買い手の意識変容にあわせて、売り方を変えなければならない
「インバウンド」の思想に基づいた、マーケティング・営業・カスタマーサポートをワンプラットフォームで支援するクラウド型CRM製品の「HubSpot」を提供するHubSpot。インバウンドとは、顧客と長期的な関係を築き、顧客の成長に貢献することで自社も成長するという概念で、「DM(ダイレクトメール)やコールドコールで強引に接点を持とうとするのではなく、相手にとって価値のあるものをこちらから先に提供することで、相手が自然と自社に惹きつけられるという考え方」(亀山氏)だ。
セッションの前段では、HubSpotが実施した「日本の営業に関する意識・実態調査2021」の内容が紹介された。調査によると、コロナ禍を経て法人営業において買い手側がリモート営業を求めるようになったのに対し、売り手側は依然として訪問型営業を好み、「売り手は買い手の意識変化に対応できておらず、双方の意識ギャップが広がった」のだという。
また、買い手側のデジタル化が進み、自らの力で情報を得る「顧客の時代」となったことで、買い手が売り手に求める内容に変化が見られた点も指摘された。現在は、「購入前から購入時、製品やサービスの利用体験からアフターサポートに至るまで一連の『顧客体験』が顧客の時代における競争力の源泉であり、競合他社に対する唯一の差異化要因。買い手の意識と行動の変化に合わせて売り手も意識と行動、売り方を変えていく必要がある」と亀山氏は説く。
ここでの重要なポイントは、顧客体験とは「単一かつ刹那的なもの」ではなく、「印象の集積」であるという点だ。ウェブサイト、マーケティングチームが発信するメールやチャットボットによる自動応答、SNSでの口コミ、スマホアプリ上での体験から、eコマースによる一連の購入・請求プロセスに至るまで、顧客が触れるあらゆる接点でのコミュニケーションや体験を通して形成されている。これは、売り手にとって「組織のあらゆる部門が顧客体験の向上に寄与する」ことを意味している。
アートは実装するための創意工夫、サイエンスは実践するための方法論
企業のあらゆる部署が顧客体験にかかわる状況で、顧客にとって優れた体験を提供するためには、「アート」と「サイエンス」というふたつの要素・視点が必要であると亀山氏は指摘する。
「アート」とは、企業のビジョンや文化に根差す価値観にかかわる部分と、企業の価値観を組織内に根づかせ、実装するための創意工夫を指す。HubSpotでは、「Solve for the Customer」という言葉のもと、「顧客の成功を優先して物事を判断する」価値観が全社員に根づいているという。こうした価値観は「カルチャーコード」と呼ばれる100ページ超のスライドにまとめられているが、「明文化して文書にまとめるだけでは根づかない。企業独自の価値観を浸透させるための創意工夫こそが、アートにおける重要な側面だ」と亀山氏は説明する。
セッションの中では、四半期ごとに行われるグローバルの全社会議にて、解約したユーザーを含めた幅広い顧客にサービスのヒアリングを行い、そこで得られたフィードバックを製品に反映する取り組みが、同社における創意工夫の一例として語られた。
一方で「サイエンス」は、企業の価値観・自社の顧客に対する提供価値への考え方に基づき、よりよい顧客体験を提供するための実践方法論を指す。具体的には、「チームの連携」「戦略の連携」「システムの連携」「動機づけの連携」という4つの要素で構成されるのだという。
顧客の成功につながらない売り方では、誰の成果にもつながらない
4つの要素をひとつずつ見ていく。まず、異なる接点における体験の一貫性が顧客に影響を及ぼすため、すべてのチームが同じ方向を向き、顧客に対して矛盾のない、価値のあるかかわり方をしていくことが重要になる。次に、顧客中心の視点に立ち、「優れた顧客体験を提供するためには何が必要か」を1人ひとりが考えたうえで戦略を立て、連携させていくことが求められる。
チームと戦略の連携が実現できていても、その戦略を支えるシステムが整備されていない限り戦略を実行することは難しい。システム連携は「顧客とのコミュニケーションで摩擦が発生することを避ける」という大きな役割も果たすため、欠かせないポイントとして言及された。
「しつこいDMや、問い合わせした際のたらい回し、担当変更時の申し送りの欠落など、コミュニケーション上の摩擦から生まれたネガティブな印象は、マイナスの経験として顧客の心に残ってしまう。それらの摩擦を減らすためにも、システムの連携は重要です」(亀山氏)
また、インセンティブの仕組みも言及された。「個人より部門、部門より会社、会社より顧客の成功を重視する」という考え方が共有され、確立されているHubSpot。たとえば営業部門では、新規契約の受注後にコミッションを受け取ることができるが、その後一定期間内に解約された場合、コミッションを返納しなければならない――顧客の成功につながらない売り方では、部門の成功にも個人の成果にもつながらない、という考え方が根づいている。
「アートとは、顧客に対する向き合い方や顧客体験に関する価値観を定め、それらを正しく組織に根づかせるための工夫を指します。一方、サイエンスは部門横断で優れた顧客体験を提供するための方法論。どちらが欠けても優れた顧客体験を提供し続けることはできない。そして、取り組みを通してあらゆる顧客接点におけるコミュニケーションの摩擦を減らすことこそが、優れた顧客体験の提供への王道になるのです」(亀山氏)
セッションの後半では、「アート」「サイエンス」を実践しているHubSpotユーザーとして、パーソルイノベーションSync Up セールス・マーケティングの山本翔平氏が登壇。パーソルグループの新規事業開発を担当するパーソルイノベーションで、山本氏はアルバイトを抱える飲食業や小売業向けのクラウド型シフト管理サービス「Sync Up」事業を担当する。
「Sync Upがホワイトな働き先の目印になることで、『Sync Upが入っている職場は働きやすい、自分らしく働くことができる』と言っていただけるようなサービスを目指しています」(山本氏)
山本氏は、冒頭で自社に生じた事業環境の変化、そして市場の変化を説明。「コロナ禍でお客様は店を開けられず、空けてもアルバイトをシフトに入れられない。他方で、自社ではグループが運営していた求人サイト『an』が撤退するなど、それまで依存していたグループ内営業チャネルからの顧客流入が途絶えてしまった」と課題が語られた。
そうした厳しい状況の中、Sync Upでは手探りながらもマーケティング組織を立ち上げることで顧客接点の再構築を図るとともに、サービスの価値や顧客にとってのサービスのメリットの見直しが行われた。この過程で強く意識されたのが、「顧客視点の重要性」であった。
優れた顧客体験を提供するうえで注力している3つのポイント
Sync Upチームでは、毎週ビジネス側・開発側の全員が集まってミーティングを実施し、セールスやカスタマーサクセスから共有された「顧客からの要望」に対して、「なぜそのような声が上がっているのか」「どうすれば解決ができるのか」が話し合われている。これは、飲食店経営者の声を製品やサービスに素早く反映する仕組みとして取り入れられているのだという。
同社が優れた顧客体験を提供していくために意識している「視点」として、次の3点が語られた。
1. 「顧客とは?」を明確化
ペルソナが定まり、メンバー全員で共通認識が持てるようになれば、顧客の課題感がクリアになるほか、そして顧客への価値提供に向けたビジョンが明確になるため。
2. 役割にグレーゾーンを設ける
あえて役割を明確化させないことで、メンバーに対して「役割を超えた職務に関与する余白」を残す。これにより、多角的な視点で顧客と向き合えるようになり、顧客理解が進むことがメリットとして語られた。
3. 見るのは数字だけではない
KPIなどの数字以外にも、問い合わせを受けた顧客に対して自身から電話をしてみるなど、お客様1人ひとりをしっかりと観察する事が大切であり、そうした取り組みが顧客体験を創出・修正するきっかけとなる、と山本氏は説いた。
Sync Upチームが3つの取り組みを推進する際のプラットフォームとして機能するのがHubSpotだ。山本氏は「今はHubSpotがないと業務遂行が難しい。全員が1日1回以上はアクセスするような基幹システムになっている」と語っている。
最後に、亀山氏はセッションを総括したうえで、「買い手が売り手よりも力を持つ時代になり、あらゆる体験の集積によって形づくられる顧客体験こそが、企業の競争力の源泉となっている。昨年からのコロナ禍はその傾向に拍車をかけ、売り手は買い手の変化に対応することを求められている」と改めて主張し、次のとおり論点をまとめ、セッションを締めくくった。
「顧客体験の向上は1部門だけで取り組めることではなく、組織横断で取り組むことが必要。そこで重要になる要素が、顧客体験に関する価値観を定義し、組織に根づかせるための『アート』と、実際に優れた顧客体験の提供に取り組むべき『サイエンス』だ。どちらが欠けても、長期的に変化に対応しながら優れた顧客体験を提供し続けることはできない。みなさまには、チーム、戦略、システム、動機づけの4つの連携を通して顧客コミュニケーションの摩擦を減らし、優れた顧客体験を提供して欲しい」(亀山氏)
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