事業・顧客、双方の視点で求められていたカスタマーサクセス
高橋(才流) カスタマーサクセスの話は、SaaSスタートアップを中心に語られることが多いです。今回はソフトバンクさんのような大企業がどのようにカスタマーサクセスに取り組んでいるのか、お話をうかがいたいです。まずは、法人事業におけるカスタマーサクセス組織の立ち上げの背景をお聞かせください。
上永吉(ソフトバンク) 「通信事業」が我々の主力であることは間違いないのですが、持続的な成長を目指す戦略として「Beyond Carrier」を掲げており、通信の枠からソリューションの提供へと売り方の変革が求められていました。たとえば、契約後のサービスの定着、お客さまが直面する課題を共に解決するための中長期的な伴走、そして通信領域のみならずお客さまの「DX」をさらにステップアップさせていくこと──。売り方の変革は、当然お客さま目線でも求められていることだったわけです。
従来はこの伴走や追加のご提案についても一律で営業、いわゆるフィールドセールスがメインで担当していました。一方で、事業としては「新規獲得」も重視したい。そこで、営業主導の受注と、お客さま主導での課題解決や成長を担うカスタマーサクセス、両方を併せ持った組織づくりを考えました。役割を分けつつ、組織一丸となってお客さまの成功を共に目指しています。
高橋 単体のソリューションのカスタマーサクセスの事例は多いですが、複数の商材を組み合わせて提案している企業でのカスタマーサクセスの立ち上げも珍しいと感じます。
上永吉 自社開発の製品から他社の商材まで、扱う商材の幅広さは当社の特徴のひとつですね。顧客企業のDXは一気に完了させられるものではありません。ステップバイステップで、最終的にお客さまが求めている姿にたどりつくために、必要なソリューションを適宜手段として提案していきます。その際に、ネットワークインフラから、業界ごとの多様な課題に対応するソリューションまで、非常にさまざまな商材を提案するのです。
加えて当社では、ただ商品を陳列するのではなく、自分たちも実際にそのソリューションを社内で使ったうえで提案しています。ユーザー目線で、導入する際の課題や現場の声を踏まえた提案を行うのも当社ならではだと思います。
というのも、BtoBのソリューション導入ではいわゆるキーマンと呼ばれる決裁者と実際に活用するユーザーが違います。導入の効果は、投資対効果だけではなく、エンドユーザーの声からも判断せねばなりません。ここが決裁者からはうまく見えないケースがあります。そこで、自らそのソリューションを活用した立場で、導入前のタイミングからエンドユーザーの声に近い情報を届けられることはお客さまにとっても有益なようです。
カスタマーサクセスの役割は、顧客の声をよく聞くこと
高橋 加えて、顧客数も非常に多いですよね。「DXのステップを定め、ITを手段としつつ、組織や個人の育成もしていきましょう」と、すべてのお客さまに対して提案・伴走する難易度は高そうです。このあたりはどのようにとらえ、取り組まれていますか。
上永吉 まさにすべてのユーザーに同じ密度でカスタマーサクセスを推進することはリソース的にも難しいです。そこで、仕組みが必要になってきます。カスタマーサクセスの取り組みを進めるうえでの理想は、まず当社との取引に基本的に満足いただき、次のステップに進むときにパートナーとして選んでもらうこと。その前提で当社の場合は、いわゆるエンタープライズ企業と中堅マーケットで、異なるカスタマーサクセスのアプローチを描いています。
エンタープライズ企業には、営業とカスタマーサクセスがチームとなってあらかじめ役割を整理します。たとえば、営業側が通信キャリアとしての役割を期待されて接点を持ったあとに、顧客がDXへの取り組みを深めていくことになった場合、顧客側の担当が当初と変わるケースもあります。エンタープライズのカスタマーサクセスはそのような多面的な課題解決に向けた機会をつくるために、営業と一体となってお客さま先での接点を広げていくような関係構築も行います。一方でお客さまの数が多い中堅マーケットへはインサイドセールスといった仕組みも併用しながら、効率的にカバレッジを高めていく工夫も必要です。
共通したカスタマーサクセスの役割は、まずはお客さまの声を引き出し、蓄積すること。インダストリーごとの課題には注目する必要がありますね。人事や総務などのコーポレート機能であれば、ある程度共通の課題があるのですが、事業部ではそうはいきません。市場調査に基づいた仮説を持ってお客さまの課題を把握する必要があります。
もうひとつ留意するべきはデジタル化のステージです。当社では、ステージ0~3の4段階で顧客をセグメンテーションしていますが、これから取り組みを進めるステージ0のお客さまに最先端のお話を差し上げてもお役に立つことができません。未来を描くことも重要ですが、そこに行きつくまで足元で取り組むべきことを理解していただく必要があります。また同じ企業の中でも部門によってDXの進捗に濃淡があることも多いため、顧客とのコミュニケーションを通じてステージを判断するのもカスタマーサクセスの役割です。