選択肢が多すぎて「何から取り組むべきか」が整理されていない顧客たち
BtoBのIT営業に特化した研修を提供している営業コンサルタントの城野えんと申します。本連載では、昨今のIT企業を取り巻く営業課題やコロナ禍の営業活動に躓いてしまう営業組織の傾向を考察し、これからのBtoB営業パーソンに求められるスキルを解説していきます。
かつて、SIerの営業は顧客企業の既存システムやハードウェアの保守期限切れのタイミングである5年ごとに、「システムリプレイス」という名目で数千万から数億円、あるいはそれ以上の大型案件を定期的に受注することができていました。複数の顧客を担当していれば、「今年はA社の基幹システムのリプレイスがあり、来年はB社、再来年はC社……」と、事前に数字の見込みを立てることも比較的容易でした。
実際、私がソフトウェア営業として大手SIerを担当していた10年前は、エンドユーザーのシステムリプレイスのタイミングで数多くの大型案件を受注することができました。しかし、昨今のクラウドサービスの普及で、「安定的な大型リプレイス案件」の受注金額が減少する事態が発生しています。
かつては、自社のデータセンターに構築・運用していた各種システムを、今ではコスト削減や運用負荷軽減のためにクラウドへ移行するケースが増えてきました。また、業務システムごとに新しいサーバーを購入してマニュアルを参照しながらソフトウェアをインストールする運用から、必要な期間にのみ利用が可能で、初期費用が抑えられるSaaS製品を利用する顧客も増加しています。その結果、ひとつの案件あたりの受注額が減少し、リプレイス案件に頼るだけでは、営業の予算達成は難しくなってしまいました。
加えて、従来は顧客の抱える課題が明確、かつ、解決ソリューションの選択肢も限られていました。要件をヒアリングし、受領したRFPに沿った提案を行う営業スタイル――「顧客のニーズを正確に聞き出して、提案にまとめる」ことに注力すれば受注を勝ち取れるケースが少なくなかったため、既存顧客とのリレーションの強化・維持が営業の仕事において大きな比重を占めていました。
それが、急速なデジタル革新にともなって、エンドユーザーがシステム導入にあたって考慮するべき要件や、ビッグデータ、AI活用、DXのように、IT部門だけでなく開発部門や営業部など、「組織全体で取り組むべきトピック」などが急増しました。また、次々と市場に参入する海外ベンダーは「次世代型○○」と打ち出して新しい市場をつくりだしていますが、利便性が高まる一方で、エンドユーザーにとっては情報と選択肢が多すぎる時代になっているのです。
人間には、選択肢が多すぎるとかえって何も選べなくなる、という特性があります。顧客はさまざまな部署と連携し、数ある選択肢の中から「まずは何から取り組むべきか」を考えなくてはならない状況に置かれています。そんな顧客に対しては、営業がこれまでのように「今何に困っていますか?」「何が課題ですか?」と投げかけても明確な回答を得ることが難しくなってきています。なぜなら、昨今は顧客にとって選択肢が多すぎるあまり、「何を優先すべきか」「何が必要か」が整理されていないケースが多いためです。