「スキマ組織」におけるコミュニケーションの重要性
「現代の営業組織のアップデート方法とは」と題された基調講演では、ツール導入の前に営業組織内で整備しておくべきポイントが解説された。登壇したWell Direction CEOの向井俊介氏は、テクニック以前に必要なマインドセットなど、自走できる営業組織のためのアドバイスを提供している。今回も「効果的にSales Techツールを活かすために必要な土台について話したい」と述べ、セッションを開始した。
冒頭、向井氏はジョブディスクリプションが明確な欧米企業と比較すると、日本企業の多くは「スキマ組織」であるという前提を共有した。各職務領域の間に隙間があり、社員が補い合ってミッションを達成する。誰の担当なのかあいまいな業務領域が多く、自発的かつ柔軟な業務遂行が求められる。営業マネージャーは、組織内の「スキマ」にある業務を積極的に取りに行き、メンバーに振り分けていく必要がある。こうしたスキマ組織ではコラボレーションが不可欠であり、横縦のコミュニケーションが重要であることがわかるだろう。
その組織の中で営業はどういった役割を担うのか。ここで区別しておきたいのが、営業は「販売」の役割だけを担うわけではないことだ。次の図のとおり、販売に比べて営業は社内外共にコミュニケーションの対象が非常に広く、その時間が長い。
「お客様だけではなく、カスタマーサポートやプロダクト開発など社内のコミュニケーションも重要です。新しいサービスをつくる際のプロセスにも営業が介在することがあります」(向井氏)
このように幅広いコミュニケーションが重要な営業だが、コミュニケーションの難しさを向井氏は指摘。「こんにゃく問答」という古典落語を引用し、一方的な勘違いや個人的な解釈も起こりえることを強調した。
では、どうすれば適切にコミュニケーションがとれる、「アップデートされた営業組織」に変化できるのだろうか。
価値とは?課題と問題の違いは? 組織に共通言語を
向井氏は、ふたつのポイントを示した。ひとつめは「共通言語」の設定。
たとえば営業組織でよく飛び交う「価値」や「商談」というワードの解釈、または「問題」と「課題」の違いとは何か、これらをどれだけ組織内で整理できているだろうか。向井氏は「解釈が人それぞれになってしまっている組織が散見されます。正解はありませんが、雰囲気で済まさずきちんと定義したほうが良い」と指摘。各ワードの向井氏流の定義を説明した。
まずビジネスにおける「価値」とは「将来における顧客の主に経済的な変化」を指すという。特にBtoBの商材では、顧客は経済合理性に価値を見出す。「顧客にとっての価値とは何か」を議論する際に価値の定義があいまいでは、「『価値訴求』という耳障りの良い言葉だけがひとり歩きする恐れがある」と指摘した。
ふたつめのワードは「商談」。商談とはどういう状態なのか、認識が異なる状態でSFAへの入力などを行っていると、経営サイドから見たときに予実がぶれてしまう。向井氏は「お客様が『商談しても良い』という状態を、『商談』と考えるのが理に適っているのでは」と提言した。
3つめは「問題」と「課題」の違い。すべての企業にはビジネスのゴールがあり、このゴールを達成できていない「状態」のことを「問題」と捉えると向井氏は言う。たとえば20名の採用目標を抱えている企業が、まだ10名しか採用できていない状態は「問題」と表現することができる。
多くの営業はこの「問題」に対する「解決策」を提示しがちだが、それだけでは売れない。というのも、顧客はゴールを達成するためにすでに取り組んでいることがあり、その取り組みとゴールの「ギャップ」こそが本当の「課題」だからだ。顧客自身も認識しにくいその課題を特定するために、情報提供やディスカッションを通じて営業が介在できるかが重要だ。これらの点を営業組織内で議論するためにも、「問題」と「課題」の定義について目線を合わせておくべきだろう。
営業職の職責とは? ツール導入前に「土台」を鍛える
営業組織アップデートのふたつめのポイントは「営業職の役割・職責を理解する」こと。こちらも共通言語と同じく、足並みを揃えるために重要だ。
向井氏は、営業の職責は「確実に受注すること」と「お金を回収すること」だと言う。企業は株主などのステークホルダーに対し、いつまでにどれだけの売上利益を達成すると約束しており、「会社が結んだ約束を職業として実行していく部門が営業」だと向井氏。この職責を営業組織全体が認識することで、自分のKPIさえ達成できれば良いという発想にとどまらず、組織で力を合わせることの必要性を認識し、社内のコミュニケーションが自然に循環していくという。
「Slackなどのデジタルツールを使いこなしてビジネスの価値につなげるためには、営業組織としての足腰を鍛えておく必要がある。そんな意識を持っていただくと、より強い組織になるのではないでしょうか」(向井氏)
働き方が大転換した今、必要な「Digital HQ」とは
続いてSlack 事業統括 マーケティング本部 プロダクトマーケティングディレクターの伊藤哲志氏が「What is Slack?」と題してSlackの位置づけや、Slackで何ができるのかなどの基本を紹介した。
Slackの具体的な紹介の前に伊藤氏は、「Digital HQ」という新たなワードについて触れた。
そもそも、人々の働き方や働く場所はこの数十年で大転換してきた。フリーアドレスで固定席をなくし、部署を越えてコミュニケーションをしようという流れから始まり、2020年のコロナ禍を契機にリモートワークを組み合わせたハイブリットな働き方へと大きく変化した。Slackの調査によると、76%の人がハイブリッドな働き方を希望するなど、出社とリモートで従業員エンゲージメントの差もあまりないことがわかってきた。
だからこそ「デジタルを拠点として、各自が120%実力を発揮できる環境を整えるべきなのでは」と伊藤氏は問いかけた。このコンセプトこそ、SalesforceとSlackが掲げる「Digital HQ」の考え方だ。その実現のためには、組織の壁を壊す「サイロ化の解消」、社員の境遇によって働く時間や場所などの融通を利かせる「柔軟性の向上」、さまざまなシステムやアプリを活用する「仕事の自動化」が必要だ。
ではDigital HQが働く場所となることで、営業組織にはどんなメリットがあるのか。またDigital HQとしてのSlackはどのようにハイブリッドな働き方を実現できるのか。伊藤氏は、メリットとして3つのポイントを示した。
Slackが営業のしなやかな働き方を実現する
ひとつめは、商談をスピーディに成立させることができるということ。Slackを活用すれば、どこで働いていても商談に関わる全メンバーが部署の壁を意識せずスムーズにコミュニケーションできる。Slackとメールの大きな違いのひとつは、情報のサイロ化が起きにくい点。メールでは情報が各自の受信ボックスごとに分断され、ミスコミュニケーションが起きやすいだろう。
一方、Slackの「チャンネル」機能はトピックやプロジェクトごとに用意する透明な会議室のようなもの。誰もが出入りでき、中途入社などであとから参加した人もさかのぼって情報を把握できる。さらに、セキュリティ上オープンにできない議論はチャンネルに「鍵」をかけて特定のメンバーで共有することも可能だ。オープンかつしなやかな、新しいコラボレーションのかたちである。
Digital HQのふたつめのポイントは、新たな方法で顧客と連携できること。顧客の働き方もハイブリッド化している今、つながりを強化していくには新しいやり方が求められるだろう。「Slackは社内チャットのイメージが強いかもしれないが、そのコラボレーションの範囲は社内に限らない」と伊藤氏。Slackを使っていない社外の人をゲストで呼ぶこともできる。あるいは、すでにSlackを導入している企業同士であれば「Slack コネクト」という機能で社内外の特定のメンバーが集うチャンネルを作成できる。限られたメンバーしか参加していないため、メールでありがちな誤送信もなく、セキュリティ面でも安心だ。
3つめのポイントが、チームの力を最大化できること。Slackではそのためのさまざまな機能を用意している。 たとえば「ハドルミーティング」、これはアメフト用語で試合中に選手が集まって相談することを指し、まさにSlack上でメンバーが集まり、ちょっとした相談をするための音声コミュニケーション機能だ。定期的な会議はZoomなどのビデオ会議システムで行い、今まで会社で「ちょっと良いですか」と声をかけていた相談事はこの機能を活用するイメージだ。
また「クリップ」機能では短い録画ビデオを共有できる。違う場所から働いているだけでなく、時差や時短勤務などで勤務時間にずれがあっても、非同期で密なコミュニケーションがとれる。報告だけで終わってしまいがちな全体会議も、事前にリーダーがクリップで進捗報告をアップしておくことで、より本質的な議論の時間を確保できるだろう。
連携可能アプリは2,500超 自社ならではの効率化を
さらに、SlackはSalesforceをはじめさまざまなアプリケーションと連携でき、Slackをデジタル上のビジネスの拠点にできるといっても過言ではない。実際にSlackとほかのツールを組み合わせることで、営業パーソンの仕事がどのように変化するのか、イメージが紹介された。
メールを開き、カレンダーを確認し、Googleドライブで資料を探す……と複数のツールを行き来しなければならなかったところを、Slackの画面さえ開けば複数のツールを横断した業務が可能になる。デジタルツールを導入することで操作に時間がかかり、逆に工数が増えてしまうという課題を抱えるビジネスパーソンも少なくないだろう。Slackをデジタル上の拠点としたツール活用なら、本来の目的である業務効率化を無理なく実現できそうだ。
まとめとして伊藤氏は、「Slackでのコミュニケーションによってサイロ化を解消し、時間や場所にとらわれない働き方、Digital HQを実現することができます。なおSlack App ディレクトリでは実に2,500種類以上のアプリケーションを入手可能です。必要なアプリを組み合わせることで、各社ならではの業務効率化が進むでしょう」と語った。
Slackは「オフィスにいるときよりオープンな状態」
最後に、Slack 事業統括 ビジネスグロース本部 第五営業部 部長の花房洵也氏が登壇。2020年にSlack社に入社した花房氏は、これまで約15年間営業職に従事してきた。セールスパーソンとしての経験を踏まえ「Slackの営業チームがどうSlackを活用しているのか」について、活用事例を紹介した。
Slack社は2020年3月にフルリモートになり、出社不可の状態が2021年10月まで続いた。2020年7月に入社した花房氏は「完全リモートワークで研修から実際の業務までやるのは不安があった」と振り返る。しかしその心配は杞憂に終わったという。というのも、Slackで全社員がつながっていることで、仮想上の同じ部屋で仕事をしている感覚を得られるというのだ。これは「オフィスにいるときよりオープンな状態」と感じたと花房氏。他の部署やリーダーまで見渡せる状態なので、安心感があったそうだ。
Slackの営業がSlackを活用する4つのシーン
また、花房氏のもうひとつの懸念が、「Slackの複雑な営業活動が自分にできるのか」ということだった。Slackの営業活動では、社内外の多様な人とのやりとりが発生する。社内ではインサイドセールスやソリューションエンジニアとの連携が不可欠だ。また顧客として対面するのは、情報システム部門や営業部門、社長などさまざま。そんな幅広いアプローチが必要な営業において、新人が情報を集めてスキルアップしていくことは、一見難易度が高い。そこでもまた「Slackが助けになった」と花房氏。
では、どのようにSlackが役立ったのだろうか。本題のSlack活用事例について、次の4つのシーンに分けて解説した。
- 部門を超えてコラボする
- お客様とつながる
- スピーディに業務を行う
- チームの力を高める
ひとつめは「部門を超えてコラボレーションする」。Slack社では顧客ごとにアカウントチャンネルを作成しており、営業担当だけではなくソリューションエンジニアやカスタマーサクセスといった社内の関係者が入っている。「そこでお客様に関する情報を集めて作戦会議を進めます。やりとりがSlackに集約されるため、担当変更があってもキャッチアップがスムーズ」と花房氏。オンライン会議も行うが、ある程度のディスカッションはSlackで済ませるようにしているという。
ふたつめの「お客様とつながる」シーンでは、顧客とのやりとりを専用のワークスペースに集約しているという。外部組織とやりとりする方法は、「Slack コネクト」と「ゲストアカウント」機能のふたつがあるが、花房氏は「Enterprise Gridのプランを使うと、無償プランで利用中のお客様ともSlackコネクトでつながれるため便利」だと説明。Slackコネクトではハドルミーティングも含めたクイックなやりとりが可能で、接触回数が増え、関係を築きやすいという。また、営業管理職がそのチャンネルに所属することで進捗も把握できる。
3つめは「スピーディに業務を行う」。先ほどの伊藤氏の説明にもあったとおり、Slackはさまざまなデジタルツールと連携可能だ。SFAツールなどをSlackにつなぎこむことで、商談後にわざわざ報告やデータ更新のためにパソコンを開かずとも、Slackのモバイルアプリ上で業務を完結できる。たとえば、Slack社ではオリジナルの「Midas」というアプリによって、Slackの利用状況などの顧客に関するデータが含まれた営業資料作成を1~2分でかんたんにできるようにしている。
そういったツール連携を差し置いても、「Slackにはあらゆる情報が蓄積されていくため、お客様からの質問への回答は、すでに揃っている可能性が高い」と花房氏は言う。Slackでの情報収集で完結することは、営業の業務の大幅な時間短縮になる。
4つめは「チームの力を高める」。チームの方向性や業務の優先順位などをリーダーが発信していく必要があるが、リモートでは課題になりがちなポイントだ。Slack社では、クリップ機能で動画を使ってリーダーが熱量を伝え、みんなで絵文字でリアクションすることで、従業員エンゲージメントの向上につなげているという。また、「気づきをSlack上で共有することで、学び合う文化が形成されるのを感じた」と花房氏。
最後に「Slackというツールが、多くのコミュニケーションと業務を抱える営業の助けになった。Slackがなかったらと思うとゾッとします」と実感を語った花房氏は次のようにセッションを締めくくった。
「Slackはミラクルツールではありませんが、いきなり使いこなさなくても十分メリットを感じてもらえるツールだと思います。焦らずに『これは便利だな』と思える範囲を増やしていくのが重要です。ぜひ皆さまの営業組織でもSlack活用にチャレンジしていただけると嬉しいです」(花房氏)