ビジネスモデルの変遷、カスタマーサクセスの役割は?
日本マイクロソフトのカスタマーサクセス部門は、2017年に立ち上げられ、現在約400~500名のメンバーが所属している。その背景には、サティア・ナデラCEOの着任と、彼が主導したマイクロソフト自身の大きなビジネス変革がある。
マイクロソフトのビジネスは、パッケージ製品やオンプレミスからクラウド製品に完全に主軸を移しており、創業当時にビル・ゲイツ氏が掲げた「すべてのデスクと家庭にコンピュータを」というミッションステートメントも、サティアCEOによって、「地球上のすべての人と組織がより多くのことを達成できるように支援する」に改められた。
現在、マイクロソフトは、Microsoft 365やAzure等の「製品購入の促進」を目的にするのではなく、製品を活用して顧客のビジネスや目標に対して貢献していくことを考え、支援することを使命としている。クラウド製品においては、サブスクリプションを継続し、使い続けてもらわなければ企業側の事業成長も叶わない。「ただ一度買っていただくだけではなく、その後、どのように使い続けていただくかが非常に重要」と榎本氏は語る。
また、従来のパッケージ型のビジネスモデルから、サブスクリプション型に変遷するにあたって、相対する顧客の部門もIT部門に加え、ビジネス部門にまで広がった。
その背景には、顧客の目標達成や課題解決に真に伴走し、複数部門においてマイクロソフト製品の利活用を提案することで、ビジネスモデルや変革に寄与したいという同社の考えがある。さまざまなクラウド製品を横断的に連携させ、シームレスな利用が進むことで、顧客企業全体の目標達成に寄与することができる。
そのようなビジョンの中で、カスタマーサクセスマネージャー(以下、CSM)の役割は、製品の説明をするスペシャリストであることだけではない。製品が顧客にもたらすメリットやバリューを伝え、それを通じてビジネスや働き方に貢献すること、つまり「顧客が目指したい成功や目標をしっかりと理解したうえで業務に臨む必要がある」と榎本氏は強調した。
そのため、同業の中でほかの顧客が実践した効果的な事例の導入効果やビジネスインパクトを明確化して共有したり、業界に特化した利活用の知見を集めたりすることも、CSMの業務には含まれている。
加えて、提供するツールを使いこなすためのトレーニングやサポート、顧客からのフィードバックと開発チームへの共有を通じ、最終的に顧客のビジネス価値の実現に貢献していくことも、CSMの業務のひとつだ。
CSMの生産性向上に活用したテクノロジーとは?
次に伊駒氏からは、現場のCSMがミッションを達成するためにどのような工夫を行ってきたのかが共有された。CSMは、マイクロソフトのクラウド製品を導入した顧客をサポートする“ポストセールス”とも言える。さらに、結果として顧客がビジネス課題を解決し、目標を達成することにフォーカスするため、ITに詳しい情報システム部門だけでなく、ビジネス部門や責任者、現場のユーザーの隅々まで目を配り、相対するポジションでもある。
伊駒氏は「まだ道半ばではあるが」と断りつつも、「我々はマイクロソフトの中でも高い生産性を求められているが、先進国の中でも日本は生産性が低いと長らく言われてきた。加えてコロナ禍において働き方や活動の仕方も大きく変わった。その中で、少ない努力で多くのインパクトを生むためにはどうすれば良いのかという、我々なりのチャレンジがあった」と話す。
実際に現場の課題として、「顧客との面談メモを作成したのに誰からもフィードバックをもらえないという問題や、部下に適切なアドバイスやコーチングをしたいが活動の把握が難しいという声が上がっていた」という。
問題の根本は、情報の分断にあった。社内に協働する相手の多いCSMでは、メール、CRM(顧客関係管理システム)、チャットツールなどに情報が分散し、いつ、誰が、誰に対して、どのようなアクションを行ったのか、ひとつの文脈で取り出せない状態にあったのだ。当然コミュニケーションの工数は増大し、生産性も下がる。
そこで面談に関するメモはTeamsからポストするように一元化し、バックエンドにあるCRMと連携させた。
「システム上のユーザー動線もシンプルになり、最終的には顧客に関係するありとあらゆる情報を、顧客接点基盤としてのCRMであるDynamics 365に格納される状態をつくっている」と伊駒氏は解説した。
Teamsは所属する組織内で展開されているため、ポストした瞬間にリアルタイムで上司や同僚とインタラクティブなコミュニケーションが発生する。Dynamics 365とTeamsをシームレスに連携することで、同じ案件や顧客の情報を見ながら、プロジェクトのメンバーと活発なコミュニケーションができるというわけだ。
顧客接点活動において、少ない努力で多くのインパクトを生むというチャレンジは、Teamsを通した社内のスムーズなコラボレーションと顧客情報の一元化によって達成しようとしている過程と言える。
人改革(チェンジマネジメント)による経営課題の解決
最後に、CSMが顧客企業に向き合うときに重視してきた「人の意識や振る舞いの改革(チェンジマネジメント)」の要諦が共有された。チェンジマネジメントとはプロジェクト成功に必要とされる3つの要素のひとつである。新しいプロセスや技術、ツールの導入に対し、心理的な抵抗を覚えたり、変化を拒む抵抗勢力が出現したりするのに対し、人の心理的側面からアプローチして変革を組織全体に波及させるマネジメントだ。
榎本氏は、チェンジマネジメントとCSMの関係について「新しいツールや製品を使い始めるときや、親しみを持って行ってきたプロセスを変えていくことに対し、人はどうしても抵抗を持ってしまう。そこで全体のスムーズな変革をマネジメントするのも、カスタマーサクセスマネージャーの役割として、非常に重要な仕事」と語った。
製品や制度を導入することで、なにが変わり、なにが良くなるのかということを、心から理解して貰うためには、高い熱量が必要になる。そこで、ツールの使い方の学習や利用方法の提案を活性化し、けん引するリーダシップのある存在に参画してもらい、プロジェクトの目標を明確にしながら全員をまとめ、組織全体に波及させることが必要だ。
CSMは、チェンジマネジメントのプロフェッショナルとして顧客の組織改革をサポートする立ち位置だ。導入後の単純な技術サポートだけでなく、組織的な意識の変革までサポートする。チェンジマネジメントがうまく行かず、せっかく新しいサービスや機能を導入しても使われなかったり、経営層から投資に見あった貢献が見えないと言われたりする例は少なくない。
そこで伊駒氏は、チェンジマネジメントを学ぶために「次の3つのことを軸として検討するワークショップを展開した」と話す。
1)状況の把握
プロジェクトを自分ごととして捉え、会社が置かれた状況を踏まえて、プロジェクトのコンセプトやミッションステートメントを改めて考える機会を設けた。
プロジェクトにおいて、たとえばビジネスや業務の観点でなにを成し遂げるのか、会社組織の望ましい状態とはどのようなものかを、現場目線で検討することで、なぜ新しい技術やツール、システムの導入が必要とされているのかを心から理解できる。
2)抵抗勢力への対策
前述のとおり、既存のシステムややり方が変わることに対し、心理的な抵抗を覚えることがある。それ自体は自然な反応だ。しかし、組織やシステムを変革するには抵抗を和らげ、全体に変化を波及させる必要がある。
そこで、部下や同僚など、さまざまなバックグラウンドやキャラクターを持つ人物が存在する組織の中で、誰がどのような思考回路で仕事をしているのかをリストアップ。そして、それぞれに対してもっとモチベーション高く仕事に取り組んでもらうためのコミュニケーションを、チェンジマネジメントの観点から整理した。
3)行動心理の学習
心理面に着目しながらプロジェクトを推進するためのモニタリングだ。定点観測的にプロジェクトの進捗をモニタリングすることで、ゴールに近付いた割合や課題について、Plan-Do-Seeのサイクルを回した。このプロセスによって、部下や同僚に対する声かけやコミュニケーションのアプローチを整理し、人間の行動心理を学ぶ機会を得られるというわけだ。
「導入した製品がうまく活用されていない例をヒアリングしてみると、目的やゴールが整理されて、一見まったく問題ないように見えていても、さまざまな問題が浮上してくる」と語る伊駒氏は「会社の方向性や経営陣の考えと現場の意識ギャップの埋め方や、抵抗勢力に対してどういうふうに向き合うかを、きちんと検討できていない」と原因に言及する。
ともすれば潜在化してしまう問題の解決に伴走し、顧客を成功までサポートするのも、CSMの重要な役割と言える。
「我々はデジタルの力を通じて、顧客が抱えるビジネス課題を解決したり、ビジネス目標を達成したりするということにフォーカスしている。顧客の成功がすなわち、マイクロソフトの成功であると捉えている」と伊駒氏は語り、セッションの締めとした。