「顧客体験の最適化」は企業の最注力領域へ
遠藤氏の講演に先立ち、顧客行動におけるデジタルシフトの実態について、アドビの松井真理子氏が解説した。世の中全体が大きな変化に直面し、在宅勤務やリモート授業など生活のデジタル化が急速に進むなか、消費者の購買行動もデジタルシフトの傾向が顕著になっている。松井氏は、92%がオンライン検索から購買活動を始めて、購買者の68%がデジタル上での情報収集を好むというデータを紹介した。
BtoBビジネスも例外ではなく、その営業プロセスにおける大きな変化としては、顧客が自ら事前に情報を収集し、営業と接触する段階で商品の選定まで終わっているケースが増えていることが挙げた。リード数や受注数を高めていくためには、顧客が自ら調査・評価するこのプロセスに能動的に関与していくことが重要になってくる。
また、これらの変化にともない、サービスを提供する企業側の「顧客中心」意識も高まってきている。2020年に経営層を中心に行った調査では、今後もっとも期待・注力する領域を「顧客体験の最適化」とした回答が、そのほかの項目に比べて多かった。
テクノロジーを活用しながら顧客体験の最適化を実現し、ビジネスを成長させているて企業のひとつがヤプリだ。2013年に創業し、2020年東証マザーズに上場を果たした同社は、「Mobile Tech for All」をミッションに掲げ、アプリの開発運用とその先の成功までを担うオールインワンのアプリプラットフォームを提供している。現在約450社が同社のサービスを導入しており、マーケティング目的のアプリ制作や従業員向けのアプリ制作など、顧客のニーズも広がっているという。
遠藤氏が所属するマーケティング本部は、オフラインマーケティング部、オンラインマーケティング部、インサイドセールス部の3つの部門からなる総勢22名の組織だ。「市場にアプリの意義・魅力を伝える」という本部のミッションのもと、3つの部門がそれぞれ段階的な役割を担っている。
オフラインマーケティング部は大型イベントや展示会などを通して、市場でのメジャー感や信頼感を獲得するフェーズを担う。イベントでつながった見込み客を中心に、オンラインマーケティング部がセミナーやウェビナー、メールマガジンの配信などを通して「アプリの必要性」に関するコンテンツを提供する。そのうえで、ニーズの高い顧客に対しインサイドセールス部がメールや電話、手紙などを活用し、ヤプリのサービスを選んでもらうための情報を伝えていく。
新規リードに頼らざるを得ず、組織に疲弊感が見え始めていた
役割に応じて各部が機能する一方で、MA「Marketo Engage」を導入する前のマーケティング本部には「疲弊感が見え始めていた」と遠藤氏。原因のひとつは、展示会やセミナーなどで新しく獲得したリードのみに営業をかける一方、すぐに商談獲得には至らず、受注ルートを外れた見込み客に再びコンタクトする仕組みがなかったことだ。そのため、目的を達成するためには新規のリードを次から次へと獲得しなければならない状態になっており、蓄積されていく既存リードに対しては効果的なナーチャリングができていなかった。
もうひとつの原因は、当時利用していたMAを活用したメルマガの配信によるナーチャリング(=見込み客の育成)施策やスコアリング(=顧客の興味関心や検討確度を数値化する)の効果が不明だったことだ。具体的には、MAとSFAが連携できていなかったため、メルマガ開封者の情報をMAから抽出して都度SFAで調べ直す必要があるうえに、抽出したリードを確認するとすでに受注済みの企業の顧客だったということが起きていた。つまり、「スコアは高いが、インサイドセールスにとっては無効なリード」の精査に多くの時間を割く、効率の悪い状況に陥っていたのだ。
この状況を改善するために、ヤプリではMarketo Engageを導入。当初描いていた組織の目標達成までのシナリオは、次のようなものだった。
- リード情報・見込み客の再育成の仕組みを整備
- スコアリングルールの見直し
- ナーチャリングによる商談獲得
まずひとつめの「リード情報・見込み客の再育成の仕組みを整備」では、SFAのリード状況を再定義し、商談獲得に至らなかったリードを明確化し、再育成できるように情報を整備。そのうえでMarketo EngageとSFAを連携し、メール配信によるナーチャリング施策を再構築した。併せて、リードスコアを再定義し、スコアが上がると架電対象として再び架電対象リードに戻し、インサイドセールスが掘り起こせる仕組みを構築。
こうして、既存リードの再育成の仕組みを構築したが、意外にも「ナーチャリング施策からの商談数が伸びない」という壁にぶつかってしまったという。
Marketo Engage活用×ルール見直しで見えてきた、本当の課題
そこには「インサイドセールス業務への理解不足」そして「高スコアにもかかわらず商談が獲得できない」というふたつの課題があった。
「インサイドセールス業務への理解不足」は、「有効なリードを渡せば効率的に架電できるだろう」というマーケティング側の思いと、インサイドセールス業務の実態に乖離があったことが直接の原因だ。
リードの属性情報だけを渡されても、インサイドセールスの担当者は「何をフックに架電するべき相手かわからない」「本当に架電できる状態のリードかわからない」など、架電するまでに時間をかけてリサーチをする必要があった。実際にリードの精査をしてみると、架電できないリードが含まれているケースも多くあったという。そこで当初の改善シナリオに「インサイドセールス業務のルール化」「データ整備と自動化」のフローを追加し、Marketo Engageを利用してこれらふたつのシナリオを進めることにした。
情報を一元化しインサイドセールス業務のプロセスを理解したうえで、「有効リードと無効リードの振り分け」「対応ステータスの明確化」など、これまで時間がかかっていた業務を明文化し、Marketo Engageで自動化。これにより業務の効率が上がり、商談数が増えていったという。
また「高スコアにもかかわらず商談が取れない」というふたつめの課題については、スコアリングの方法を抜本的に見直した。小さな行動でも加点するそれまでの方法では、情報収集の段階でサイトを訪問したりメールを開封したりするだけでも、スコアが長期間かけて“チリツモ”で高くなってしまい、見込み客のホットなタイミングやモチベーションに合わせたアプローチができていなかった。
そこで、スコアの積み上げではなく「そのときの行動=モーメント」にフォーカスする方法に切り替えた。短期間でスコアを0点にリセットすることに加え、小さな加点は積み重ねず、「金額ページ閲覧」や「検索流入」などの検討確度の高いコンテンツに配点を高め、理由とともにインサイドセールスにリードを渡すようにした。その結果、インサイドセールスは架電の理由を明確にし、旬を逃さずアプローチすることで、ナーチャリングリードからの商談数を増加させることができた。
これらの施策によって、現在では新規リードに頼る状況が改善されただけでなく、お盆や年末年始など、新規リード獲得数が少ないときでも商談が獲得できるようになったという。また、大きなイベントで一気に新規リードを獲得した後にナーチャリングを目的としたセミナーを実施できるようになったり、インサイドセールスからもパーソナライズされたメールを送り、顧客の反応をきっかけにアプローチができるようになったりするなど、マーケティング、インサイドセールス部ともに施策の幅が広がり、活動のスピードを上げることにもつながった。
これらの改善プロセスを進めた結果、定量的な成果も大きく出るように。当初の課題であった再育成の仕組み化によって、ナーチャリングによる商談数は3.2倍にまで増加。また、MAを運用することで問題が顕在化してきたスコアリングの見直しによって、ナーチャリング施策による商談率はさらに2.7倍になった。そして、インサイドセールスの業務の負担となっていた手動オペレーションの自動化とデータ整備により、新規リードへの架電効率化を実現したことで、全体の商談獲得数も1.8倍になったという。
講演のまとめとして遠藤氏は、ヤプリの取り組みの成功要因として「部門横断的なデータ・ルール整備」「MAによる自動化」「アタックしやすいスコアの運用」の3つを挙げ、「どこが自社にとってのボトルネックかを考えてみてほしい」と語った。
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