調査結果から浮かび上がる、パートナービジネスの実態
──SaaS企業の成長には欠かせない代理店(パートナー)ビジネスについて、「代理店側の営業担当者」を対象に調査を実施した背景をうかがってもよろしいでしょうか。
本調査を実施した背景としては、近年のSaaS企業の急成長において、代理店が原動力となっていることが挙げられます。Sansanを筆頭にARR(Annual Recurring Revenue=年間経常収益)が100億を超える企業が複数現れる中、売上の約6割をパートナーチャネルで生み出し、約4割の粗利を実現している企業も存在しています。多くのSaaS企業は依然としてThe Model型(営業プロセスを細分化し、部門ごとに分業化する営業モデル)の直販体制に主眼を置いていますが、急速に事業拡大を遂げている上場企業の多くは、代理店に販売を委託しているのです。
しかし、パートナービジネスに取り組んだものの、案件が増えないメーカー(ベンダー)も少なくありません。なぜなら、パートナー戦略に関する情報が限られているため、経験や勘に頼って進めている現状があるからです。また、パートナービジネス経験者がSaaS企業に転職しても、応用が効かない場合が多々あります。これは価格や業界といった商材特性により、代理店に働く力学が異なることが原因です。
パートナービジネスの成功への第一歩は、代理店に働く力学を抑えた戦略立案です。そこで本調査は、パートナービジネスの実態を定量的に明らかにし、メーカーと代理店双方にとって意義ある提携を増やすことを目指して行いました。日本では珍しい調査かと思います。
──なるほど。「メーカーと代理店双方にとって意義ある提携」を目指すには、メーカーは自社の視点だけでなく、代理店側の視点もとり入れる必要があると。
そのとおりです。多くの企業でパートナービジネスがうまくいっていない理由は、主にメーカーと代理店の間の“認識の齟齬”にあります。
齟齬が生じる大きな原因は2点で、ひとつめは、「代理店と契約すれば、すぐに売ってもらえる」という勘違いがあること。ふたつめは、「契約締結の窓口部門とさえコミュニケーションをとっておけば、現場の営業部門は顧客に紹介してくれる」と考えていることです。どちらもメーカーが自社都合の考え方で進めているため、成功につながりません。
調査によると、代理店の営業担当者の8割が、1社の製品だけでなく、競合他社の製品も取り扱っていることが明らかになっています(図1)。自社製品を優先的に取り扱ってもらうには、「競合や代替手段と比較して、自社の製品にどのような利点があるか」を明確に伝えなければなりません。
また、代理店が自社の製品を売ってくれない理由を探るには、代理店にとってネックになっている課題を理解することが必要です。マーケティングにおいて顧客理解が重要であるように、パートナービジネスでは代理店理解が大切なのです。
代理店が自社製品を売ってくれない…… 解決のカギは「コミュニケーション」にあり
──「代理店が自社製品を優先的に売ってくれない」というのは、メーカー側のパートナービジネス担当者が持つ最たる課題だと思いますが、本調査ではどのような解決の糸口が見えてきたのでしょうか。
代理店を動かす力学が見えてきました。ポイントは「代理店内における製品選定の意思決定者」「代理店内で意思決定に影響する因子」「代理店が必要とするセールスツール」の3点です。
ひとつずつご説明しましょう。第一のポイントは、代理店内の意思決定を左右するキーパーソンを見極め、コミュニケーションをとり続けることです。
代理店が注力する製品・サービスを選定する際に、会社や部署の方針で決まっていると答えた人は53%、現場の判断と答えた人は45%でした(図2)。つまり、「経営層と現場のどちらが代理店を動かすのか」を見極めなければいけないことを示唆しています。
よくある失敗のパターンは、大企業の本社部門で代理店契約を締結しただけで終わらせてしまうケース。支店や営業所に所属する、現場の営業担当者とのコミュニケーションがおろそかになっているため、現場で製品を選定する際に漏れてしまい、顧客に提案してもらえないパターンですね。
アンケートでもほぼ半々の回答になっているように、意思決定のパワーバランスは代理店によって異なります。そのため、経営層とも現場ともコミュニケーションをとりながら意思決定者を見極めていく必要があります。
そして第二のポイントは、注力製品を決定する因子は、機能や価格ではなく「コミュニケーションの密度」である点です。メーカーは「代理店が売りやすいのは、機能や価格が優れた製品」「インセンティブが重要」と考えがちです。しかし、アンケートの結果はその思い込みを覆しています(図3)。
コミュニケーションなくして、利害関係がない相手を動かすことは困難です。改めて言われれば当然ですが、パートナービジネスがうまくいかずに悩んでいる企業は、コミュニケーションがおざなりになっているケースが珍しくありません。
パートナービジネスは人と人との信頼関係から始まります。パートナービジネスが泥臭いと言われる所以ですね。信頼貯金がないと、代理店には積極的に売ってもらえません。
第三のポイントは、セールスツールの充実です。代理店の営業担当者は、複数の製品を取り扱っています。代理店側がすべての製品のセールスツールを自前で用意する時間はないですし、他社の製品を詳しく理解し顧客に紹介するのはかんたんではありません。言葉を選ばずに言うと「無理ゲー」です(笑)。
そのため、代理店はメーカーに「実績事例」「比較表」「デモ環境」といった説得力のあるセールスツールを用意してもらいたいと考えています(図4)。
メーカー側は勘違いしやすいのですが、一度勉強会を実施したからといって、代理店が製品を深く理解し、顧客に適切に説明してくれることはありません。先ほども申し上げたように、8割の代理店が複数のプロダクトを取り扱っている状況ですから、顧客にどんな価値を提供できるのかを言語化しコンテンツに落とし込み、コンテンツが語ってくれる状態にする必要があるのです。
このような調査結果は、パートナービジネスに長く関わってきた方にとっては、肌で感じていたことが数字で証明された感覚があるのではないでしょうか。