有の課題を把握し、実務的な育成を図ることができる。これは営業企画部や経営企画などの組織が、従来の業務の延長線上で担っても構わない。
続いて「(3)育成コンテンツ」は、忙しい営業でも翌日からすぐに使えるような実践的なものに変えることが重要だと語る。
「一般的なコンテンツよりも、具体的なコンテンツが良いです。たとえばアカウントプランならば、クライアントにビジョンを示すためのトレーニングや、数枚のスライドを使ってディスカッションから始めてニーズを喚起するためのトレーニングを具体的に提供するといったイメージです。マネージャー向けにも、『営業コーチングスキル』向上のためのコンテンツが提供できると良いでしょう」(山下氏)
そして「(4)効果検証」では、「営業成果のデータ」を使って効果検証していくことが重要となる。
「たとえばどのような指標を見るかというと、営業全体の目標達成率の昨対比、新卒/中途採用社員の立ち上がりの期間、商談1件当たりの金額などです。成果と育成を照らし合わせ、相関関係を見ながらPDCAを回していくことが重要です」(山下氏)
最後に山下氏は次のように述べ、講演を締め括った。
「“新時代”というテーマで、旧来の営業育成とこれからの営業育成の違いについて解説しました。成果、行動、知識をしっかりつなげ、効果検証をしていくことで、科学的な育成マネジメントが実現できるでしょう。既存のプロセスを見直すきっかけやヒントをご提供できればうれしく思います」(山下氏)