人の行動を妨げる「現状維持バイアス」
3年ほど前、あるガス会社から「電気を当社に切り替えませんか」と電話がありました。現在の契約よりも電気代が安くなるという話ですが、こういう話は、期間内に解約すると違約金がかかるとか、毎月一定量を使わないと逆に高くつくとか、何かしら落とし穴があるはずと疑って聞いていました。
ところがよくよく話を聞いてみると、どう探してもアラがありません。おまけに切り替えの手続きもかんたんです。変えない理由がないにも関わらず、「もう少し考えます」と言って電話を切ってしまったのです。
その後、私からガス会社に電話をかけ、電気を切り替えたのですが、即決できなかった理由はひとえに「現状維持バイアス」によるものです。
「現状維持バイアス」とは行動経済学の理論のひとつで、かんたんに言うと、人は現状を維持する傾向にあり、その現状をなかなか変えられないというものです。新しいことをやろうとしてできないときも、今の行動をやめようとしてやめられないときも同じです。このように、今の状態を変えるのは、とてもハードルが高いことなのです。
商品・サービスを買うということは、課題を解決するにしろ、欲求を満たすにしろ、“現状を変える”ということ。そのため、いくらサービスの内容に満足していても、いざ購入するとなると二の足を踏んでしまうのです。私自身、電気の切り替えをすぐに決断できなかったことで、「現状維持バイアスというものがある」とわかっていても、なかなか抗えないものなのだと実感しました。
現状維持バイアスは個人や状況によって程度差があります。たとえば、ビジネスでは常に新しい領域に挑戦して変化を求める一方、プライベートでは、見ていない動画配信サービスを解約できない人もいます。去年は変化を受け入れていたが、今年は現状維持したい気持ちが強いなど、時期によっても変化します。売り手は顧客の現状維持バイアスの強弱を見極めながら、臨機応変にアプローチしなければいけません。
次ページでは、前回紹介したPASBECONA(パスビーコーナ)の応用編として、顧客の現状維持バイアスに合わせたアプローチを紹介します。