セールス・イネーブルメントを「実践」するための書籍
セミナーでは、書籍『実践セールス・イネーブルメント』の内容に触れつつ、各社が事例を交えながら自社のセールス・イネーブルメント実践について語った。
著者の山下氏は、企業のセールス・イネーブルメントの立ち上げ、運用を支援し、セールス・イネーブルメントツール「Enablement App」の提供も行うR-Square & Companyの代表を務めている。同氏は2019年にもセールス・イネーブルメントに関する書籍を上梓しているが、今回の書籍刊行の背景を次のように語った。
「前回の書籍はセールス・イネーブルメントの入門書という位置づけでした。それから3年ほど経ち、『自社でイネーブルメントに本格的に取り組みたい』という企業が増えてきたと感じます。皆さんに実践的に取り組んでいただくために、本書を書き上げました」(山下氏)
書籍では、実践において重要な次の3つのポイントを押さえているという。
- イネーブルメントプログラム構築の実務
- イネーブルメント組織の立ち上げとオペレーション設計
- イネーブラーの採用と育成
セールス・イネーブルメントに取り組む企業のインタビューも掲載されており、本セミナーに登壇したCCCMKホールディングス、セールスフォース・ジャパン、凸版印刷に加え、ユーザベースの事例も紹介されている。
認知が広がるにつれて、育成やツール・ナレッジの活用など、特定の角度から語られがちなセールス・イネーブルメント。本書では「イネーブルメント」という単語が「何かができるようになる」という意味を持つことから、「人の成長こそがセールス・イネーブルメントの骨格」という前提に立ち戻った。
「あくまでもトレーニングや営業コンテンツはひとつの手段であり、皆さんの営業戦略や営業活動の文脈に沿って複数の施策を統合的に実施し、最終的に営業成果に寄与したのかどうかを検証する取り組み全体がセールス・イネーブルメントです。育成のための育成ではなく、結果としてビジネスの成長をサポートしていく取り組みだと捉えていただければ」(山下氏)
イネーブルメントが、「株式会社営業」に提案し続ける
続いて、さまざまな立場でセールス・イネーブルメントを推進する3社の担当者が登壇。「セールス・イネーブルメント導入の背景」「イネーブルメントプログラムの構築と浸透」「成果検証とデータ活用」といったテーマで意見を交わした。
登壇者
- CCCMKホールディングス株式会社 執行役員 島田正明氏
- 凸版印刷株式会社 経営企画本部 経営基盤改革部 情報武装化推進チーム 熊谷貴雄氏
- 株式会社セールスフォース・ジャパン Sales Enablement & Trailhead Academy シニアディレクター 田崎純一郎氏
山下 ひとつめのテーマ、セールス・イネーブルメント導入の背景について教えてください。
島田(CCCMKホールディングス) 当社はマーケティングソリューションを販売しています。広告・プロモーション領域は順調に伸び続けている市場でありながら、思うような成長ができていないという課題がありました。この課題を分解した結果、そのうちのひとつに組織・人の課題が見えてきたため、セールス・イネーブルメントの導入に至ったのです。
ただ、セールス・イネーブルメントという言葉を知っている社員はほとんどいませんでした。そこで、象徴的でわかりやすいプロジェクト名にしようと「営業レボリューション」と名づけ、各方面にその重要性を伝える際には、「単なる教育ではなく成果につながる」という点を強調して説明しました。その取り組みによって社内の納得感を得たことが、組織的なコミットメントにつながったと考えています。
熊谷(凸版印刷) 当社は「顧客起点で考える」習慣があり、基本的に良い習慣だと思っています。ただ昨今は、「引き合いを起点にお客様から出された宿題に答えていく」だけでは成立しない時代。また会社全体としても事業ポートフォリオを変革している段階にあります。そんな中で、営業部門も行動自体を変える必要があります。お客様がまだ認識してない潜在課題を顕在化し、それを解消するプロセスに関わっていくべきです。新たな提案領域を考え、その領域を伸ばしていくための起点として導入を決めました。
山下 非常に大きな組織だと思います。セールス・イネーブルメントの認知がない中で、どのように組織的に取り組まれたのですか。
熊谷 現場のリアルな課題を押さえたうえで、事業部長への説明を行うことが大事でした。取り組みの途中で、きちんと機能していることを示すのも重要です。とくにマネジメント層に理解を促すために、小さくても良いので成果を出して提示することを重視しました。
田崎(セールスフォース・ジャパン) 当社は長年セールス・イネーブルメントに取り組み続けてきたわけですが、その理由は成長し続けるためです。当社は高い成長率を維持し続けるために、「売る人を増やす」「売るものを増やす」のふたつを戦略としています。前者によって新入社員が増えるため、教育が必要です。また最近ではSlackやTableauなど製品の幅が広がっており、売るための知識も広げる必要があります。
山下 成長戦略と明確に結びついているということですね。どのようなかたちで組織的なコミットメントがなされたのでしょうか。
田崎 最初は創業者によって、グローバルに施策が展開されました。全社員が企業メッセージを同じよう伝えられるようにと、全世界でイネーブルメント活動が始まりました。
そのうえで私は営業部門との関係性は「株式会社“営業”」に対して「株式会社“セールス・イネーブルメント”」が提案活動をしている、という意識で仕事をしています。セールス・イネーブルメントのチームは営業チームに対して、営業生産性を上げるための提案をします。「○○に困っていますよね」と仮説をつくって提案し、実際にうまくいったらさらに提案・企画をしていく。上下関係があるわけではなく、これを繰り返して、営業チームというお客様からの理解を得る活動が重要だと思います。
また、大事なのは結局、ビジネス成果なんですよね。極端な話、営業がすべての製品を理解していて100%以上の目標を達成していれば、学習の必要はありません。そのため、「この製品をこういうお客様に売るためには、この知識が必要です。だからこのプログラムに参加してください」と目的を伝えることも大切にしています。
実践事例、マネージャー向けやポンチ絵トレーニングも
山下 続いて、皆さんが実際に提供しているイネーブルメントプログラムについて教えてください。
田崎 こちらが書籍にも掲載されている、2023年1月時点のセールスフォース・ジャパンのプログラムです。
田崎 縦軸が職種や役職で、横軸が時系列・難易度を表しています。たとえば、入社1ヵ月の人はBootcampのトレーニングを受け、その後は部門ごとに個別のプログラムに進みます。左側がオンボーディング、右側の自己学習が既存社員向けと大きく分かれているわけです。
直近で効果があった例をひとつ。2022年11月末にSalesforce World Tour Tokyoという大きなイベントを主催しました。久しぶりのオフライン開催のため、比較的新しい社員は集客のやり方やフォローアップがわからない。そこでかなり手厚い勉強会を、集客開始前から計15回行いました。イベントでどのようなプログラム・セッションが行われるのか、どういうお客様向けなのか、徹底的に理解を深めました。結果としては、商談の足が速い中小企業において、目標を速やかに達成して第4四半期の数字に貢献したのです。対大企業はクロージングまでは行きませんでしたが、それなりの結果を残しています。
山下 イベントを主導するマーケティングチームと、セールス・イネーブルメントチームの連携のポイントはありますか。
田崎 企画の「狙い」を明らかにしておくことです。どんなお客様にどんなメッセージを届けて、どのような案件を創出したいのか。このような質問をマーケティングチームには常に行いますね。
熊谷 当社の場合、ふたつのプログラムがあります。
熊谷 メインは図の右下にある「創注イネーブルメントプログラム」です。これは管理職と営業担当が、1on1を通じて行動と結果をトレースして重要な要素を明らかにし、成果指標と育成指標で見ていくプログラムです。
もうひとつが、マネジメントがどうあるべきかを改めてプログラム化したものが「マネージャー・イネーブルメントプログラム」です。たとえば「部長目線で課長はどうあってもらいたいか」といった視点でスキルを整理し、部長と課長の1on1を行います。このふたつのプログラムを同時並行で実施しました。
山下 イネーブルメントと聞くと現場向けの育成を思い浮かべがちですが、マネジメント層にも提供し、組織として行動を促したのがポイントですね。島田さんはいかがでしょう。
島田 まず、当社における商談のフェーズを定義し、商談フェーズを進めるための必要なスキルアクションを細かく分類しました。そのスキル1つひとつに対してアセスメントを行うことで、個人・組織としての強み弱みを定量的に把握しました。
島田 当社の営業全体に必要なスキルに関しては、スキルアップ研修を実施。ここでは業務に直結するワークであることを重視しました。とくに受講者の反応が良く、現場でも活用されている研修プログラムが、山下さんに行ってもらった「ポンチ絵トレーニング」です。
従来プロダクト売りに近い営業スタイルだったのですが、ポンチ絵トレーニングの実践後はアイディア・ブレストレベルでお客様とディスカッションすることで、課題を引き出したり、本提案につなげられたりという実績が出てきました。ポンチ絵という発想が身につき「まずポンチでちょっと書いてみて」といった会話が日常的に交わされています。
山下 ありがとうございます。皆さんのお話を聞いて、プログラムを提供するだけではなく、営業組織に「変わった、役立った」実感を持ってもらえる設計が重要だと感じました。
スキルアセスメントで成果検証 コロナ禍の課題に対応
山下 最後に、セールス・イネーブルメントを通じてどのような成果が確認できたか、またどのように検証されているのかについて、可能な範囲でうかがえればと思います。
島田 いちばんは事業成果です。昨年比で大きな成長を達成でき、継続もできていることが何よりの成果ですね。育成の視点では、スキルアセスメントによって個人も組織全体もきちんと伸びていることが数字に出てきています。
熊谷 具体的な数字はお伝えできませんが、受注や案件創出につながっています。人材育成の視点では、当社もスキルアセスメントを見ています。スキル別の達成度合いがプラスに転じているため、成果が見えてきていると思います。また今後は結果指標だけでなくプロセス指標でも分解し、スキルとの関係性などの分析を進めていく予定です。
田崎 Salesforceの継続的な成長を支えてきたセールス・イネーブルメントですが、あえて最近の課題という点でお話しします。コロナ禍でオンラインの活動では営業パーソンがお互いの様子が見えないという課題がありました。そのため現在は、できるだけオフィスでもトレーニングを行い、ほかの人のフィードバックを見る機会を増やそうとグローバルで取り組んでいます。Salesforceという比較的難しい製品を売るためにはどれぐらいのクオリティが求められるのか、その中で自分はどこのポジションにいるのか理解するには、ほかの人と比較できる環境も大事だと考えていて、ここは継続的な課題です。
育成成果の検証は、勉強会などに参加した人・していない人が案件の発掘や受注にどのくらい寄与したかをダッシュボードで観察しています。またナレッジマネジメントへのアクセス数と達成率の比較なども検証しています。
イネーブルメント成功のカギは継続 詳しくは書籍で
セミナー参加者からの質問にも答えながら、自社のセールス・イネーブルメントの実態を語った3社。最後に山下氏は「継続は重要な取り組みだと思います。今回の書籍が、皆さんの会社におけるセールス・イネーブルメントの導入や進化のきっかけになれば幸いです」と語り、セミナーを締めくくった。
書籍『実践 セールス・イネーブルメント』では、「セールス・イネーブルメントとは何か」といった基本から、実践のためのノウハウを詳しく解説している。また、登壇した3社とユーザベースの事例に関してもより詳細に紹介されている。
2022年12月12日発売後、2日でAmazon各種ランキング(企業・経営部門、マーケティング・セールス一般部門、セールス・営業部門)で1位を獲得するなど、注目度の高い本書。ぜひお手にとってみてはいかがだろうか。
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