まずは「エンタープライズ企業」を理解する
決裁者アプローチについて考える前に、まずはエンタープライズセールスの役割から考えていきましょう。
「エンタープライズ」の定義も各社で異なります。「ざっくりと大手」「プライム市場の上場企業」「特定業種のトップ企業数十社」「業種は問わず、年商○○億円以上、従業員数何万人以上」など、各社の戦略によって指す企業群は変わります。その前提のうえで、「人数が多い組織」に対して営業を行うのがエンタープライズセールスの共通点です。
ならではの難しさはいくつかあります。関係者の多さによるセールスサイクルの長期化、大手企業ならではのお作法や文化──たとえば上場企業では「内部統制」が重視されており、「J-SOX」と呼ばれる制度に則って企業活動が行われます。自社が大手企業ではない場合、まったく違う意思決定の方法やプロセス、判断基準を想像するのは難しいです。売り手側が慣れ親しんでいないプロセスでフェーズが進んでいくのも、エンタープライズセールスの特徴のひとつでしょう。
実際、上場企業には取締役が株主の代理であるという大前提・大原則があるため、社内の権力者の一存で物事を決めることが非常に難しい。役員会議を開き、議事録をとり、合議制で決議をとって初めて、「会社の口座からお金を出す」意思決定へと進みます。このあたりの理解がないと、大手企業との間で商売を上手く進めることは困難でしょう。
また売り手側からすると、中小企業と比較してエンタープライズ企業の「意思決定者」がぼんやりとしているかもしれません。エンタープライズセールスでは、合意形成をするべき上位役職者層の「意思決定者/決裁者」に加えて、現場もしくはセカンド・ミドルレイヤーのマネジメント層の「推進者」が存在しなければ、商談成立までの時間が非常にかかってしまうという特徴もあります。
買う人と使う人が「遠い」大前提に立つ
エンタープライズセールスのキーポイントとなる推進者について語る前に、「買う人」と「使う人」の違いについてお話しします。
「買う人」である意思決定者/決裁者は、会社のお金を使うことに対する経済合理的な判断を下します。会社にとっての経済合理性がある判断軸は「利益」です。投資により、どれぐらいの利益が見込めるのかを「買う人」は無視することができません。
一方で、展示会にくる人、問い合わせをくれる人、ウェビナーの参加者やホワイトペーパーをダウンロードする人は、製品やサービスを「使う人」であることが多いです。全社の利益よりは、「現在自分が携わっている業務がどう良くなるか、楽になるか」、もしくは「上司の指示を的確に達成できるか」、そのような視点で製品・サービスを探しています。
エンタープライズ企業ではこの「買う人」と「使う人」の距離がとても遠い。しかし、営業担当者は問い合わせをしてきた「買わないが使う人」たちに、「買いませんか?」というコミュニケーションをしてしまう。ここが最初のひずみになってしまっています。
たとえば、次のような組織の例を考えてみましょう。
「労務課」の現場社員から、年末調整業務に関する労働状況の課題を訴えられた労務課の課長はその業務を効率化できるソリューションを見繕い、問い合わせます。それを受けて売り手は、労務課の課長にとってのメリットを中心に提案を行いますが、労務や年末調整の業務は「人事部」にとっては仕事の一部でしかありません。人事部長から見て、このタイミングで労務課のためのソリューションを導入するべきか、判断基準がいくつかあることは想像できると思います。
人事部の上には、総務部などと共に管轄される管理本部があり、さらにその上にはコーポレートサイド全体を管掌する役員がいます。最終的には、その役員や社長を交えた役員会議で導入の是非が議論されるわけです。
つまり、企業との接点を持った瞬間、もしくはその前から売り手は「買う人」にとっての利益も意識した営業活動を行う必要があるわけです。一方、「問い合わせを行った課長こそが、『推進者』ではないのか?」と皆さん気になりますよね。推進者は2種類に分けることができます。